『科学』2020年2月号 【特集】ブラックホールの謎と重力波天文学
◇目次◇
【特集】 ブラックホールの謎と重力波天文学
「新たな謎」への期待――KAGRA始動にあたって……梶田隆章
KAGRA始動に向けて現場から……大橋正健
重いブラックホールはどのようにしてできるのか?――ブラックホールは星の化石……衣川智弥
ブラックホールをどう「見る」か……嶺重 慎
時空のささやきを聞く:重力波の理論研究から……田中貴浩
ブラックホールがダークマター?――すばるHSCでブラックホールを探せ!……高田昌広
初期宇宙の巨大ブラックホールを求めて……松岡良樹
宇宙最初の超巨大ブラックホールの謎……稲吉恒平
電波天文学の進展――電波干渉計の誕生からブラックホールの撮影へ……本間希樹・秋山和徳
[資料]中村卓史「最後の1秒間 高校生・大学生にもわかる一般相対性理論と重力波の世界」より
巻頭エッセイ
基礎研究から社会応用までの時間軸……白川英樹
泊原発の活断層審査で周氷河作用を無視する北海道電力……小野有五
[連載]
葬られた津波対策をたどって〈14〉……島崎邦彦
「喫茶」遊学〈2〉お守りと茶店……大村次郷
これは「復興」ですか?〈35〉地域に「分断」をもたらすもの……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈11〉生命科学で文明を捉えうるか……大橋 力
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈7〉神社の森に暮らすセミ……永幡嘉之
3.11以後の科学リテラシー〈86〉……牧野淳一郎
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈218〉チンパンジーのダンス……服部裕子
広辞苑を3倍楽しむ〈107〉第六感……眞溪 歩
[科学通信]
〈リレーコラム〉教育・研究の現場から 学生と論文を減らしてきた“改革”を考え直せ……梶田隆章
原点から考える福島第一原子力発電所放射能汚染水海洋放出問題……牧田 寛
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 海洋放出に選択肢を狭めつつある経産省……木野龍逸
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 気候学からはじめた応用地理学……木村圭司
可視化された「大学入学共通テスト」問題……大内裕和
2019年総索引
訂正
今月の表紙写真
次号予告
◇巻頭エッセイ◇
基礎研究から社会応用までの時間軸
白川英樹(しらかわ ひでき 筑波大学名誉教授、2000年ノーベル化学賞受賞)
「わがことのようにうれしい」。吉野彰さんのノーベル賞受賞の報に接し,メディアから受けた取材の中で私が述べた最初のひとことである。過去のノーベル賞受賞の成果を利用した研究がふたたびノーベル賞の対象となる例はそう多くはないと思うが,学問の流れとしてそういうことがあるのは,とてもうれしいことだった。
発明・発見は独創性から生まれるといわれるが,たいていは,先行研究から派生した結果が何らかの形で関わっている。その流れも一直線に直接結びつくものばかりではなく,ずいぶん昔の研究成果が何らかの形で関わってくるということもある。
導電性高分子の発見にもやはり前史があり,有機共役系分子の理論研究はその一番の必要条件だったといえる。パイ電子が長く連なった共役系分子は,古くから科学者の興味を引いてきた。福井謙一先生も「共役化合物の電子状態と化学反応に関する研究」で1962年に日本学士院賞を受賞された。
1948年頃に,非常に単純な量子力学的なモデル(単純ヒュッケルモデル)を適用して,共役が無限に長くなる場合を計算すると,パイ電子が非局在化(分子全体に分散)して二重結合と単結合の差がなくなり,金属と同じく電気が流れるようになるという予想が出されていた。だが,これはあまりに単純化されていて正確ではなく,きちんと計算をするとそうはならないということが,しばらくしてわかった。共役系が無限に長くなっても二重結合と単結合の違いは残り,半導体にはなるが金属にはならないと理論的には落ち着いた。それでも,合成化学者としてはなんとしてもそのような分子を合成したいと願い相当な努力が重ねられたが,それほど長いものはできなかった。
イタリアの高分子化学者ナッタ(ドイツのチーグラーとともに1963年ノーベル化学賞受賞)が,三重結合をもったアセチレンでも重合に取り組み,黒い粉末をつくることはできた(1958年)けれども,あまり詳しくは調べることができなかった。その結果をイタリア語で論文に書いたが,英語ではなくローカルに発表するだけで終ってしまっていた。私が大学院で入った東京工業大学の神原周先生の研究室で,助手をされていた籏野昌弘さん(東北大学名誉教授)は,そのイタリア語の論文を見つけてポリアセチレンの追試を始めた。追試を始めた人は世界中にたくさんいたけれども,ナッタが手詰まりでやめてしまったように,ほとんどの人がやめてしまった。籏野さんだけは粘りに粘って,電導度をきれいに測定し,やはり半導体だというデータをきちんと出した(論文は1961年)。私は1966年に学位を取って助手になり,ポリアセチレンの重合メカニズムを解明する研究を担当することになり,思わぬきっかけで薄膜状に合成することができた。その後,アメリカでドーピングにより電気伝導度が高くなったことを測定することに成功し,発表したのは1977年のことだった。
世界中の研究者が,ポリアセチレンを代表とする導電性高分子の応用として二次電池に注目した。そうした中で吉野さんがポリアセチレンを陰極としてリチウムイオン電池の開発に着手し,その後より適切な陰極材料を探索した結果,安定で大容量の二次電池の商品化に成功した。(また,導電性高分子は,電解コンデンサをコンパクトに,容量を大きくした。電解コンデンサは,いろいろな電子機器に幅広く使われているものなので,導電性高分子の売上高としては最大の利用先となっていると思われる。)
このように,今日の社会で広く利用されている導電性高分子の研究をふりかえれば,長い年月に及ぶ流れをみることになる。今ただちに役に立たないと無駄だというのでは,基礎研究から社会応用までの展開をみることは難しくなるだろう。(談)