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「卵を割る」ということ (山本悠太朗)

 

 

 過去を顧み、新しいことを始める時、私たちはよく「殻を破る」と言う。だがなんとフランスにも類似する諺があるそうな。「卵を割らなければ、オムレツは食べられない」。確かに表現は似ている。けれど大きな違いにも気づく。前者は「殻」を破った後の結果に重きが置かれる。他方後者の諺は、「卵」を割るという調理の過程が重視されているのではないか。実はこの諺、今年出版されたある女性の自伝に副題として用いられている。そして彼女の生涯を紐解く時、その相違ははっきり浮かび上がってくる。

 『岸惠子自伝』は彼女がこれまでの人生を振り返り、印象深い出来事を取り上げた自伝的エッセイ集。横浜に生まれた幼少期に始まり、コロナ禍の現在の生活に至るまで、昭和、平成、令和にわたる彼女の足跡が書き留められている。その長い人生には転機と呼べる瞬間も到来したはずで、事実彼女はこれまで「卵を三回割った」と表現している。一度目は女優として活躍する日本を離れフランスへ渡った時。二度目は夫と離婚し、母娘二人パリで生きる決意をした時。三度目は、パリの家族と別れ、日本への帰郷を決めた時。いずれも大きな決断だったはずだが、そこから彼女は見事に芳しいオムレツを焼き上げている。あのドレフュスの孫と買い物をしている最中に人種的差別に遭ったり、革命に揺れるイランに単身で乗り込み危うく拘束されそうになったり……。波乱に満ちながらも、岸惠子という女性の食卓には、国際ジャーナリスト、作家、ナレーターなど様々なお皿が彩りを添える。

 だが岸にとって、「卵を割る」ことは離別をも意味していた。この離別は既に、自伝初めの、横浜での幼少期から大きな存在感を放っている。ある金髪の少女との思い出を挙げよう。彼女とはよく山下公園で縄跳びをしていたというが、太平洋戦争前夜に突然別れることとなった。自伝にて岸は思いを巡らせている。「あの少女は、今わたしと同じように、八十歳を超えても元気でどこかで生きているのだろうか。(…)少女の姿を、わたしは長い一生の間に幾度も思い出した。」

 岸にとって別れとは、別の世界にあろうとも、今もなお誰かと共に生きることなのではないだろうか。そしてこれは、「殻を破る」ではなく「卵を割る」ことの謂なのだと思う。既存の環境や狭隘な視野、ひとつの結果に囚われず、果敢に別の可能性や出会い、対話にも身を置き続ける過程がそこにある。戦争、銀幕、海外生活、紛争地への取材。数多の体験を経た彼女の言葉には、激動の今を生きるためのヒントが刻まれている。

 ところで、彼女はまた卵を割る準備をしているような気がする。というのも、自伝の最後にはこんな言葉があるのだ。「コロナ? じぶんの力試しをするときでしょ」 そして実は私も、卵を割ろうかと思案している。まだ見ぬ誰か、何かと共に生きてゆきたくなったのだ。今なら私にも作れるかもしれない、不格好で、少し塩味が強くて、けれど正真正銘黄色いオムレツを。

(やまもと ゆうたろう・京都大学大学院)

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