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『アカデミアを離れてみたら』トークイベント

『アカデミアを離れてみたら』トークイベント・後編 Q&A

 
 2021年12月5日、『アカデミアを離れてみたら――博士、道なき道をゆく』の著者の方々より7名をお迎えして、オンライントークイベントが開催されました(主催:大学生協事業連合、協力:岩波書店)。題して「『アカデミアを離れてみたら』、どうなった……?――バラバラな博士たちの本音トーク」。
 登壇者の自己紹介は前編をどうぞ。
 この「後編」では、イベント後半のQ&Aのもようをお伝えします。
 
【登壇者(敬称略、順不同)】
今出完(エンジニア)  
岸茂樹(研究者→広告業→研究者)
高山正行(官僚)
坪子理美 (フリーランス翻訳者)
原田慧(データサイエンティスト)
森本行人(URA(学術研究支援))
榎木英介(フリーランス病理医)
司会進行:射場敏明(大学生協事業連合書籍商品課)
 

イベント後半――Q&A

 
司会:後半は、参加者のみなさんから事前にいただいた質問にお答えいただきたいと思います。では、1問目から。
 
Q. そもそもアカデミアとはどのような世界なのですか。雰囲気等を教えてください。
 
今出:非常に意味が広いですね。みなさんの経験によってさまざまな捉え方があると思いますが、一般的には研究です。教科書には載っていないような、誰も知らないことについて、自分で解いて答えを見つける――簡単にいうとそういうことです。ただ研究でもいろいろあって、すぐには役に立たないけれども、ひょっとしたら100年後、200年後に役に立つかもしれない、そういういわゆる基礎研究から、10年以内に実用化に結びつくような応用研究まで、いろいろあります。
 ただ、教員の経験が長かった私の視点からすると、アカデミアって研究だけじゃなくて、教育もあるんです。研究を材料にして、わからない、答えのない問題を解いていく、その解き方を学ぶところでもあるかと思います。
 
原田:アカデミアのなかでも、講座があって研究室があって教授がいて……みたいな、徒弟制のような古い雰囲気のところもあれば、みんなもう少し自立していて、それぞれで頑張ってね、というところもあります。アカデミアの雰囲気といっても、大学によっても、分野によっても違うので、「アカデミア」と一括りで語るのはすごく難しい。
 
坪子:同じ建物のなか、同じ専攻のなかでも、研究室によって全然違う。ただ、私自身は共同研究を含めるとこれまで7つくらいのラボに身を置いてきたんですが、いずれのラボでも、そのラボなりの「真理」を活動の柱にしている、という点は共通している印象がありました。
 
Q. アカデミアと民間ではどのような点が異なると感じますか。また逆に、共通していると感じる点はありますか。
 
原田:まず、「身近な誰かのためになる」というのが民間の特徴かと思います。アカデミアの場合だと、研究成果を受け取ってくれる人が、10年先、下手すると100年先にいて、すぐに受け取ってくれる人はいないんです。でも民間だと、仕事を受け取ってくれる人がいて、利益も一緒で、味方がいる、という気楽さはあると思います。
 もう一つ言いたいのは、実は、本書の岸さんの文章の中で、私がものすごく頷いたところなんですが、ちょっと読み上げますね。
 「〔…〕会社での仕事は自分のものではなく、会社のものなのです。
 会社で働き始めてから、自分と仕事を切り離し、仕事を客観的に捉えることができるようになりました。仕事の量は多かったのですが、その時々で自分にできることをやればいい、と考えるようになりました。」(216頁) 
 これ、ものすごく共感しました。
 アカデミアにいた頃は、自分と仕事が分離されていなくて、研究の論文がリジェクトされるというのは、自分へのリジェクトのようなものだと感じていた。ところが会社で働くようになると、仕事で上手くいかなくても、自分は自分、という切り離しができるようになって、とても気楽になりました。岸さんはちょうど週に50時間残業してらした頃の話なんですが、この気楽さは、民間での仕事の良さだなと思います。
 一方の共通している点について、特に学部生の2,3年生以下の方に申し上げたいんですが、学生としての優秀さと、研究者としての優秀さって全然違うんです。学部生とかの優秀さは、インプットだと思います。たくさんの知識をインプットして、自分のものにする能力。アカデミアの研究者になると、それをちゃんとアウトプットする――世界の研究があって、その中で一歩さらに先を行くという能力が必要になってきて、この両者は全然違う能力です。
 でも、民間企業であっても、今ある何かに対してアウトプットで返すという能力は必要になります。この点は、民間企業でもアカデミアでも同じではないか、と私は思います。
 
高山:本当にその通りだと思います。要は、解く問題が違うだけなんですよね。研究現場においてのアウトプットのあり方と、民間での業務におけるアウトプットのあり方が違うだけで、PDCAサイクルを回して最後にアウトプットを創出するという点においては同じだと思います。
 
Q.どのような人がアカデミアおよび民間に向いていると思いますか。
 
:研究に向いているのは、放っておいても勝手に疑問を見つけてきて、勝手に解決しちゃう人ですね。誰から何も言われなくても、何かこう「気になる!」みたいな疑問が湧いてきて、それをなんとかして解きたいという人です。たとえば、解けなくて困ったときにそのままにしておくのか、図書館に行ったり専門家の人に聞きに行ったりという実行を伴うのか、というあたりでも、かなり違うと思います。
 一方の会社、特に民間企業の場合は、「ちょっと君、その仕事やってよ」というのがあるので、勝手に疑問を思いついて解かれちゃうと困るわけです。民間に向いているのは、放っておいても自分でビジネスをつくって、儲けちゃう人ですよね。たとえば「ベトナムに支社をつくります」みたいな話が出て、「ちょっとおまえ、ベトナム支社、つくってくんない?」と言われたときに、「はい、行ってきます!」と言って現地に飛んで、二年後に黒字出しちゃうみたいな、そういう人は、もちろん民間での仕事に向いていますよね。アカデミアに向く人と民間に向く人とで、そうした違いはあると思います。
 おそらく、お聞きになっているみなさんも、それに若いときの私自身も、「いや、どっちでもないよ。自分はそんなにどちらもできるわけではないし」とか思う人もかなりいると思いますが、民間企業であれアカデミアであれ、かなり多様な人たちが働いているので、そんなに気にしなくても大丈夫だと思います。みなさん、自分が思うほどダメじゃないし、なんとかなります。
 
森本:大学でしかできない実験があるなど、大学の施設を使って解き明かしたいことがある人は、アカデミアに残るしかないのかなというふうに思います。遺伝子の組み換えとか、核融合とか。
 そして、アカデミアに向く人ということですごく重要なのは、孤独に耐えられる人、という面だと思います。ビッグラボであっても、個人研究であっても。アカデミアでの研究はとにかく孤独だと思うので。
 
Q. アカデミアで生活しているだけでは身につかない知識や技能、経験はどのようなものがありますか。
 
高山:アカデミアでは、ロジックで動かせる部分が非常に多いかと思いますが、アカデミア外の世界では、ロジックだけでは動かないことが多量に存在して、感情で動くようなところもあるかなと。対外的な交渉術とか、非常に多くのステークホルダーそれぞれの事情やマインドをしっかり理解したうえで行動していくようなところは、アカデミアで得られるスキルとは異なるものかと思います。
 
坪子:私は、「折れる力」みたいなのが大事かなと思います。交渉ごとなどでちょっと折れるとか、しなやかに進路を変えるとか。先ほどの質問で、アカデミアの各ラボや研究者が、それぞれの求める「真理」を柱にしているというお話をしましたが、正しさを追い求めている中で、「他のものは正しくない」と思考が固まってしまう危険もあると思うんです。アカデミアにいるなかでもたとえば「この研究、ちょっと難しいかも、ダメかも」とか「心がちょっとダメかも」と思ったときに、折れてもいいんだよと思えるような力をつけるのが役に立つかなと思いました。
 
Q. もし今から修士学生の頃に戻れたとして、将来は現在の職業に就くことがわかっていたとしても、博士課程に進学する道を選択しますか。
 
坪子:面白いご質問で、ぜひ他の方にも聞いてみたいです。
 私の場合は、将来の進路よりも、自分の研究活動そのものを取り巻く状況で決めたのではないかなと思います。たとえば、研究テーマへの興味や、研究室の環境、あるいは経済状況とかですね。当時はぎりぎり行けたんですが、行けない可能性もあったと思います。私がもし戦略的に考えるタイプだったら、「翻訳者としても博士号をもっていて有利だったことがあるので、やっぱり進学したと思う」と言うんですが、当時の私がそういう戦略をもっていたかというと、それはちょっとないかなと。私の場合は、博士課程に進学したからこそフリーランス翻訳者になったように思います。
 
原田:私は、進んだと思います。博士に進んで得たものがあったし、博士課程の3年間がいまの人格を作っているみたいなところもあるので、同じゴールになるとわかっていたとしても、博士に進んでいたと私は思います。
 
今出:私も基本的に同じで、進学しなかった場合のことが考えられないですね。ただ、進学しなくてもそれはそれで、その道でチャレンジして何かやっていたと思います。結局、博士課程に進むかどうかの選択で決まったというよりは、それぞれの道でそのつど、どう一生懸命やるかなのかなと、個人的には思います。
 
:私も、たとえ広告代理店に就職することがわかっていても、博士課程には進学したと思います。私が進んだ分野はかなり就職が厳しくて、進学してもどうせ就職ねーだろ、というのは当時もわかっていましたし。
 博士課程に行って一番よかったのは、科学的な手法――科学というのはデータと論理で対象を理解する手法だと私は考えていますが――の仕組みを理解できて、それが身についたということです。科学的な思考あるいは手法は、かなり人生の自由度を上げてくれると思います。
 
高山:私もおそらく、いまのこの事情を知ったうえでであれば、就職ではなく、博士進学を真剣に検討していたと思います。一つのことを突き詰めて形として残すというのはもちろん価値のあることですし、博士課程で身につけたスキルが、専門分野だけではなくて多様な方面で生きるという感覚がいまでもあります。応用の裾野が広いだけではなくて、ある程度深さをもった裾野ができているのかなと。もちろん、就職活動も検討するとか、自分が本当に何をやりたいのかを考えることも非常に大事だと思いますが、いずれにせよ、博士課程への進学の選択肢はたぶん捨てていないと思います。
 
森本:私も進むと思います。経済的な基盤次第だと思うんですが、いまは学振の特別研究員※1以外にSPRING※2とかもあって、私たちの世代よりは――SPRINGって学振より金額が少ないですけど――もらえるので、そういうものも足しにして行くのもありなのかなと。ただ、研究者を目指すかどうかはわからないですね。
 
榎木:私の紆余曲折人生を知ったうえで修士課程に戻るのであれば、就職を選んでいると思います。なぜなら、修士2年のときに国家公務員試験に受かったんです。でも、博士課程に行くということで捨てちゃって。それに、受かった日には理化学研究所から電話がかかってきて「ちょっと来ませんか」みたいな話があって、それも「博士行くからやめます」と言って断ってしまいました。でも、もしもこの人生がわかっていたら、「それに乗ります」と言って就職した可能性があります。
 ただ、一言言いたいのは、結局、修士学生の頃に戻れるようなタイムマシンはなくて、人生はわからないということです。紆余曲折、何があるかわからない。何かにぶつかったらそれに乗っかって、その時その時に思っているように進んでいけばいいわけです。
 
Q. 知名度の低い大学出身の博士や、英語やプログラミングといった需要のある能力が突出していない、あるいは相対的に需要の少ない分野の博士も活躍する機会や場所はありますか。また、そうした分野の学生が、研究以外に学生時代に取り組むべきことはありますか。
 
今出:私の経験からしてアメリカに偏った話になりますが、アメリカに来て、私の出身の大阪大学を知っている人に会ったことがありません。アメリカで大学名がどう考えられているかというと、少なくとも私の周りは、スタンフォードかハーバードかMITか、「それ以外全部」なんです。「それ以外全部」の方は結局、実力で勝負するしかない。ただ、日本にいると学歴社会な面もあるので、参考になるかはわかりません。
 分野について。過去に学生さんを指導してきて思うんですが、みなさん、博士で博士論文を書いたら、その専門で一生やっていくように思われている。でも、実は博士課程って数年間で、その後40年間働く間に、専門性はいくらでも変わっていくんです。大事なのは、人生のそのときどきで必要な専門性をつけるための過程ですよね。大学はそれを学ぶところじゃないかと思います。どうやってその分野のエキスパートになれるかという過程を、しっかり学ばれるといいかなと思います。
 
高山:私も全面同意です。専門性はそのときどきで変わっていくものなんだというのは、私自身も身に染みて感じているところです。
 それでもどうしても、自分のスキルをうまく活かしてやっていきたいのであれば、まずは徹底的に自分が解ける問題に変えていく、落とし込んでいく力が、重要になるかと思います。そうした力が研究活動のなかで身につくところだなというのは、私も感じているところです。研究活動のなかでリサーチクエスチョンが出てきたとしても、そこからストレートに答えに辿りつくことなんて、まずないわけですから。何段階かを経て核心に近づいていく、というプロセスになるわけですし、見方もいろいろあるわけですよね。多様な観点から見て、自分自身が解ける問題に変えていくという力を身につけていくというのは、社会に出てから業績を上げていく過程のなかでも大事だと思います。
 
司会:いまの質問のお答えが、学生さんへのメッセージになるかなと、伺っていて思いました。他のみなさんにも、そのように捉えて、学生さんへのメッセージも兼ねてお答えいただく形でよろしいですか。
 
:英語に関しては、日本語でも我々はこうしてコミュニケーションできているので、同じように、比較的誰にでも身につけられるスキルだと思います。自戒を込めて、なんですけれども。これはしょうがないので、勉強するしかないと思っています。
 もう一つ。完璧な人はいないので、自分に欠けているところは、どんどん他人に協力してもらえばいいわけです。「一人で戦わないといけない」と思いがちなんですが、社会ではそういうことはほとんどないし、チームで進めたほうが生産性が高いことが多いですよね。そうした場面で、どうやって協力を得ていくか、あるいは周りからの信頼をどう高めていくか、そうしたことを身につけるのは、研究のスキルとかと同じように、あるいはそれ以上に、重要なことだと思います。
 それと、人に協力してもらうにあたって、自分の長所と短所、あるいは好きなことと嫌いなことを理解しておくのは、非常に重要だと思います。
 昨日、実は若い人とお話しして、「若いときにどんなことをしておけばいいですか」と聞かれたんです。ちょっと考えたんですが、意外と若いときって、自分で自分のことがわからない。将来が不安なんだけど、かといっていま自分が何をしたらいいかわからない。そんな漠然とした不安を、若い方はたくさん持たれていると思うんです。
 一つ、私が言えるのは、誰からも、何も命令されなくてもやっちゃうようなことって、その人にとってかなり向いていることじゃないか、ということです。自分が好きなことなり、仕事にして楽しいことは、そうしたことの延長線上にあるんじゃないかなと。
 
原田:まず一つのメッセージは、意外とどうにかなるよ、というものです。過去の専門と就職先の分野が違っても、どうにかなります。たとえば私はデータサイエンティストをやっていますけど、データサイエンティストには法学部とか、文系の方ってけっこういらっしゃるんですよ。それがマイナスになるわけではなくて、むしろ、二本目の柱があるからこそできる新しい切り口もあるので、そこは気楽に捉えてほしいと思います。
 もう一つ言いたいのは、何をしたいのかを語れる人になると、将来を開きやすいということです。私はもう部長をやっていて、学生さんを面接する立場なんですが、「私はこれができます。私を雇ってください」という人って、よっぽど優秀じゃないかぎり採れないんです。でも、そうじゃなくて「私はこれがやりたいんです」ということを先に語ってくれると、とても魅力的に見えますし、「それなら、ごめん、うちじゃなくて、あそこに行ったほうがいいと思うよ」とか、前向きな話もできます。
 自分がどうありたいかというところから、もう一歩深く考えて、自分が何をしたいのか。そこまで答えが出てきたら、おのずと、アカデミアなのか、民間企業なのか、民間企業に行くとしてもどう生きるかとか、そんなことも見えてくるんじゃないかと。自分との対話を、しっかりやってみてほしいと思います。
 
坪子:重要なのは何かを読み取る力、伝える力だと思います。それは、研究そのものに直結していてもいいですし、そうでなくてもいい。
 私自身は小説を読むことや文章を書くことが好きでしたが、それそのものは仕事にはなりませんでした。生物学の研究も仕事にはできませんでした。でも、一歩離れて科学書の翻訳を仕事にできたのは、すごくよかったと思います。思い入れが強すぎることを仕事にしようとすると、こだわってしまって納期が守れないとか、自分の思うようにならないならもう出さない!などとなって、仕事として続けるには難しいかもしれません。
 一番好きなことじゃなくても、何か続けてできること。それを、世の中の枠とか、お仕事として食べていくための手段と組み合わせると、その人なりの軸ができるのではないでしょうか。
 
森本:ドクターは、大学名は本当に関係ないですね。どこの大学出身、というのはほぼ聞かないです。まったく気にする必要はないと思います。
 それよりも、トランスファラブル・スキルがすごく重要だと思います。まず、いま自分が持っている能力をどういうことに転換できるのか、何がやりたいのかというのを明確にする。そのうえで、自分はこういう能力をつけていかないと、とか、こういうところはクリアできているとか、そういうことを認識すればいいと思います。
 私自身は、院生の時にアカデミアを離れた人がどのように活躍しているのかを聞く機会がほとんどありませんでした。自分の指導教員や先輩から、どうすれば大学に就職できるかという話ばかり聞かされていたので、他に選択肢はない、と当時は思っていました。でも、世界はもっと広くて、自分の近くにいる先生や先輩が言っていることがすべてではない。今回のようなイベントとか、理系なら生物系の若手の会とか、そういうところに行って、博士号を取った後、アカデミア以外ではどういった進路に進んでいるのか、情報をたくさん入れるのがすごく重要だと思います。
 
榎木:クランボルツさんという方が考えた「計画された偶発性理論」というものがあります。キャリアの8割は偶然であると。ただ待っているだけではなくて、その偶然を前向きに捉えて、チャンスとして生かしていくためにどうすればよいか、ということを言っています。好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険性という5つのポイントがあって、この五つをもっていると、どんなことがやってきても前向きに、新たなチャンスを生かすことができるというんです。
 これは非常に重要で、この5つのポイントは、学歴とか、何かをもっている・もっていないとか、そういうのとは関係ないんじゃないかと思います。どんな状況になったとしても、好奇心があれば新たな学習をして、新たなチャンスを捉えるし、失敗に屈しない持続性も重要だし、新しい機会は必ず実現する、可能になると考える楽観性も重要。柔軟性は、こだわりを捨てるということ。博士号取得は、こだわりの部分にポジティブな影響を与えているような気もしますが、もっと柔軟になるということですね。そして冒険性。リスクを取って行動するということです。こうしたことを考えながら生きていると、いろんなところに活躍の場があると思います。
 それに、そもそも活躍って何ですか、と私は言いたいです。有名になることなのか、社長になることなのか、人それぞれの活躍があると思いますが、他人の評価ばかり気にしないで、自分のなかで「こういうことが活躍である」と定義すれば、いいんじゃないかと思います。需要が少ないとか、知名度が低いという点が必ずしもマイナスばかりになるわけではないので、ぜひ「計画された偶発性」を活かしながら、活躍の場を見つけてほしいです。
 
司会:ありがとうございます。途中で話を学生へのメッセージに切り替えてしまったので、最初にお話しいただいた今出さんと高山さん、「いやいやそういうことであれば、これを言いたいんだけど」ということが何かありましたら、一言いかがですか。
 
今出:アカデミアか、そうじゃないかというのは一つの選択に過ぎなくて、出た後も大きな選択がいっぱいあります。大事なのは、自分が選んだ道を進む中で、未来に向かっていま何をするかということ。みなさんがいま、どうしたいというのを決めたら、それに向かって努力して、その先にまた何かあったら、そのときにまた決めればいいのかなと思います。
 
高山:結局、最後に進路を決めるのは自分自身なので、他人から見て正解とか、そういうことは関係ないんですよね。自分から見て、いい選択、後悔しない選択ができたか、というところが大事かと思います。ただ、それを決めるにあたって、進路の選択肢は広いほど良いと思いますので、引き続き、広い世界を見て、頑張っていただければと思います。
 
司会:みなさん、ありがとうございました。
 
※1 日本学術振興会特別研究員のこと。採用されると、研究費および研究奨励金(給与)が支給される。DC1(採用年の4月1日現在、博士課程1年次相当に在学する者が対象)、DC2(採用年の4月1日現在、博士課程2年次以上の年次相当に在学する者が対象)といった区分がある。
※2 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラム(2021年度~)。優秀な博士後期課程相当の学生に、生活費相当額および研究費を支給する。
 

番外編――チャットのQ&Aより

 登壇者の方々には、イベント中にチャットで寄せられた質問にもリアルタイムで答えていただきました。一部をかいつまんでご紹介します。(質問・回答とも、主旨をそこねない程度に編集を加えている場合があります。)
 
Q.研究のキャリアにおいて、若手として扱われるだいたいの年齢は何歳くらいまででしょうか。就職するか、修士・博士に進むかを決める期限を明確化したいので。
 
高山:多くの場合、アカデミアの業界だと40歳ぐらいまでの人は「若いねえ」と言われているイメージです。
 
原田:残念なことですが多くの企業では、現時点では24とか25が若いと思われる年齢かなと思います。学部卒で採用されたとして、26~27歳くらいになると同じ仕事をして4~5年。もう一人前以上に仕事ができる歳なので。
 
Q.アメリカの企業で働くことはとても魅力的だと感じる一方、日本で博士号を取り、アメリカの企業に就職するというのは、ビザの関係などで難しいのではと考えています。実際はどうですか。また、今からできることは何ですか。
 
今出:Lam(アメリカ本社)の人事とも話しましたが、日本の新卒を採用することはほぼありません。新卒でアメリカ企業で働きたいのであれば、アメリカの大学に留学して、そこで学位をとれば良いとのことです。
 もしくは私のパターンですと、日本の子会社(外資系)にいったん入社して、そこで頑張って本社に異動、ですね。それなりの大きな企業であれば、ビザのサポートあります。その場合は、博士学位は大きな武器になります(ビザの審査基準において)。
 
坪子:アメリカで1、2年ポスドクのポジションをとって、その間に現地で就活するというのもありかと思います。関心のある分野の企業が集まっているエリアでポスドクができたらより良いかもしれませんね。
 
Q.岸さんへの質問です。広告代理店に勤めていたときに論文をたくさん書かれていたとのことですが、研究環境はどのように用意されていましたか。生物の研究だと、特殊な装置などは必要なかったのでしょうか。
 
:ほとんどは博士課程、ポスドクの期間中に取ったデータを論文としてまとめていました。でもそうでないものもあります。たとえばゴールデンウィークに名古屋城のお堀のわきのフジ棚でフジの花を観察して、花にくる昆虫を観察して書いた論文もあります。やり方次第ではないでしょうか。
 
坪子:横から補足でお邪魔します。設備や装置が必要な研究であれば、
・必要な設備をお持ちのラボに問い合わせて共同研究をお願いする
・学生時代のラボと関係性が良ければ、時々お邪魔して実験させてもらう
といった方法もとれると思います。設備を借りる必要性をきちんと説明する、論文のオーサーシップを明確にする、などの点を押さえて交渉するのが大事かと思います。
 
Q.社会科学系専攻です。特に森本さんにお聞きしたいです。URAとして就職された後しばらくはご自身のご研究もされていたということですが、平日や休日はそれぞれどのようなスケジュールで過ごされていましたか。私は4月からURAに似た仕事にフルタイムで就くことになりましたが、同時にまだ完成していない博士論文の執筆にも取り組む予定です。仕事との両立に若干の不安があるため、参考にさせていただきたいです。
 
森本:研究のデータの取り扱いの問題もあると思いますが、私の場合は全て自宅で作業できたので、休日を利用して書いていました。仕事をしながらやっていたのは分担執筆の依頼だったので、締切があり、結構大変でした。限られた時間の中で博士論文をまとめられることになるようですので、休憩時間に何をやるか(おいしい飲み物を準備するとか)も決めるとか、気分転換も大切にして完成まで頑張ってください。

 

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