web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

『科学』2021年3月号 【特集】 原発事故下の10年――継続する論点

◇目次◇

〈福島事故から満10年を迎えるにあたって No.5〉
日本における原子力発電事業の適格性……佐藤 暁

福島第一原発4号炉の使用済み燃料プールの危機と教訓……上澤千尋
津波原因論は採用できない――1号機非常用交流電源喪失の経過から……伊東良徳
放出された放射能を追いかけてわかったこと(1)――放射性セシウムの総放出量……青山道夫

〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 No.63
どう扱うのか高濃度汚染物:シールドプラグ,濃縮残渣……木野龍逸

〈廃炉への道をどう選ぶのか 第1回〉
「40年後終了」目標の由来を問う――求められる先例の再レビュー(上)……尾松 亮

不透明化する除染費用とその負担……大島堅一・藤原 遥

〈コラム〉「東京電力柏崎刈羽原発再稼働問題」ウォッチ No.8
新潟県技術委員会の「福島事故検証」:柏崎刈羽原発の安全性確認は“対象外” の不思議……田中三彦

運転技術継承は困難だ……小倉志郎

[資料]甲状腺がん症例数の最新データ:第40回「県民健康調査」検討委員会(2021年1月15日)より(作成:平沼百合)

〈連載〉
これは「復興」ですか?〈48〉中間貯蔵施設と娘の遺骨……豊田直巳
3.11後の言説をふり返る(1)……編集部

[新型コロナ感染症]
新たな変異株の出現・拡大とワクチンの今後:新型コロナウイルス感染症〈その12〉……小澤祥司
3.11以後の科学リテラシー〈99〉……牧野淳一郎

巻頭エッセイ 
電力市場における公平な競争とは何か……諸富 徹   

[連載]
絲綢之路遊学〈3〉トロイア遺跡……大村次郷
利他の惑星・地球[文明編]〈24〉奇蹟の連鎖・奇蹟の累積……大橋 力
広辞苑を3倍楽しむ〈113〉赤……内藤 健
学術出版の来た道〈10〉データベースと学術出版……有田正規

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる
瀬戸内海のカブトガニ保全――福岡県曽根干潟と広島県ハチ干潟を例に……大塚 攻・高橋俊吾
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる
東北地方の津波対策工事で干潟の生きものたちはどうなったのか……鈴木孝男

銀河誕生の謎に挑む……井上昭雄・谷口義明

----------
表紙=藤嶋咲子「Smash!」2021年
表紙デザイン=佐藤篤司 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘

 

3.11と原発事故発生からの10年 ブックリスト

 

◇巻頭エッセイ◇

電力市場における公平な競争とは何か

諸富 徹(もろとみ とおる 京都大学)


 2021年3月,私たちは東日本大震災,そして福島第一原発事故から10年の節目を迎える。悲惨な事故への深い反省から私たちは,(1)二度とこうした原発事故を起こさないよう手立てを取ること,(2)再生可能エネルギー(「再エネ」)を飛躍的に増やすこと,そして,(3)事故の背景となった電力会社の思考法と行動様式を変えるため,電力システムを改革することに合意し,着手したのだ。

 (3)ではとくに,電力市場の役割が重要である。電力自由化によって発電・小売の両部門の参入・退出が自由化されたため,「新電力」など新規参入者が相次いだ。電力会社はもはや,地域の独占的な電力供給・販売者ではなくなり,状況を自らだけでコントロールできなくなった。では誰が,どうやって電力の需要と供給を調整するのか。それこそが,電力市場の役割である。電力の不足時は価格が上昇し,逆の場合はそれが下落する。市場価格の動きがシグナルとなって,市場参加者は受給量をそれぞれ調整するのだ。

 ところが,2020年末から21年初頭にかけて起きた電力価格の高騰は,日本の電力市場のあり方に根本的な疑問を投げかけた。価格高騰の背景には,寒波の襲来による電力需給の逼迫,液化天然ガス(LNG)在庫の払底,電気の調達不足を恐れた新電力の無理な高値掴みなど,複合的な要因がある。市場で大半の電力を仕入れて顧客に販売している新電力は,調達コストの著増により大打撃を受けた。すでにいくつかの新電力の新規事業停止などの動きが報じられており,今後,彼らの経営危機が表面化し,淘汰が起きるとみられている。

 日本の電力販売量に占める新電力のシェアは約2割にまで高まってきていたが,その存立基盤はきわめて脆弱であることが露呈した。市場では,巨大な電力会社と群小の新電力が併存し,情報,電源保有,競争力などすべてにおいて,圧倒的な非対称性が存在している。これではまともな競争は成り立たない。加えて今回の事態が深刻な打撃を新電力に与えれば,再び震災前の電力会社による地域独占の復活となるだろう。

 そもそも経済学でいう「完全競争」,つまり市場が円滑に機能するためには,「売り手と買い手が多数存在し,彼らが独占や寡占のように価格支配力をもたないこと」が必要になる。ならば,政府がやるべきことは明白だ。新電力が体力を回復し,再び電力市場の重要なプレイヤーとして活動できるよう後押しすべきである。さらに,市場の円滑な機能を阻害するもう1つの問題である「情報非対称性」を解消しなければならない。今回,LNGが払底しているという情報は電力会社から開示されず,新電力にはまったく伝わっていなかった。彼らは無防備なまま,価格高騰にさらされたのだ。

 問われているのは,電力市場における公平な競争とは何か,という問題である。公平な競争条件を担保する当面の最大の課題は,電力会社の発電部門と小売部門を分離する「発販分離」である。市場を挟んで供給側である発電部門と需要側である小売部門は,それぞれ供給側の新規参入者や需要側の新規参入者と同じ条件で競争すべきである。ところが日本では発送電分離で送配電部門こそ中立化したものの,電力会社が発電部門と小売部門の両方を依然として抱え込み,電力と情報を社内で占有して他社を排除したまま取引を継続することが許容されている。

 福島第一原発事故がもたらした教訓に立ち戻って考えるならば,なすべきことは明白だ。独占への回帰ではなく,「未完の発送電分離」をいまこそ完結すべく,さらなる改革へ向けて前進することである。

タグ

関連書籍

閉じる