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『科学』2021年1月号【特集】学術会議任命問題と助言の本質

◇目次◇

日本学術会議と科学者の社会的責任……広渡清吾
日本学術会議略年表……小沼通二
倫理委員会としての日本学術会議……池内 了
学術会議会員候補の任命拒否と学問の自由――日本科学史学会会長声明から……木本忠昭

[ノーベル賞2020]
ゲノム編集研究の現状と今後について……真下知士
ブラックホールの理論的基礎と銀河系中心の超大質量コンパクト物体……佐藤文隆
C型肝炎ウイルスの発見……鈴木哲朗・松浦善治

[新型コロナ感染症]
動物やヒトの体内でウイルスが変異,ワクチン無効化の懸念も: 新型コロナウイルス感染症〈その10〉……小澤祥司
3.11以後の科学リテラシー¨……牧野淳一郎

[核のゴミ問題の前提を問う]
原賠制度からみた核のごみ問題─投げ棄てられるリスクとコスト,責任……本間照光
寿都町,神恵内村で明らかになった 「核のゴミ」地層処分の問題点……小野有五

巻頭エッセイ 
2021年と1931年――創刊90年における学術会議任命拒否問題……編集部

[連載]
絲綢之路遊学〈1〉ベゼクリク千仏洞……大村次郷
これは「復興」ですか?〈46〉「不条理」に生きる人びとの暮らしの可能性を探る……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈22〉私の中の縄文と弥生,その今日的意義……大橋 力
学術出版の来た道〈8〉ビッグ・ディールとオープンアクセス……有田正規

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる
震災復興で失われた三陸リアスの原風景――再生を目ざす気仙沼舞根湾……田中 克
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学
グローバル・地域気候を総合的に探る……山川修治

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表紙=藤嶋咲子「monoⅡ」2015年。(編集部注:作品全体を半時計回りに90度回転させて全体を掲載)
表紙デザイン=佐藤篤司  連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘

 

◇巻頭エッセイ◇

2021年と1931年――創刊90年における学術会議任命拒否問題
編集部
 

 日本学術会議会員の任命をめぐる問題は,政府が法に従わないという異常事態であることが第一の問題だ。王のふるまいや独裁に等しいとも指摘されている。制御されない権力は暴力に通じており,市民と法との関係とは別次元の深刻な事態だ。

 新型コロナウイルスにより人類社会はゆるがされ,日本では感染拡大の不安を抱えながら2021年を迎えようとしている。日本医師会タスクフォースからの提言などもあったにもかかわらず,検査は抜本的に拡充されないままに時は過ぎ冬を迎えた。日本の検査不拡充は,検査拡充により感染症を収束させることのできた国もあるなかで特異な対応だった。人間として共通の必要性や困難に対応するためにこそ,財政の本義がある。感染症対策はまさにそれに適うもののはずだが,さらに巨額の予算が経済対策の名目で流し込まれている。しかし,感染症対策こそが経済対策になることは,台湾で開催された大規模音楽イベントや,旅行客でにぎわう中国の街の様子をみると,嘆息とともに痛感させられる。

 感染症は共通の脅威だが,それぞれの人の社会経済的状況によりリスクの大きさは異なってしまう。日本の経済対策は,感染症という共通の困難に対する制度的な対応が不十分なまま,リスクの個人化を放置して,格差と分断を助長するものとなってはいないだろうか。金があれば,地位があれば,政権に近いオトモダチであれば,リスクを小さくできるという分断は,社会を壊す。

 法を無視しタガのはずれた財政をふるう政府の現状は,オトモダチが優先される分断の政治の延長である。感染症リスクの個人化により,まるで死亡ないしは後遺症が経済のためのやむを得ない犠牲であるかのような誤ったフレーミングが浸透する一方で,安全保障名目でとりわけ米国から購入する防衛装備品に巨費がつぎ込まれる様は,「安全保障」という概念の倒錯を感じさせる。感染症対策について,制度として支援がなされず現場の努力が強調されるのは,命を守る本来の安全保障に関心が薄いのではないかと疑わざるを得ない。

 日本学術会議は,戦時体制への反省から設置された独立の機関だ。大本である政府の法律違反から論点をずらして,政府からの切り離しなどの在り方が議論されること自体,異常なことである。偽りの情報まで拡散された。こうした危うい動きは,本誌が創刊された1931年以後の社会情勢を想起させる。同年9月に満州事変が起こり,日本は戦争への道を進んでいった。当時の本誌編集主任で物理学者の石原純は,ファシズムに対抗する科学的精神の重要性を主張したが,戦争に科学も動員されていく流れは社会を包み込んでいった。『湯川秀樹の戦争と平和』(小沼通二著,岩波ブックレット)を通じて知る湯川の軌跡からは,後にノーベル賞を受賞することになる卓越した知性も,時流のもつ認識の枠組みにとらわれてしまったことを,痛切に感じとることができる。湯川は戦後,平和へのつよい思いをもって活動した。

 法を無視する政府の下で,安全保障の目的が漂流している。「コロナ後」の対策は生き延びた人々だけが恩恵を受ける。皆がともに生き延びる政策が求められている。 

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