web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

『科学』2020年8月号【特集】複合災害下の問題群

◇目次◇

[インタビュー]備えなき解剖現場:特殊な日本の状況を変えていけるか……岩瀬博太郎
高リスク要因が示唆するCOVID-19の感染・重症化メカニズム:新型コロナウイルス感染症〈その5〉……小澤祥司
3.11以後の科学リテラシー……牧野淳一郎
ユーラシアの穀倉地帯を襲うもう一つのバッタ被害――ロシアで「モロッコトビバッタ」が常態化……尾松 亮
Jヴィレッジ高濃度汚染土のゆくえ
 ――被曝管理なく密かに再利用された汚染土,保管場所の明らかでない高濃度汚染土……おしどりマコ

巻頭エッセイ 
福島事故の検証の重要性……池内 了 *お読みいただけます

Gendered Innovations とは……小川眞里子
大間原発敷地内の典型的な活断層露頭(前編)……小野有五

[シリーズ放射性微粒子の追究]
不溶性Cs粒子企画にあたって……五十嵐康人

[連載]
「喫茶」遊学〈8〉 福を招く鉄観音……大村次郷
これは「復興」ですか?〈41〉 白砂青松が消えていく……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈17〉 〈群個体協調脳機能〉その実像の驚異……大橋 力
学術出版の来た道〈3〉 論文ができるまで……有田正規

[科学通信]
ダーウィンと社会思想:悪用の歴史……松永俊男
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学
世界のマングローブ林を把握する――経験値を集約する全球ダイレクトセンシング……宮城豊彦
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開  除染なき避難指示解除への動き……木野龍逸

今月の表紙写真
次号予告
訂正
----------
表紙=「夕日に光る新舞子浜の干潟」(兵庫県たつの市)。宮武健仁撮影
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘

 

◇巻頭エッセイ◇

福島事故の検証の重要性

池内 了(いけうち さとる 新潟県原子力発電所事故に関する検証総括委員会委員長、
総合研究大学院大学名誉教授、名古屋大学名誉教授)


 福島原発事故が勃発して9年半が過ぎ,次々と帰還困難区域の解除が進められて,いかにも復興が着々と進んでいるかのような雰囲気が喧伝され,「第二の戦後」とまで言われた国家を揺るがす大事故であったにもかかわらず,人々の脳裏から去りつつある。日本人の「過去のことは水に流す」体質は相変わらずだが,科学・技術に関わった事件・事故についてはそういうわけにはいかない。科学・技術は過去の事蹟の積み上げで成り立っているのだから,事故が起こればまずその技術的原因を明らかにし(技術的課題),事故が現実にもたらした健康や生活上の困難の検証(健康と生活の課題)を行って初めて,次にどうすべきかの方針の議論に進むことができるからだ。さらに原発事故の場合は,放射能が原発敷地外に大量に放出される場合を想定して,地域住民の放射線被ばくを最小限にするための実効的な方策が可能かどうかを検討していなければならない(避難方法の課題)。福島原発の過酷事故について,本来,この3つの課題を科学的な立場で検証した後でないと,原発の再稼働に踏み込むべきではないことは明らかだろう。ところが,政府および国会において福島事故の調査委員会は設置されたが,2012年に「事故調査報告書」を提出した切りで,事故の進展・健康被害・避難の状況などの検証はほとんどなされていない。またもや「過去を水に流して」再稼働に突き進んでいるのが現在の日本なのである。

 しかし,このような状況であっても,原発立地県では唯一新潟県が独自の「3つの検証」路線を実行していることをご存知だろうか。米山前知事が,3つの課題に対応する技術委員会・健康と生活委員会・避難委員会と名付けた検証委員会を立ち上げ,さらに検証総括委員会を設置して,個別の検証結果を全体的な視野で総括した最終報告書が提出されるまでは柏崎刈羽原発の再稼働の是非を判断しないという公約をし,後任の花角知事もそのまま公約を引き継いで,この2年間検証作業が続けられているのである(技術委員会は東電の原発トラブル隠しの発覚をうけて2003年に既に設置されていた)。私は検証総括委員会の委員長に任命され,最終報告書作成の責任者としてその責務の重大さを強く感じている。柏崎刈羽原発の再稼働のみならず,日本の原発行政に大きな影響を与えることは確実であるからだ。

 検証委員会が発足して以来2年経ち,各委員会の中間まとめを集約して今後の課題を整理し,また1年かけて新潟県内でタウンミーティングをもって地域住民の声を審議に反映させることを計画していたが,コロナ禍のために延期せざるを得なくなった。秋以降体制を組みなおし,タウンミーティング計画も含めて検証の総括作業を進める予定である。通常の国や自治体の審議会とは異なって,委員のイニシアティブで議論が進められており,どの委員会も公開で行われ,詳しい議事録は新潟県のウェブページに公表されていることを強調しておきたい。市民に開かれた場において,東京電力と議論できる貴重な回路となっているからだ。
 中央集権が著しく政府の意向ばかりを気にする日本の地方行政において,一つでも風穴を開け,地方自治の真価を発揮する一つの機会とも捉えて,力を尽くしたいと思っている。

タグ

関連書籍

閉じる