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『科学』2023年9月号 特集「首都直下地震に備える──関東大震災100年」|巻頭エッセイ「女性科学者のジレンマと脳の話」森 郁恵

◇目次◇ 
【特集】首都直下地震に備える──関東大震災100年
首都圏の地震活動……酒井慎一
地震防災と建築……川口健一
首都直下地震に備える……平田 直
強震動の観測と予測──関東大震災級の揺れに備える……三宅弘恵・室谷智子
帰宅困難者問題の本質と対策……廣井 悠

【特集2】冬眠に惹きつけられる科学者たち
なぜ冬眠するのか? 古くて新しい冬眠研究──脂肪組織の役割を中心に……岡松優子
冬眠が明らかにする記憶のメカニズム……田中和正
冬眠と時計──眠りと目覚めの時を決める機構……平野有沙
データ駆動進化医学で解く季節性うつと冬眠の代謝基盤……柚木克之・加藤隆弘
冬眠と疾患──人工冬眠がもたらす次世代の医療……砂川玄志郎

[巻頭エッセイ]
女性科学者のジレンマと脳の話……森 郁恵

魚類オキシトシンは「愛情ホルモン」として働くのか?……横井佐織・大門将寛・竹内秀明
ポスト・ムーア時代のスパコン3 効率的なアーキテクチャ(1)……牧野淳一郎

[連載]
これは「復興」ですか?78(最終回)「おれたちの伝承館」……豊田直巳
研究者,生活を語る8 50代半ばの大学教授の平凡な1日……白木賢太郎
数学者の思案16 数学と物理学……河東泰之
リュウグウのささやきを聴く13 先輩は方解石……橘 省吾
3.11以後の科学リテラシー128……牧野淳一郎

[科学通信]
放流すれば魚は増えるのか?……照井 慧動物の社会的情動……菊水健史

次号予告
 

◇巻頭エッセイ◇
女性科学者のジレンマと脳の話
森 郁恵(もり いくえ 名古屋大学大学院理学研究科) 
 

 科学者なら,研究だけに没頭したいのは,やまやまだ。だが,言うまでもなく,科学の道を極めるには,時間がかかる。数えきれないほど存在する自然の理の中から,自分が情熱を注げる科学的課題を見つけて問いを立て,その問いを解読するために,粘り強く,丁寧に考え抜いて,一歩一歩,答えに近づいていく。この過程は,長い年月と膨大な労力を要することも多い。

 いっぽうで,女性研究者が活躍できるように,できる限りの力を尽くしたいのも,私の本心だ。私は,社会学者でもなければ,ジェンダー論の専門家でもない。また,大学の男女共同参画や,DEI(ダイバーシティ,エクイティ&インクルージョン)を推進する部署に籍を置いたことも,一度もない。でも,せっかく,女性として研究室を主宰できているのだから,自分の経験を活かしたやり方で,当事者としての貢献をしたいと切に願ってきた。名古屋大学が,他大学にさきがけて推進してきた理系分野の女性限定教授公募や,若手女性研究者育成事業には,それこそ,命がけで奔走した。

 研究も女性研究者問題への取り組みも,時間も手間もかかるとなれば,両方を実践したい私は,ジレンマを抱えていることになる。ならば,研究だけに集中すればいいじゃないかと思われるかもしれない。だが,私はそうは思わない。なぜなら,理不尽なことに対する正義感が人一倍強いという私の性格は別にしても,日本の女性研究者全体の地位が向上しなければ,日本に私の居場所はなく,研究に没頭できないと痛感したからだ。アメリカの大学院で博士号を取得した直後に帰国して,日本のアカデミアにおける男性優位の状況におののいた。以来,私は科学者であると同時に,女性であることをいやが上にも認識させられた。そして,女性研究者にまつわる問題を克服する努力をしなければならなかった。たとえ,それが不本意であったとしても。

 人間とは,とかく,社会や組織の規範を無意識に受け入れている。その規範は,人間の脳が必然的に構築してしまう基準であり,生きていくために必要だ。女性研究者の割合が低迷し続けている問題は,この基準を変えていくことでしか,解決しない。たとえば,理系学部の女性教授の割合が5割になり,男女の区別なく,教授たちが,活発に議論している光景をイメージできるだろうか?「女性教授の割合が少なくとも5割」であることが,大学組織の人々の規範になれば,女性研究者問題は,いっきに解消するはずだ。規範を変えるには,脳が新しい基準を獲得しなければならないが,これは決して難しいことではない。脳は極めて可塑性に富み,未だ解き明かされていない不可思議な原理の宝庫でもある。脳の可能性を信じて,規範を変えるきっかけを社会に仕掛けることで,女性研究者の活躍促進に限らず,多様性あふれる社会を実現させていってはどうだろうか。

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