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『思想』2020年8月号 【特集】資本主義の未来

◇目次◇

思想の言葉………吉原直毅

〈討議〉資本主義の「新しい形」とは何か………石川健治・大澤真幸・宮本太郎・諸富徹
〈宗教としての資本主義〉の現在――そして未来………大澤真幸
社会的投資戦略を超えて――資本主義・福祉・民主政治をむすび直す………宮本太郎
経済成長を通じて平等な社会を築く――資本主義の非物質主義的転回,産業構造転換,社会的投資国家………諸富 徹
職業教育訓練と労働需要――アメリカにおける経済変化への対応策………久本貴志
人的資本投資とジェンダー経済格差………原ひろみ
無形資産産出を担う創造階級の空間的編成とその効果――「ポストコロナ社会」のソーシャル・イノベーションに求められるもの………金光 淳
知識基盤型経済における社会保障――社会的投資国家の可能性………濵田江里子
複合危機と資本主義の未来――エコロジー的近代化,ウェルフェア,自然の統治(上)………長尾伸一

 

◇思想の言葉◇

「非物質的」資本主義とは?
 吉原直毅

 資本主義とは何か? 市場経済一般と資本主義的市場経済とは、区別される。市場とは価格調整によって媒介される需要・供給の競争的調整プロセスとして特徴づけられる経済的資源配分メカニズムである。資本主義的市場経済は市場経済の一特殊なあり方であり、生産手段を独占的に私的所有する資本家階級と、生産手段へのアクセスと生産的意思決定から排除された労働者階級とが労働市場での需給関係を形成する下、利潤目的での競争的商品生産活動と自由な資本移動によって媒介される、継起的な収益的資本循環(G-W-G`)によって特徴づけられる。

 収益的資本循環の背景には、労働者たちが当該社会における経済活動に従事する事によって取得する経済的利得分の労働時間を超えた労働を供給している事、及びその剰余労働時間に対応する経済的利得が資本家階級に帰属するという搾取関係が存在する事は、マルクス経済学のみならず、現代経済学の知見を以てしても、今や否定できない。この資本主義的階級-搾取関係の生成にとって、市場の競争メカニズムは必要であるが、十分ではない。市場の下で実現し得る競争的均衡配分は多数あり、その中には搾取的な配分のみならず非搾取的なそれをも含むからである。

 実際の資本主義的市場経済で資本の収益性が普遍的に観察されるという事は、非搾取的均衡の実現を不可能にする、市場の競争メカニズムを超える何らかの均衡選択メカニズムが機能している事を意味する。資本家階級と労働者階級の権力関係こそ、その機能を担う。労働者階級の構成員にとって雇用されない事態が生存の脅威を意味するのに対して、十分な資本を所有する資本家階級は、雇用契約の交渉決裂の場合でも同様の生存的危機に到らないが故に、本来的に交渉上優位な立場にある。また、世界市場に跨る自由な資本移動という性質は、資本による交渉撤退戦略に高度な脅迫力を与える。更に、資本の階級独占的所有は独占的な生産的意思決定権を資本家階級に賦与するのであり、その行使によって収益的な資本循環経路も確立される。

 しかし、所与の経済構造下での資本蓄積の進展は、一方で消費サイドでの財・サービスへの需要の飽和化と、他方で労働市場における需給逼迫傾向を齎し、最終的には利潤率の低下・資本収益性の危機に到る。この事態に対して、資本制経済システムの下で、概ね以下の三つの構造変化誘導メカニズムの発動を通じて、資本収益性の回復、及び資本制社会の継起性が再確立される。それは、(1)資本による社会の外延的包摂、(2)資本による社会の内延的包摂、(3)非市場的要因に拠る私的所有権の再編成の三つである。

 資本による社会の外延的包摂とは、R・ルクセンブルクや世界システム論において強調されてきた戦略であり、外国貿易を通じた新たな販路の拡張や資本輸出等、より高い利潤率の資本投資先への資本移動による、新たな資本蓄積経路の確立メカニズムを指す。未開拓の非資本主義経済圏や低開発諸国の植民地化、市場経済化、投資可能化などもこの範疇に入る。

 資本による社会の内延的包摂とは、J・シュンペーターが「新結合」という概念で表したような技術革新、すなわち新たな生産方法の開発・導入を通じて生産性を高める事、あるいは新たな商品の発見・発明による新市場の開拓等によって、収益的な資本蓄積経路を新たに見出す事である。また、K・マルクスが強調したように、資本蓄積の結果、労働需給逼迫となる場合でも、労働節約的で生産費低減的な新生産方法の開発・導入は、産業予備軍の創出と利潤率の上昇を伴う新たな資本蓄積経路を可能にする。

 資本の外延的包摂は地理的有限性の壁にいずれ直面する故に、シュンペーター以降の主流派経済学が、資本制経済の継起性の為に「新結合」の生起を重要視してきたのは当然の事であった。市場経済において、技術革新とは本来的には外生的事象であるが、資本制システムは、技術革新の「内生化」メカニズムとして、パテント制度を位置づける。

 すなわち、技術革新の成果である新技術や新知識は、その公共財的性質故に「ただ乗り」利用される。故に、各資本主義的企業は新技術を他社に先駆けて開発・導入する事で、準地代の稼得を目指すべく動機づけられる、と論じられてきたが、むしろその「ただ乗り」可能性故に、市場競争下のR&Dは過少投資に到る。対して、パテント制はR&D投資の成果の期間限定的な占有権を制度設計する事で、「ただ乗り」利用を防止する技術革新誘導メカニズムとして機能し、長期的には社会全体の生産力を改善すると理解されてきた。

 しかし、それは技術や知識の私的所有制を導入する事で、それらの齎す公共財的便益の喪失効果も有す。故に、新自由主義体制下での知的所有権の強化は、技術革新の成果報酬である「準地代」のレント化を強め、市場の効率的配分機能を損わせるという議論も在る。

 非市場的要因に拠る私的所有権の再編成とは、マルクスが論じた「資本の本源的蓄積過程」における収奪的「囲い込み」が典型例であるが、非市場的な外生的ショック要因を媒介とする私的所有権の導入・再編成であり、その結果として収益的な資本蓄積経路が新たに確立される。戦争や自然災害等に因る、蓄積されてきた富・インフラの崩壊後にしばしば導入される新自由主義的「ショック・ドクトリン」戦略(旧社会主義国での体制改革等)も現代版「囲い込み」の一例である。東日本大震災後以降の現代日本においても、種子、水、あるいは漁業権など、従来は共有地ないしは自由財として享受されてきた資源領域への「囲い込み」による私的所有権の導入・確立と、新たな資本投資対象の構築化が政治的に試みられてきた。また、情報という公共財的資源の「共有地」であるネット空間上での、ロック主義的な「未所有な外的資源の私的領有」による私的所有権の導入・確立こそ、ネット空間での「囲い込み」に基づく「プラットフォーム資本主義」に他ならない。

 現代資本主義の「非物質的転回」と言われる事象も、上述のような理論的枠組みで理解可能である。例えば、七〇年代後半以降の米国経済(非金融部門)における、利潤率の上昇と投資率の低下・資本蓄積の停滞という現象を、無形資産所有によるレント収益が現代資本主義における利潤の主要源泉となる新しい事態として理解しようという研究も存在する。つまり、特許などの知財や登録商標、営業権などの無形資産の比重の高い産業(IT、テレコミュニケーション、ヘルスケア等)が先端産業としての比重を高め利潤も増やしている一方、伝統的な製造業などにおいても無形資産の購入に投資する比重を高めている。背景として、新自由主義的レジーム下での法的な制度改革(知財保護強化)で、無形資産の稀少性が法制度的に造り出され、レント的収益が生ずる。その結果、費用の嵩む物的資本財等の有形資産への投資よりも投資収益率が高くなれば、生産的投資ではなく、無形資産への投資を増やす事になろう。

 この新しい事象を理解する上で、以下の点を指摘したい。第一に、この事象の本質の一つとして、従来的な財・サービスの最終財としての生産過程において投入される中間財としての知財(知識・技術の体系)の重要度が高くなっているという事。しかし、これ自体は、資本制経済における技術革新の重要さという普遍的性質に起因しているのであり、質的な目新しさではない。第二に、本質的には「無償の生産力」である公共財としての知識・技術への知的所有権の導入・強化によって増大する、この種の中間財の「レンタル・サービス」への支払い分こそが、無形資産所有者にとっての資本収益に値するという事。これは、最終財の生産過程における労働搾取の成果の、最終財生産資本から無形資産所有資本への分配的移転に他ならない。第三に、米国に典型的なように、製造業における生産活動のアウトソーシング化において、その担い手が下請け中小企業なり途上国となる事で、より劣悪な労働条件下での労働搾取による成果の分け前こそが、「非物質的」な資本主義における利潤の主要な源泉である、という事。

 プラットフォーム資本主義もまた、公共財的性質を有する情報の「共有地」であるネット空間への私的所有権の導入によって、ネット空間上の情報の「囲い込み」による稀少性を制度的に造りだし、レント収益に繋げている。これは現実の市場経済が、「完全情報」によって特徴づけられる完全競争市場ではないが故に、「稀少な」情報を所有するプラットフォーム企業にレントが帰属する事になり、かつそのレントも、正のネットワーク外部性に起因する「規模の経済」構造下での、プラットフォーム市場の独占・寡占化を通じて、一層上昇し得る。そのレントの源泉がプラットフォーム内で商品売買取引をする企業の生産過程における労働搾取の成果の分け前である事も、中間財としての知財のケースと同様である。

 このように、市場経済的取引に適う私的財とは異なる公共財的ないしは共有地的な資源の領域に私的所有権の制度を導入する事で、従来の財・サービスの生産過程における強化された労働搾取の成果を、無形資産所有によるレント収益として剥奪するメカニズムが「非物質的」資本主義の本質である。その種の資本主義への移行を所与として、先進資本主義国としての生き残り戦略を探求する事が、目指すべき道と言えるだろうか?公共財的ないしは共有地的な性質故に、むしろ私有制ではなく、共同的・公的所有制によって技術革新や情報の経済的価値を平等主義的に分配する事が可能であろう。例えば、これまでは一部の富裕資本家層に帰属してきた無形資産レント収益も、公的所有制下ではベーシック・インカム制遂行のファンドとして利用可能になり得るし、現代人類の直面する最大の危機的課題である気候変動問題等の環境問題対策に投ずる事もできるだろう。

 他方で、その様な非私有制的レジーム下での技術革新の動機づけへの懸念が表明される事も、容易に想像される。しかし、前述のように、資本制下であっても、技術革新の動機づけメカニズムは完璧ではない。対して、ポスト資本制下では、資本制下での収益的資本循環の再構成機能としてのシュンペーター的技術革新とは異なり、そもそも「何のための技術革新か?」に関する人々の民主的合意に基づいた、技術革新の動機づけ制度について探求する事が課題となろう。

*本論の作成に当たり、伊藤誠氏(東京大学名誉教授)、及び、佐々木隆生氏(北海道大学名誉教授)より、有益なコメントを戴いた。

 

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