『科学』2021年11月号 【特集】3・11後の地球科学
◇目次◇
2011年東北地方太平洋沖地震津波から10年を迎えた津波堆積物研究の現在地……後藤和久
東北地方太平洋沖地震前後の長期的な太平洋沿岸の上下変動――超巨大地震の歪蓄積と解放過程……芝崎文一郎・篠島僚平
巨大津波と原発事故:ねじ曲げられた科学……島崎邦彦
長期評価の“信頼性”をめぐり分かれた司法の判断……添田孝史
日本の原子力発電と地球科学――9年間の「原発セッション」における議論を踏まえて……末次大輔・寿楽浩太・金嶋 聰・鷺谷 威
巻頭エッセイ
科学的な議論の行方……島崎邦彦
[新型コロナウイルス感染症]
3.11以後の科学リテラシー〈107〉……牧野淳一郎
後遺症・ワクチンそしてウイルス起源論争:新型コロナウイルス感染症〈その20〉……小澤祥司
[連載]
絲綢之路遊学〈11〉トプカプ宮殿……大村次郷
これは「復興」ですか?〈56〉汚染土の「再生資材」化施設……豊田直巳
廃炉への道をどう選ぶのか〈9〉伝えられないチェルノブイリの知恵(3)――帰還住民の権利を保障する「自主的定住者」制度……尾松 亮
[科学通信]
危機と人間:生態系の「特殊な一員」として,われわれはどのような「予測」を開発していくべきか……渡辺知保
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる
原発近くの海で潜りながら考えた海辺の未来……益田玲爾
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
「びっくりした」と東電代表が言うフィルター破損をめぐる安全管理の姿勢……木野龍逸
〈コラム〉2021年度ノーベル賞――真鍋淑郎氏に物理学賞……編集部
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表紙=藤嶋咲子「Technoscape Drawing」2021年
表紙デザイン=佐藤篤司
◇巻頭エッセイ◇
科学的な議論の行方
3・11巨大津波・原発事故から10年が経過し,何が問題であったのか様々な指摘がされている。事故の賠償や責任を巡って,民事裁判・刑事裁判が行われ,東京電力や原子力安全・保安院の関係者のメール,議事録,証言,供述調書などが明らかとなり,事故直後と比べると巨大津波・原発事故の解明がかなり進んできた。
しかし3・11前と3・11以後で,何が変わったのだろうか。前と以後とは厳然と区別しなければならない。‘以後’には‘前’を修正しようとする力が働くからである。
裁判で政府の立場を守るために動員されたと思われる,多数の研究者の言葉が過去を歪めかねないことを私は憂慮している。福島の人々が,奪われた生業の賠償を求める裁判や,避難した人々が訴えた同種の裁判では,約10名の専門家の3・11前に関する叙述が証拠(意見書)として国側から提出されている。その多くは“法務省訟務局の担当者から……意見を求められたため,下記のとおり,……述べます。”で始まる。2002年の7月31日に公表された「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(「長期評価」)に関連する意見である。
福島の人々の訴訟については2020年9月30日,仙台高裁は国や東京電力の責任を認めた。この判決は様々な点で重要な認識を示しているが,ここで紹介したいのは上記の意見書への対応である。“本件事故前に「長期評価」等の重大事故の危険性を示唆する情報が公表されていたのに,その情報に係る警告が防災に役立てられないまま未曽有の大災害に至った”と経過を述べ,“関与してしまった専門家の多くにとっては,自らが関与しながら,結果的に本件事故を防ぐことができなかった原因を「長期評価」の見解の信頼性の低さや未成熟に求めることによって,自らの当時の対応を正当化し自らを納得させたいという無意識のバイアスがかかると考えられる”と指摘した。
私は経緯を記した連載(「葬られた津波対策をたどって」本誌2019年1月号〜2020年6月号)を終えて,第一に思った。会議の透明性が確保されなければ,未曽有の災害は繰り返されると。そのためには,科学的な議論と政策とを切り離す必要がある。そして科学的な議論は公開する。自由な意見が言いにくくなるという理由は正当性がない。学会という公的な場で,自由に意見を言い,討論するのは科学者にとって当たり前だからだ。科学的議論の結論は政策会議へ渡され,担当者が政策を決める。実際の施策が誤っていれば,科学的議論の過ちか,政策決定の過ちか,明白となるであろう。責任が明らかになれば,誤りを繰り返す愚は断ち切られるだろう。
コロナ対策を見ていても,会議場の向こう側が霞むような場で,どれだけ真剣な議論ができるのか疑問に思う。十人前後で,徹底的に議論したらよい。また,無理にまとめる必要はない。形式的な会議は不要である。政策は科学的議論をもとに,政策担当者が責任を負って決め,実行すればよいのである。