web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

『科学』2023年4月号 特集「植物にときめく!」|巻頭エッセイ「牧野富太郎と植物」長谷部光泰

◇目次◇ 
【特集】植物にときめく!
[体のしくみを緻密にさぐる]
オジギソウのすばやい運動の謎……真野弘明
寄生して生きる術──寄生植物の寄生メカニズム……吉田聡子
虫こぶ形成メカニズムの謎は解かれつつある……平野朋子
果樹からひもとく「植物の性」……赤木剛士
どうやって「塩」を克服した?──海辺に生えるアズキの仲間たち……内藤 健
食虫植物フクロユキノシタの「不良品」は何を語るか……福島健児

[生きかたの妙にせまる]
朽ち木を食べる植物「腐生植物」の進化の道のり……末次健司
チャルメルソウ・カンアオイ・マムシグサ──「ハエ」を操り繁栄した日本の固有植物たち……奥山雄大
受精を遅らせる植物──2年成どんぐりの謎に迫る……社川武徳・佐竹暁子
田んぼのイネの気持ちを知りたい──野外環境応答を遺伝子発現から網羅的にとらえる……永野 惇
足元で起きる進化──都市と農地の雑草を比較する……深野祐也

[巻頭エッセイ]
牧野富太郎と植物……長谷部光泰

両手運動における非利き手に隠された能力……野崎大地
嗅覚研究から見える脳のしくみ──個の命と種の命……森 憲作・坂野 仁

[連載]
数学者の思案11 飛び級……河東泰之
「アリス」から,さらに先へ1 ロボットに意識は宿るのか?……土谷尚嗣・谷口忠大
3.11以後の科学リテラシー123……牧野淳一郎
リュウグウのささやきを聴く8 生命の材料はどこから……橘 省吾
これは「復興」ですか?73 「汚染水を海に流すな」・声をあげる漁師……豊田直巳
オープンサイエンス事始め──科学データは誰のものか5 個人ゲノム解析がもたらすオープンサイエンス……有田正規

[科学通信]
〈本の虫だより〉ハーマン・ポンツァー『運動しても痩せないのはなぜか』……白石直人

次号予告
 

◇巻頭エッセイ◇
牧野富太郎と植物
長谷部光泰(はせべ みつやす 基礎生物学研究所) 
 

 巻頭執筆にあたり,本号が植物に関連する内容なのと,4月スタートのNHKの連続テレビ小説が牧野富太郎の話なので,牧野にからめて執筆してくださいと頼まれた。

 牧野先生は研究者によくある性癖をお持ちで,その程度がかなり極端なので,周りの方々のご苦労を含めて,テレビドラマとしてはよい題材なのかもしれない。どんな内容なのかわからないけれど,このドラマを通して,研究者に対する理解と寛容が広がるとよいなと思っている。

 一方,ドラマではあまり扱われないかもしれないけれど,牧野先生が研究材料とした「植物」もかなり変わっている。植物は,いつも我々の視界のどこかにいるくらい身近だが,かなり異端の生物である。もう20年ほど前になるが,動物発生学を研究されていた岡田節人先生が「長谷部さん,あーた,植物ってのは,よっぽど変わっとりますなあ」とにこにこしておっしゃっていたのを思い出す。私はずっと植物を研究しているので,動物の方がよっぽど変わっていると思うのだけれども,たしかに,タコの形をした火星人よりも,植物の方がヒトとは異なっている。

 多くの植物は,癌にならないし,ウイルスや菌類などによる感染症にかからなければ,永遠に生きている。1年草でも,無菌培養でぬくぬくと育てれば,いつまでも生きている。この理由の一つは,植物がいつも新しい体を作り続けていることにある。多くの動物では,発生が終了すると,全体的に大きくなることはあっても,新しい器官ができることはない。赤ん坊の手足の数は,大きくなっても変わらない。一方,植物は,茎の先端に成長点があって,生きている限り,新しい葉や茎を作り続ける。古い葉は落ち葉として惜しみなく捨て,新しい葉を作って光合成によってエネルギーを得る。しかも,茎の途中に新しい成長点ができて,枝分かれする。その結果,街路樹が四方八方へ伸び,剪定費用に苦渋する。1個体が数m以上に広がることもある。北海道などで見かけるスズランは,地下に茎を伸ばし,あちこちに新しい茎葉を出すので,1個体が10 m以上に広がるものも見かける。もっと極端な例は,オーストラリア西部のシャーク湾で,ストロマトライトよりも深いところに生えているポシドニアという単子葉植物である。スズランのように地下茎を伸ばして広がるが,180 kmほどにわたって同じ遺伝子型だということがわかり,どうも1個体らしい。また,多くの植物は,枝を切って挿しておけば,新しい根や芽が出てくるので,簡単にクローンができる。木を切り倒しても,ひこばえが生えてくる。いくらでもクローンができるからか,千切りにしてもあまり罪悪感はない。

 寿命や再生能力以外にも,真夏の炎天下のアスファルトの隙間や寒風吹きすさぶ道端で,平気で生きていたりするし,そもそも,光合成で太陽光を化学エネルギーに変換してしまう。通勤途中に必ず見かける植物,牧野先生以上に,我々の常識が通じない。

タグ

関連書籍

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる