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『科学』2021年7月号 【特集】「水の国」の現在――〈異変〉と〈治水〉

◇目次◇

富士川流域・駿河湾の「異変」を追う――姿を消すサクラエビと不法投棄汚泥の取材から……坂本昌信・遠藤竜哉
富士川流域の泥サンプルの分析から……佐藤駿佑
「水の国・日本」の河川と都市計画……篠原 修
河川管理者に望まれる意識改革について――流域治水への転換にあたって……石川忠晴
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる 分断から再生へ:有明海からのメッセージ……田中 克
福岡高裁が示した諫早湾干拓問題解決の糸口……佐藤正典
[資料1]「和解協議に関する考え方」福岡高等裁判所第2民事部
[資料2]「自然科学に携わる研究者からの声明 諫早湾の開門問題について和解協議で科学的な議論を」

巻頭エッセイ 
有明海をめぐる森里海と社会の分断をつむぎ直し新たな未来へ……田中 克 

[新型コロナウイルス感染症]
「宮古島市におけるスクリーニングPCRの疫学的推定」に対する検証……徳田安春・河村雅美
パンデミックの出口はみえてきたものの――ワクチン格差で二極化する世界:新型コロナウイルス感染症〈その16〉……小澤祥司
「東電改革」で原発事故の責任は果たされるのか……大坂恵里・大島堅一・金森絵里・松久保 肇・除本理史

[連載]
絲綢之路遊学〈7〉ペルセポリス……大村次郷
これは「復興」ですか?〈52〉「除染実証実験」の結果……豊田直巳
3.11以後の科学リテラシー〈103〉……牧野淳一郎
廃炉への道をどう選ぶのか〈5〉素通りされたスリーマイルの教訓(3)
 ――「処理水処分」決定プロセスと住民参画(上)……尾松 亮

[科学通信]
新しい形の共同研究による SARS-CoV-2 変異株の定点観測(1)
 ……川上浩一・光永滋樹・白木知也・井ノ上逸朗・倉持 仁・竹村栄毅・田中総一郎・渡邉 健
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 “自然地理”を表す地図,特に地形分類図……熊木洋太
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開  汚染水の取り扱いをめぐって宮城県で初めて開催された説明会から……木野龍逸

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表紙=藤嶋咲子「Unstoppable Unfolding」2020年(2面組作品の右側)
表紙デザイン=佐藤篤司

 

◇巻頭エッセイ◇

有明海をめぐる森里海と社会の分断をつむぎ直し新たな未来へ

田中 克(たなか まさる 京都大学名誉教授・舞根森里海研究所長)


 有明海についてどのようなイメージをもたれているでしょうか。大きな干満差,速い潮流,川と海の水が混じった汽水,濁った水,広がる干潟,その上で“戯れる”ムツゴロウなど――それらは不可分に結ぶつき,かつては限りなく豊かな“宝の海”と呼ばれていました。漁師たちは,生き物があふれるように生み出される豊穣の海だと言い,その豊かさは現在の全国漁獲量7000トン前後のアサリが,最盛期には有明海だけで9万トンも漁獲されていたことからも想像できます。

 同時に有明海は,日本ではこの海にしか生息しない「特産種」1を多く抱える点においても,他に類を見ない宝の海でした。それが今では,漁船漁業の主要な漁獲対象種がビゼンクラゲのみという“瀕死の海”に至り,特産種や準特産種も姿を消し始めています。それは,水際としての干潟の崩壊と深く結びついている可能性が高いのです。

 有明海で古来続けられてきた自然干拓の歴史を無視して,一気に広大な干拓地を造る複式干拓の強行が,生態系のみならず,地域社会も分断しました。漁民だけでなく干拓地に入植した農民,諍いの町に暮らす市民などすべての民を不幸にする事態を招いたのではないでしょうか。誰も幸せにできなかったとみえる国策事業をこのまま放置する先に,確かな未来はありません。

 有明海再生には二つの重要な鍵があると考えています。一つ目は,言うまでもなく瀕死の海に至った本質的原因としての森里海の分断をつむぎ直すことです(今号特集参照)。二つ目は,未来の世代の幸せを大事にする方向へ舵を切ることだと思います。有明海に多くの生き物があふれることに誰一人反対しないはずです。同時に,孫たちが生まれた町に誇りをもって心豊かに暮らせることに反対の人もいないはずです。そのためには,かつてのように陸と海の間,干潟で遊びながらいろいろなことを学び,共に生きる子どもたちの復活が求められます。

 ポスト・コロナ社会への行動変容が求められる今こそ,これまでの不毛の対立を乗り越えて「協働の未来選択へ」2歩み出すときだと思われます。その本道は,森で涵養された水が里の畑を潤し,海に流れて魚介類を育む確かな水循環を取り戻し,森の林業,里の農業,海の漁業が支えあう新たな未来を生み出すことだと思われます。世代や分野を超えて有明海・諫早湾を見下ろす多良岳に集い3,ゆっくり確実に育つ木を一緒に育みながら,多様な人々のつながりをつむぎ直し,森で涵養された豊かな水が干潟を蘇えらせ,ともに潮干狩りを楽しめる近未来を願っています。そのような“いのち育む時代”へのキックオフとなる「森里海を結ぶフォーラム」が今年の10月に諫早市で開催される予定です。

(文献)1―佐藤正典(編):有明海の生きものたち.海游舎(2000)/2―田中克(編):いのち輝く有明海を――分断・対立を超えて協働の未来選択へ.花乱社(2019)/3―田中克:趣旨説明,in ‘豊かな有明海と周辺地域社会を未来世代に’,アカデミア176号(2020)

 

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