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『科学』2020年6月号【特集】新型コロナウイルス感染症と科学的助言

◇目次◇

新型コロナウイルス感染症対策における科学と政治……尾内隆之・調 麻佐志
英政治と科学的助言……沢田千秋
私たちは数百年に一度の人間社会に大きな影響をおよぼす ウイルス感染症流行のなかにいる
――動物由来のウイルスとしての特徴とワクチン開発への期待……西條政幸
3.11以後の科学リテラシー〈90〉……牧野淳一郎
世界中で進む臨床試験と“新型コロナ後”への動き:新型コロナウイルス感染症〈その3〉……小澤祥司
ドイツのコロナ禍とドイツ倫理委員会……今泉みね子
コロナ危機は気候変動に何をもたらすのか――欧州からの視点……八田浩輔
新型コロナウイルス流行と緊急事態条項……永井幸寿

巻頭エッセイ
COVID-19の発生は予想外ではなかった……山内一也  

[新連載]
学術出版の来た道〈1〉学術出版とは何か……有田正規

[連載]
葬られた津波対策をたどって〈18〉……島崎邦彦
「喫茶」遊学〈6〉茶葉をチューイングガムのように嚙むミエン……大村次郷
これは「復興」ですか?〈39〉「みんなの願い! 浪江の復興」は誰のため……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈15〉〈バリ島文明〉の駆動系は〈シュメール文明〉とまったく位相を異にする……大橋 力
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈11〉豊かさとは何か……永幡嘉之
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈222〉チンパンジーと映像の森……山梨裕美・人長果月・山本恵子
アルキメデスからの贈り物〈23〉和算の幾何学に現れたアルベロス,大鳥羽の問題……奥村 博

[科学通信]
〈リレーコラム〉教育・研究の現場から 
中国における大学院生への経済支援,共通機器整備,そして COVID-19 研究の取り組みについて……服部素之
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 土地の履歴からみた自然災害のリスク……青山雅史

*  *  *
表紙=ドウダンツツジのくもの巣と水滴(岩手県田野畑村)。宮武健仁撮影
目次画像クレジット=NIAID
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘 
 

◇巻頭エッセイ◇

COVID-19の発生は予想外ではなかった
 山内一也(やまのうち かずや 東京大学名誉教授)

 最初に出現したコウモリ由来のエマージングウイルスは,1967年,ドイツでミドリザルを介して研究者に致死的感染を起こしたマールブルグウイルスである。当時,国立予防衛生研究所(予研,現・国立感染症研究所)で,輸入サルからの感染防止対策を担当していた私は,その際の緊張感をいまだにはっきりと覚えている。それ以来,私は,エマージングウイルスに様々な形で関わってきた。COVID-19の発生は予想外ではなかった。コロナウイルスは,インフルエンザウイルスの2倍もの大きなゲノムのRNAウイルスで,複製の際に変異を起こしやすく,さらにほかのコロナウイルスと相同組換えを起こす。コロナウイルスの自然宿主であるコウモリは,自力飛翔ができる唯一の哺乳類で,人家の近くに生息している。そして,既知のコロナウイルスの大部分は中国で見いだされていたのである。
 
 COVID-19の発生を確認したのは,バイオセイフティ・レベル(BSL)4実験室を備えた武漢ウイルス研究所の研究者たちである。彼らは,2013年に中国のコウモリの間で多様なコロナウイルスが循環していることを見つけ,その中には直接,人に感染する能力をもつウイルスがあることを報告していた。2018年には,突然発生したブタ急性下痢症候群の原因がコウモリのコロナウイルスであることも明らかにしていた。さらに,2019年3月に発表した総説で,中国の野生動物を好む伝統的食習慣などから,ホットスポットでのコロナウイルス感染の発生予測に努めると述べていた。それから9カ月あまり後,集団発生した急性肺炎の患者の肺洗浄液から新型のコロナウイルスを分離して,2020年1月11日,ゲノムの全塩基配列を公表したのである。これで,PCRによる確定診断やワクチン開発が可能になった。
 
 ところで,コウモリから感染する潜在的危険性のあるウイルスは,コロナイルスだけではない。インドやバングラデシュでは,コウモリのニパウイルスが致死率50%を超す感染を起こしている。コウモリを中心とした野生哺乳類に少なくとも32万種類の未知のウイルスが隠れているとの推定もある。われわれは,ウイルスに囲まれて生きているのである。COVID-19のような発生は,これからも起きてくることが予想される。
 
 振り返ってみると,日本のエマージングウイルス対策は,1976年に予研が内部指針として作成した病原体の危険度分類から始まっていた。国内の研究機関もこれにならって指針を作成したが,すべて自主規制のままだった。国の指針として,病原体の管理規定ができたのは,2006年だった。そのきっかけは,2003年,重症急性呼吸器症候群(SARS)終息後にシンガポールや台湾で実験室感染事故が起きたため,厚生労働省が調査したところ,日本では8つの研究施設がSARSウイルスを保有しているのが明らかになったことである。予研のBSL4実験室は,1981年に世界で4カ国目に建設されていたが,レベル4での使用は2015年西アフリカでエボラ出血熱が大流行していた際,原則として診断や治療目的に限定して認められた。40年以上かけて,いまだにエマージングウイルスの研究環境は十分に整っていない。
 
 このような遅々とした取り組み方で,ウイルスとの共生の時代をどのようにして生き抜いていくのだろうか。
 

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