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飯村周平 HSPブームとその功罪[『図書』2023年3月号より]

HSPブームとその功罪

HSPブームの功罪を問う

 近年、HSP(エイチ・エス・ピー)という言葉が日本で社会的現象(ブーム)となっています。ここで初めて、この言葉を目にした読者の方もいるかもしれません。HSPとはHighly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)の略語で、文字通り「とても感受性が高い人」を表す言葉です。現在、自分の性格やそれに伴う「生きづらさ」を説明するために、多くの人々がHSPというラベルを自身に当てはめる様子がうかがえます。出版部数六〇万部を超えるHSP本をはじめ、多数の関連書籍が出版されたり、テレビやラジオでもHSPが取り上げられたりしています。SNSに目を向けると、「HSPの考え方を知り、これまでの生きづらさの理由が腑に落ちた」というHSP自認者の声がよく聞かれます。また、HSPを自認する人々が日々の「生きづらさ」エピソード(いわゆる、HSPあるある)を共有したり、HSP自認者同士で積極的に交流したりする様子がSNSでも観察できます。HSPという言葉は人々の「生きづらさ」をうまく言い表し、一部の人々の自己理解に役立っている側面があります。一見、HSPブームは歓迎すべきもののように見えるかもしれません。

 しかし、HSPが社会的に広く認知されるようになったことに伴って「怪しい」動向も目立つようになりました。HSPブームには、良い側面(功)だけでなく、決して無視できない悪い側面(罪)もあるのです。残念ながら、この罪の側面は、ブームが起きたのが比較的最近という背景などから、いまだ広く社会に知られていません。HSPブーム下では、ブームを「消費」する人々、そして「搾取」される人々がいます。

 二〇二三年一月に出版された拙著『HSPブームの功罪を問う(岩波ブックレット)では、こうしたHSPブームの罪の側面にメスを入れ、読者ひいては社会にこの問題を投げかけています。本稿ではその一端をご紹介したいと思います。

そもそもHSPとは何か?

 HSPは、一九九六年にアメリカの臨床心理学者エレイン・アーロンが提唱した心理学の用語です。日本のHSPブームでこの言葉を適切に理解するためには、注意すべき点が多々あります。

 それは、社会で広まったHSPの考え方が、学術的に扱われるHSPの考え方とはズレている点です。言ってしまえば、社会で広く知られるHSPの考え方は、学術的な正確さが損なわれた形で「ポップ化」されています。

 そもそも学術的には、HSPとはどのような言葉なのでしょうか? 心理学の研究では、「感覚処理感受性」という心理的特性が相対的に高い人にHSPというラベルを貼ることがあります。感覚処理感受性は、良い環境と悪い環境の両方からの影響の受けやすさを表す、気質的な特性です。そのため、この特性が高い人であるHSPは、良い環境からより良い影響を、悪い環境からより悪い影響を受けやすい人、つまり「良くも悪くも」影響を受けやすい人だと言えます。身長や体重のように程度の差はあれど、この特性は低い人から高い人まで、誰もがもちます。HSPを適切に理解したり説明したりするには、この感覚処理感受性というキーワードは避けて通れません。

 しかし、社会で広く知られるHSPは「繊細さん」「生まれつき敏感な気質をもった人」等と表現され、感覚処理感受性という心理学用語をもとに説明されることがほとんどありません。また、人々を「HSP」か「非HSP」のどちらかに分類する、つまり感受性を「ある」「なし」の二分法的に考えるのも特徴的です。さらに、学術的には感受性はフラットな特性ですが、HSPブーム下では感受性が「生きづらさ」とセットにされて、ネガティブに解釈されがちです。

 その一方で、HSPブーム下では、繊細さを過度にポジティブに、直截的に言えばHSPが「特別な才能をもった人」であるかのように「価値」を強調する説明も見受けられます。繰り返しますが、学術的には感受性はフラットな特性なので、その高い低いに「望ましさ」や「優劣」などの「価値」は伴いません。

 社会で広まったHSPの考え方としてもう一つ特徴的なのは、HSPをサブタイプ化する点です。例えば、刺激を希求する特性が高いHSPを表す「HSS型HSP」や外向性が高いHSPを表す「外向型HSP」などのタイプがあります。直感的に分かりやすく、HSPブーム下では人気なのですが、学術的にはこうしたタイプ分けの妥当性を支持する科学的根拠はありません。

いつ、HSPはブームになったのか?

 「ポップ化」されて社会に広まったHSPですが、いつからブームと言えるほど、人々に知られるようになったのでしょうか? 「GoogleでHSPが検索された数に人々の関心が表れている」と考えてみることにしましょう。これをGoogleトレンドというデータベースをもとに調べてみると、それまで低調だった検索数が、二〇二〇年四月に大きく上昇していることが分かります。さらに二〇二〇年九月に検索数がピークになって以降、二〇二三年現在まで比較的高い水準で推移しています。こうした間接的なデータをもとに見ると、HSPは二〇二〇年からブームになったと言えそうです。詳細は拙著に譲りますが、この時期にHSPを積極的に特集したマスメディアや芸能人のHSP公表などが、ブームの形成に一役買ったと思われます。

なぜ、HSPは人々を魅了したのか?

 HSPを自認する方々のツイッタープロフィールを分析したところ、「生きづらい」「障害」などといった言葉がよく記述されていました。「生きづらさ」を抱えている人々が、HSPというラベルを自己理解に使用していることが垣間見えます。なぜ、世の中で広まったHSPの考え方は「生きづらさ」を抱える人々を魅了したのでしょうか?

 第一に、HSPの考え方がもつ「物語性」が背景に挙げられます。HSPは、単に「生きづらさ」や「弱さ」を表すラベルではなく、繊細さゆえに、他の人よりも物事の良い側面に気づいたり、共感あるいは感動したりすることができるラベルとして説明されます。こうした「物語性」が人々を魅了したのかもしれません。HSPが単に「弱さ」だけを表すラベルであったら、ここまでブームにならなかったように思われます。

 第二に、HSPの割合です。世の中で発信される情報では「HSPは五人に一人いる」と説明されます。本当にそうであれば、左利きよりも身近にHSPがいることになります。この絶妙な割合が「HSPは私だけではないのだ」と安心感を与えてくれるのかもしれません。SNSでHSPと検索すれば、HSPを自認する人を簡単に見つけることができます。SNSでは「#HSPさんと繋がりたい」といったタグで、HSP自認者が交流を求める様子が観察できます。HSPが「一万人に一人」といった稀な割合だったとしたら、HSPはブームになりにくかったでしょう。

 第三に、HSPは「障害」ではなく、気質や性格を表すラベルであるという点です。精神的な障害は非常に身近なものであるにもかかわらず、いまだ社会にはネガティブなイメージが根強くあるようです。そうした背景を踏まえると、HSPが「障害」ではなく、繊細さのポジティブな側面にも着目した「気質」として広まったことで、人々がHSPをアイデンティティとし、それを第三者に公表しやすくさせたのかもしれません。

 第四に、分かりやすいタイプ分けが挙げられます。前述のように、HSPブーム下では、HSPのタイプ分け診断テストが人気です。科学的な妥当性はありませんが、いずれのタイプも直感的に分かりやすく、どのタイプを選んでも自分に少なからず当てはまるような解説が用意されています。このような背景も、HSPが人々を魅了する背景の一つになったのかもしれません。

 第五に、名状しがたい「生きづらさ」に「名前」がつくという点です。インフルエンザなどの感染症であれば、原因はある程度はっきりします。しかし、精神的な不調の場合には、発熱などと違って数値として客観的に見えにくく、それでいて原因が複雑です。そのため、「生きづらさ」は自分にとっても他人に対しても説明しにくいものです。そうした背景から、「生きづらさ」の原因にポジティブな物語性を含む「名前」が与えられることで、HSP自認者は「腑に落ちた」「救われた」と恩恵を感じるようです。

HSPブームの「罪」にメスを入れる

 HSPブームに伴って、HSP自認者が「搾取」される問題も目立つようになりました。代表的な事例は、HSPの検査や診断、治療を謳う医療ビジネスです。HSPは医学的な疾患名ではないため、医師が正式な診断を下す対象にはなりません。それにもかかわらず、一部の精神科クリニックは、高額な自費診療のもと、科学的な根拠がないHSP脳波診断を行ったり、脳に磁気刺激を与えるTMS治療に誘導したりする行為を行っています。一部のHSP自認者の中にある「HSPであると医師に診断されたい」という潜在的ニーズを逆手にとった「生きづらさ搾取ビジネス」だと言えます。

 その他にも、詳細は拙著に譲りますが、専門性が疑わしい「HSP専門カウンセラー資格講座ビジネス」や、巧妙にカモフラージュされた形でHSP界隈に参入する「新興宗教団体」や「マルチ商法勧誘」、定義不明瞭なまま教育現場に取り入れられるHSC(Highly Sensitive Child)ラベルの問題もあります。

 ここまでご紹介した背景から、HSPブームの功罪を科学的な根拠に基づく視点から論じ、社会全体でも改めて捉えなおす必要が高まっているのです。

(いいむら しゅうへい・発達心理学)


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