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『科学』2020年5月号【特集】災害対応組織と〈復興〉

◇目次◇

 【特集】  災害対応組織と〈復興〉
見失われた「人間の復興」……津久井 進
災害対応組織の行政学……金井利之
これは「復興」ですか?38 9回目の3・11……豊田直巳
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開  トリチウム水は海に流すのが“簡単”という結論……木野龍逸

巻頭エッセイ 
低線量被曝評価と科学の歪み……島薗 進 

[新型コロナウイルス感染症]
わかってきた感染・重症化メカニズムと治療薬への期待 : 新型コロナウイルス感染症〈その2〉……小澤祥司
3.11以後の科学リテラシー……牧野淳一郎

大規模被曝データ解析論文の新たな問題
――宮崎早野第1論文の表1 2014 Q3 と図4f は正しいガラスバッジ測定データにもとづいていない……黒川眞一

[連載]
葬られた津波対策をたどって〈17〉……島崎邦彦
「喫茶」遊学〈5〉 まぼろしの「ルアック・コーヒー」を追う……大村次郷
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈10〉 本来の草原のありか……永幡嘉之
広辞苑を3倍楽しむ〈108〉 天文台……磯部洋明
利他の惑星・地球[文明編]〈14〉 近現代を超える合理文明の先駆〈シュメール〉……大橋 力
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈221〉 ワンバの野生ボノボの毛づくろい……モルガン・アラニク,林 美里
子どもの算数,なんでそうなる?〈7〉 かけ算の順序・かけ算の種類……谷口 隆
市民社会と法〈50〉 「総理大臣のヤジ」についての学問的考察……大浜啓吉

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学  北極圏スカンジナビアの森林限界は温暖化で移動しているか?……梅本 亨

表紙=「竹林を舞うヒメボタル」岐阜県岐阜市。宮武健仁撮影
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 ときえだ ただし 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘 
 
 

◇巻頭エッセイ◇ 

低線量被曝評価と科学の歪み

島薗 進(しまぞの すすむ 東京大学名誉教授、上智大学特任教授・グリーフケア研究所所長。
著書に『原発と放射線被ばくの科学と倫理』(専修大学出版局)他)

 東日本大震災後,伊達市は低線量放射線の評価と除染について,特殊な対応をとったことが知られている(黒川祥子『心の除染 ―― 原発推進派の実験都市・福島県伊達市』集英社文庫版,2020年,初刊,2017年)。一つは,2011年6月から12年12月にかけて「特定避難勧奨地点」というものを設けたこと。また,市域をA,B,Cの3つに分け,比較的線量が低い C地域については除染を行わないことにしたのだ。これによって国から交付された除染交付金を水面下で返還することができた。

 さらに大きな事柄は,6万人の市民に個人線量計(ガラスバッジ)を装着させ,その値が航空機モニタリングの値よりも大幅に低いことを示す研究が進められたことだ。この研究は,福島県立医科大学(福島医大)の宮崎真講師と東京大学(東大)の早野龍五名誉教授の名で,2016,17年に国際的な放射線防護研究専門誌に掲載された(宮崎・早野論文)。

 この2つの論文のもととなる研究が,対象とされた市民の同意を得ずに行われるなど学術倫理の基準を逸脱していること,また,分析に多くの誤りがあり,市民が受けた実質線量が幾重にも低くなるような結果が導き出されていることが明らかにされてきた(2018年,19年に黒川眞一氏(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)らが本誌などに発表したいくつかの論文による(特設サイト「ゆがむ被曝評価」参照))。

 今年になって,宮崎・早野論文にはさらに重大な疑念が生じるに至った。本誌(3月号電子版および今号)に掲載された黒川眞一氏の論文「大規模被曝データ解析論文の新たな問題」によれば,およそ4年間の線量計測データにもとづく分析のはずなのだが,そのうち1年分が実際には提供されていなかったらしいという。にもかかわらずその時期のデータも分析に組み入れられている。実際,その時期の図には,配布されたガラスバッジ数よりも多い分析数が示されているなど,極めて不自然な点が複数指摘されている。(昨年7月に福島医大と東大から発表された,伊達市民からの申立に対する調査結果は,多数の疑問点のうちのごくわずかしか取り上げておらず,またここで紹介した論点は新たなものである。)

 この批判に対して正対した応答が著者からなされることを期待したい。だが,そもそも学術論文にこうした何重もの疑念が投げかけられることは異様である。伊達市出身のライター黒川祥子氏は,その背後に強く政治的意思が働いているのではないかと問いかけている。

 大学では原子力工学を専攻し,事故後いち早く伊達市の放射線アドバイザーに就任し,さらに初代の原子力規制委員会委員長となった田中俊一氏が,当初から伊達市独自の除染ポリシー形成に携わった。その田中俊一氏の指導の下で,伊達市は市民の個人線量計装着を推し進めた。黒川祥子氏は伊達市に関わる3人の科学者が,6万人の個人線量計のビッグデータによって,被曝線量の国際基準を緩和する方向に動かそうとする,壮大なゴールを達成しようとしたのではないか,と述べている。(OurPlanet-TVの報道によれば,早野氏は田中氏のために論文出版前に主要解析結果の説明資料を作成したことを認めている。)

 宮崎・早野論文には1年以上前から立ち入った批判がなされているのに著者からの学術的にかみあった応答がない。今後,早期に疑惑をはらす反論がなされるのかもしれない。そうあってほしい。そうでないとすれば,これは科学スキャンダルとしても際立ったものになる。政治的意思にそって科学を歪めて偽りのデータ処理を重ねるというようなことはあってはならないことだが,東大名誉教授や原子力規制委員会初代委員長がそれに関与していたということになれば,その社会的影響も大きい。事態の展開を見守りたい。

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