『科学』2020年1月号 【特集】リチウムイオン電池による革新
◇目次◇
特集 リチウムイオン電池による革新
進む電池の高エネルギー密度化……金村聖志
2019年ノーベル化学賞 「リチウムイオン2次電池」と科学技術の未来……鯉沼秀臣
ノーベル賞受賞者とファラデー『ロウソクの科学』……小山慶太
高精度ゲノム解析から見えてきた 縄文人の体質・生活・由来……神澤秀明
[2019年度ノーベル物理学賞]標準宇宙論を確立したジェームズ・ピーブルズ……須藤 靖
太陽型恒星まわりの系外惑星の発見……田村元秀
巻頭エッセイ
大学入学共通テストの延期とセンター試験の継続を――数学記述式問題を例に……吉田弘幸
[新連載]
「喫茶」遊学〈1〉天界への茶店……大村次郷
[連載]
葬られた津波対策をたどって〈13〉……島崎邦彦
子どもの算数,なんでそうなる?〈5〉子どもの世界……谷口 隆
3.11以後の科学リテラシー〈85〉……牧野淳一郎
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈6〉水路にあふれる「豊かさ」……永幡嘉之
これは「復興」ですか?〈34〉同じ建物の「除染」と解体と……豊田直巳
利他の惑星・地球[生命編]〈10〉〈超越的奇蹟の惑星・地球〉その利他の精髄 そしてその危機……大橋 力
広辞苑を3倍楽しむ〈106〉筋肉……島 亜衣
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈217〉比較認知科学実験用大型ケージ(WISHケージ)の成り立ち……松沢哲郎
アルキメデスからの贈り物〈22〉和算の幾何学に現れたアルベロス,佐藤の問題……奥村 博
レジ袋の中の地球 プラスチック汚染の陸上生態系と人体への影響―下……小澤祥司
[科学通信]
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 長さを測る基本からの自然地理学の展開……黒木貴一
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 「最長40年で終了」の前提は共有できているのか――汚染水対策の議論の現状……木野龍逸
2019年総目次
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表紙=「気嵐の立つ地球の活動を刻んだ岩の並ぶ海岸」宍喰大手海岸(徳島県)。宮武健仁撮影
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 ときえだ ただし 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘
◇巻頭エッセイ◇
大学入学共通テストの延期とセンター試験の継続を――数学記述式問題を例に
吉田弘幸(よしだ ひろゆき 予備校講師/入試改革を考える会)
予備校講師として模試の作問や採点にも携わってきた。数学の記述式問題では,結論自体の配点は1割程度で,結論に至る過程を重視して大きな比重を配点する。条件を適確に使えているかどうか,論理が適切かどうかなどの観点から採点基準を作る。途中過程をみることに意義があるので,記述式問題を出題する。
2020年度から予定されている新たな大学入学共通テスト(以下,新共通テスト)については,英語民間試験導入の延期が決定された。だが,これは新共通テストに関わる問題の一部にすぎない。
新共通テストでは記述式問題の導入が予定されている。その試行調査(プレテスト)の数学の記述式問題は,「記述式」といえるものではなかった。結果しか書かせないからだ。これでは記述式を取り入れる意味がない。
そして,結果だけ書かせたとしても,表現は一通りではない。正解例はいくつもある。それを正しく採点できるか。非専門家による採点が予定されている新共通テストでは,結果だけ書かせたとしても,採点ミスのリスクは排除できない。
途中過程をみる本来の記述式の場合,結論に至る解答例をいくつか想定して,配点例を考えておく。しかし,必ず想定していない解答がでてくる。そうなると採点者が向かい合って合議をし,解答例を追加し,それまでの採点をチェックする。想定していた基準に合わない解答もでてくる。出題者とも相談をして,補正していく。模擬試験でもこうしたことをする。ましてや大学入試だ。
新共通テストは50万人超が受験する。採点者は1万人に及ぶとされる。1万人が一堂に会して合議することは不可能だ。これだけの大規模なテストに記述式問題の導入は不可能であり,それを無理に行おうとして,上述のような出題する意味のない問題になっている。物理的に不可能なのであり,中止は必至である。これを強行した場合,数学では国語とは異なり,記述式問題の点数が合計点に算入される。ここにも大きな問題がある。必ず合否判定に使われるうえに,記述部分の採点が適切かどうか判断できず,闇の中になる。
記述式以外のマークシート部分の問題形式にも問題がある。センター試験の数学は,条件が明確に示されていた。一方,新共通テストでは,数学の議論に入る前に,数学とは無関係な長い文章がある。その中から条件をとりだすことがまず必要になるが,これは新共通テストで判定すべき数学の学力とは別の能力である。
こうした問題形式を含めて試行調査の内容は,次の学習指導要領を先取りしたものになっていると考えられる。だが,今の高校生はその指導要領のもとでは学んでいない。それなのになぜ先取りする必要があるのか。
高校で学んだことが適正に評価され,数学の学力を直接判定できる問題にしてほしい。新共通テストの2020年度からの実施は延期し,センター試験の継続を求める緊急声明(大内裕和・中京大学教授,中村高康・東京大学教授と筆者が代表する「入試改革を考える会」が発表し,紅野謙介・日本大学教授,阿部公彦・東京大学教授,齋藤幸子・北海道教育大学准教授,嘉田勝・大阪府立大学准教授が呼びかけ人として参加している)と,その賛同者の署名を11月15日に文部科学省に提出し,国語・数学の専門家の声明と併せて12月6日にも再提出した。今後の行動についてはウェブサイト*で公表する。