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『科学』2022年4月 【特集】原発事故と小児甲状腺がん

◇目次◇
 
福島原発事故と小児甲状腺がんとの因果関係について……津田敏秀
福島県における甲状腺検査の諸問題III……濱岡 豊
3.11以後の科学リテラシー112……牧野淳一郎
症例把握なき過剰診断論――現実から乖離した甲状腺検査の評価……白石 草
安定ヨウ素剤投与指標策定の欺瞞……井戸謙一
これは「復興」ですか?61 小児甲状腺がん多発の責任……豊田直巳
福島県における甲状腺がん多発に関するいくつかの指摘――「三県調査」は福島県の甲状腺がんについていかなる主張もできない……黒川眞一
 
[巻頭エッセイ]患者の発生こそ社会が向き合うべき現実である……津田敏秀
 
[命をめぐる倫理]
命の選別ビジネスと繰り返される国家の罪――NIPT・PGT-A急拡大の真相……千葉紀和
ヒトの治療へのゲノム編集適用の限界をどう定めるのか?……島薗 進           
マングローブの起源を求めて……向後元彦
 
[連載]
海底火山と大地誕生の豆知識2 海で生まれる大陸……巽 好幸
[科学通信]
新型コロナ治療での中医学の役割――感染者が亡くならない中国の新型コロナ対策の要……藤田康介
空気感染/エアロゾル感染をめぐる国立感染症研究所の考え方と応答――いつまでも修正されない基本的感染対策は検証されなければならない……本堂 毅
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる
韓国の干拓問題から,日本の海辺の未来を見つめる……佐藤慎一
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
「燃料デブリ取り出し」?:実態との乖離のゆくえ……木野龍逸
 
◇巻頭エッセイ◇
 
患者の発生こそ社会が向き合うべき現実である
津田敏秀 (つだ としひで 岡山大学大学院環境生命科学研究科)

 福島第⼀原⼦⼒発電所事故後に始まった当時18歳以下の福島県民の甲状腺検診で,予想を数⼗倍上回る甲状腺がんが検出された。そして今年,事故を起こした東京電力を相手に東京地裁に訴訟が提起された。原告は事故当時6 歳から16 歳の甲状腺がん患者である。
 この訴訟について因果関係⽴証の困難さを指摘する声もあるが,環境保健で因果関係を専⾨とする者にとっては,科学的因果関係の⽴証がこれほどシンプルな事例は珍しい。過去の医学研究の知見,発がん物質の知識,エビデンスなどが揃っている。通常の数⼗倍という多発は福島県の県民健康調査検討委員会(検討委員会)も認めており誰も疑っていない。チェルノブイリ原発事故後も著しく多発した⼩児甲状腺がんは,放射性ヨウ素への被ばくが唯一の原因として知られ,放射性ヨウ素への被ばくで小児甲状腺がんは多発する。今回の過酷事故では広範囲に放射性物質が拡散し,自然に存在しない核種が⾸都圏から西日本でも検出された。そして原発事故に特徴的な甲状腺がんの著しい多発であり他の臓器のがんではない。すでに福島県発表のデータから因果関係の根拠となる多発は示されており医学雑誌に掲載されている。初期の被ばく量を低いと断言できる材料はない(測定せずに隠したと言われても仕方がない)。したがって否定する人たちは因果関係がないとは言い切れずに「放射線の影響とは考えにくい・結論できない」と口ごもり,証拠もなく言い方だけで因果関係否定の雰囲気を匂わせる。因果関係を扱う専門知識をもたない人の特徴だ。文献検索をせず,知識も経験もない「専門家」たちである。
 忘れてはならないのは,環境省と福島県は因果関係を否定する根拠をUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)報告と福島県の検討委員会に求めるが,UNSCEARも検討委員会も因果関係がないという根拠は示していない点だ。UNSCEARや検討委員会を根拠とするのは,単なるすり替えで,安易で無意味だ。
 今回は裁判での提起なので,科学・医学としての判断と法曹の判断とは異なるという意見もある。しかし因果関係が認められた過去の判例の中でも,今回の事例は極めて明瞭であり,もし認められないなら,過去の判例はほとんど成り立たないことになる。
 甲状腺がんの多発は事故2 年後の2013年にはすでに明瞭となっていた。当事者・代理⼈や⾏政に加え,専⾨家も集めてエビデンスを検討し対策に関する議論が必要だったが一度も実現せぬまま,裁判に至った。日本で現代にふさわしい専⾨知識が医学問題に反映されない現実が続いている。
 医学における因果関係の証明は,19世紀以降議論されてきた(『医学的根拠とは何か』岩波新書)。1828年,パリの内科医ピエール=シャルル・ルイは患者数を系統的に数え上げて根拠とし,2500年の伝統をもつ瀉血療法をやめさせ,議論の口火を切った。この議論は200年前に開始され今から80年前にほぼ終焉していた。発がん原因に関しては約50年前にはヨーロッパで分類作業が始まっていた。しかし日本では,これらの議論が21世紀になっても時々勃発し,混乱を招いている。「無知の知」以前の「知らないことを知らない」状態が続く日本では,「知らないこと」も自覚できない「専門家」により判断が先延ばしされる状態が続いている。
 公衆衛生政策は人権をもつ住民のために行われる。患者の発生こそ,私たちが共に生きる社会における現実の問題なのである。
(原発事故と小児甲状腺がんの因果関係についての詳しい解説は,今号掲載論考を参照。)
 

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