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『科学』2020年4月号【特集】「大学入試のあり方」を問い直す

◇目次◇
 
【特集】 「大学入試のあり方」を問い直す

[経緯と現在]
高大接続改革の矛盾……荒井克弘
「法治主義」的教育改革の誤謬……苅谷剛彦
[ことばのために]
新指導要領を「先取り」したテストに正当性はあるか――「国語」をめぐる問い……紅野謙介
入試政策と「言葉の貧しさ」……阿部公彦
[“改革”という病]
“擬改革”としての大学入試改革……中村高康
「大学入試のあり方」をめぐって――本質的な議論のために……吉田弘幸
[「学力」を問い直す]
教育で育てるべき力・試験で測るべき力――「学力の三要素」をどう捉えるか……大塚雄作

巻頭エッセイ 
今,大学に問われているもの……石井洋二郎  *お読みいただけます

中国・武漢から始まった新型コロナウイルス感染症の世界的流行……小澤祥司
[対談] アナトリアに眠る最古の鉄器:文明と合理性の起源をもとめて……大村幸弘・松井孝典

[連載]
葬られた津波対策をたどって〈16〉……島崎邦彦
「喫茶」遊学〈4〉人生を重ねて飲む喫茶船……大村次郷
これは「復興」ですか?〈37〉「復興五輪」聖火リレー……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈13〉新しい概念道具たちを整備する[その2] 
〈本来・適応・自己解体〉/情動という制御回路/脳機能体系としての〈文化〉……大橋 力
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈9〉溜池と本来の湿地……永幡嘉之
3.11以後の科学リテラシー〈88〉……牧野淳一郎
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈220〉マウンテンゴリラの水遊び
――ウガンダ・ブウィンディ国立公園での初観察……ラケル・コスタ,林 美里

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 カンボジア低地部の水と暮らし……南雲直子

今月の表紙写真
次号予告

表紙=「桜咲く瀬戸内の夜明け」愛媛県今治市伯方島。宮武健仁撮影
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘
 
◇巻頭エッセイ◇

今、大学に問われているもの

石井洋二郎 (いしい ようじろう 東京大学名誉教授、近著に『危機に立つ東大――入試制度改革をめぐる葛藤と迷走』ちくま新書)

 今年の1月には「最後のセンター試験」が実施され,来年からは「大学入学共通テスト」に移行することになっている。しかし英語民間試験や国語・数学記述式問題の導入が見送られた結果,両者のあいだに明確な違いはほとんど見られなくなった。大山鳴動して鼠一匹,といったところか。

 昨年の暮れから今年の初めにかけて,大学改革や入試改革に関連する書籍が(拙著も含めて)相次いで刊行されたことを見ても,本件にたいする社会的関心の高まりがうかがえるが,今回の経緯を通して明らかになったのは,途中から目的と手段が完全に逆転してしまったことだろう。多くの専門家のたび重なる指摘や警告にもかかわらず,「スピーキングテストを入れれば会話力が向上する」とか「記述式問題を入れれば思考力や表現力が養われる」といった単純かつ安易な図式にこだわり続けて受験生や教育現場を混乱に陥れた関係者の責任は重い。

 にもかかわらず,英語民間試験に関しては地域格差や経済格差の解消,国語記述式問題に関しては採点の公平性確保といった課題が克服されさえすれば導入に踏み切れるかのような論調がいまだに見られることには,強い危惧の念を覚えざるをえない。真の問題はそうした技術的側面にではなく,もっと本質的なところにあるからだ。その意味でも,今年1月に発足した「大学入試のあり方に関する検討会議」には,論点を矮小化することなく,原点に立ち返って広い視野から根本的な議論を深めてほしいと思う。

 ここで忘れてならないのは,大学側も一連の流れに少なからず加担してきたということである。英語民間試験についていえば,2017年6月に種々の問題点を指摘して批判的姿勢を示していたはずの国立大学協会が,同年11月には一転して全受験生にこれを課すという方針を決めたことがその後の混乱に拍車をかけた。

 また,当時私が勤務していた東京大学も,2018年3月の記者会見で入試担当理事がいったん民間試験の利用は拙速と発言しておきながら,4月にはこれを活用する方向で検討するという文書を出すなど,腰の定まらない対応をとって不信感を増殖させた。NHKは昨年11月,その背景に政治的圧力があった可能性を音声データとともに報道したが,当事者たちは口をそろえてこれを否定し,ネットに公開された当該記事はほぼ1カ月後に削除されてしまった。

 こうした不審な動きを見るにつけ,今回の入試改革問題の根底には日本の政治や行政を覆っている「忖度」という名の慢性的な病理が潜んでいるのではないか,そしてそれがいつのまにか大学というアカデミズムの場や「社会の木鐸」たるべきマスコミにまで浸透しているのではないかと,深く憂慮せずにはいられない。

 言うまでもないことだが,本来,入試のあり方は各大学がそれぞれのアドミッションポリシーに基づいて自主的に決めるべきことである。何か外部の力が働いて意思決定を左右するようなことがあってはならないし,ましてや大学がみずから忖度の空気に染まるようなことがあってはならない。皮肉なことだが,受験生に求められていたはずの「主体性」や「思考力・判断力・表現力」が,今はむしろ大学にたいして問われているのではないか。
 
 

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