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『科学』2020年3月号【特集】原発事故避難9年

◇目次◇

【特集】 原発事故避難9年
避難者は「支援」されているか――実態を見ずに支援を打ち切る政府……青木美希
災害避難と原子力防災……牧田 寛
双葉郡消防士たちの3.11――“オフサイトセンター”は検証されたか……吉田千亜
原発事故被害を伝えていくために――被害の記録の必要性と困難,そして想像力……清水奈名子
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
避難指示解除による影響は――地元の意向をくみ上げる意思はあるか……木野龍逸

アイソスケープを使った環境診断――石と水と野菜の産地のつながり……中野孝教
災害多発時代の電力システムとリスクマネジメント……安田 陽
除去土壌 (除染土)の再生利用をめぐる諸問題……大島堅一

巻頭エッセイ 
非人道的な日本の避難所……塩崎賢明

[連載]
葬られた津波対策をたどって〈15〉……島崎邦彦
「喫茶」遊学〈3〉魂とともにあるサモアール……大村次郷
これは「復興」ですか?〈36〉成人式……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈12〉新しい概念道具たちを整備する[その1] 
〈離散言語脳機能〉と〈連続非言語脳機能〉/〈群個体協調脳機能〉と〈単個体独立脳機能〉……大橋 力
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈8〉身近だったタガメやゲンゴロウ……永幡嘉之
子どもの算数,なんでそうなる?〈6〉事件簿……谷口 隆
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈219〉ハンドウイルカの協力行動……山本知里
3.11以後の科学リテラシー〈87〉……牧野淳一郎

[科学通信]
大学への国策AI推進圧力への疑問……松原 望
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 身近な景観を俯瞰する……早川裕弌
新型コロナウイルス……編集部

今月の表紙写真
次号予告

 

◇巻頭エッセイ◇

非人道的な日本の避難所

塩崎賢明(しおざき よしみつ 神戸大学名誉教授、学校法人立命館災害復興支援室アドバイザー)


 TKBという。筆者も参加する「避難所・避難生活学会」が当面最大の目標として取り組んでいるのが,避難所におけるトイレ(T),食事(キッチンK),寝床(ベッドB)の改善である。

 災害大国ニッポンの避難所は世界的に見て,最悪の水準と言って過言でない。少なくとも発達した資本主義国・民主的国家としては許しがたいほどのものである。

 災害が起こると,ともかく「自分の命は自分で守る」という自助が強調され,運よく一命をとりとめた後は避難所に収容されるが,そこでは新たな災厄が待っている。学校や集会所などに設けられた避難所では,板敷きの床に毛布などにくるまって雑魚寝し,おにぎりやサンドイッチなどの食事と飲み物が配られる。トイレは工事現場で使われる狭くて使いづらい(しばしば不潔な)和式の簡易トイレである。人間にとって,食う・寝る・出すは最も基本的な生存条件であるが,それがこういう状態で1週間以上,ひどい場合は1カ月,2カ月と続く。健常な若者でも参ってしまう。ましてや障碍者や病弱,高齢者にとってはほとんど拷問に近い。劣悪な生活環境が災害後の関連死や病気の増悪を招くことは多くの医療関係者の指摘するところである。じっさい近年の災害では直接死に対する関連死の割合が増加する傾向が顕著であり,その主たる原因が避難所への移動やそこでの生活による肉体的・精神的ダメージであることは内閣府も認めている。しかしこうした避難所の光景は1995年の阪神・淡路大震災以来ほとんど変わっていない。それどころか,1923年関東大震災の時も同様であったといわれ,つまり100年この方,ほとんど進歩がないのである。ところが,テレビなどの報道を見ると,多くの被災者はおにぎりや冷たい弁当を配られて「こんなにしてもらってありがたい」と感謝しているのである。

 この日本の状況がいかに非人道的なものかを実感させるのが,イタリアの避難所や仮設住宅である。イタリアは地震や火山噴火などが多く,ヨーロッパの中では日本と似たような災害国であるが,災害後の対応は大いに異なっている。被災者は家族単位でテントに暮らし,簡易ベッドで寝起きする。食事は大型テントでこしらえられた食堂でイスやテーブル,食器を使って温かい料理を食べる。肉やハム,野菜サラダ,パスタ,果物,ジュース,ワインなどが提供される。トイレは多くの場合,シャワーとセットになったユニットが十分な数が配備され,もちろん洋式である。医療体制にも注意が払われ,相当の機能を備えた病院が大型テントで作られる。避難所キャンプには子どもの遊び場も備えられる。筆者は近年5回イタリアを訪問したが,そこで実際に避難所の食事をいただいた。こういう食事の提供は遅くとも1980年のイタリア南部地震の時から行われている。イタリアでは避難所はなるべく早く解消するように運営され,日本のように何カ月もそこで暮らすことはないが,その期間も災害前と同様の日常生活が維持できるように配慮されているのである。

 日本の避難所が非人道的な状況を100年来繰り返している理由はほとんど理解不能である。経済や技術の面で日本がイタリアに比べて劣っているとは思えない。政治家,官僚の意欲,そして国民意識を変え,ただちにTKBを劇的に改革しなければ,次の災害でも同じ悲劇が繰り返される。

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