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読書猿 現代の情報環境を泳ぎ切る方法[『図書』2025年6月号より]

現代の情報環境を泳ぎ切る方法

梅澤貴典『ネット情報におぼれない学び方』

 

 蛇口をひねればすぐに水が出るように、スマートフォンやタブレットに触れれば瞬時に情報が表示される。しかし、その「質」は水道水のように管理されているわけでも保証がされているわけでもない。なるほど「水質」は命に直結するだろう。でもそれを言うなら「情報」の質だって、時として致命的なはずだ。

 動画やSNSでは、扇情的な言葉や表現で不満やヘイトを煽る発信者が跋扈する。意図的に流されるフェイクニュースや誤った情報も、インターネット上に氾濫している。そのような誤情報やデマを拡散する行為が、「手軽な仕事」として募集されていることさえある。

 せっせと流布されるこれらデマや誤情報は、タップ一つで私たちの意識や知識に入り込む。繰り返し触れるうちに無批判に受け入れ、誤った情報を真実と思い込み、陰謀論に共感し、最悪、奴隷のような境遇に追いやる支配者を自ら選んでしまうことだってあり得る。

 では、こうした危険を避ける方法はあるのだろうか? もちろん対策は存在する。ただ、それは少し面倒な作業を伴う。

 学ぶこと。調べること。複数の資料を比較検討すること。そして「これはおかしいのではないか」と疑い、考えること。

 内容が未検証で保証のないものは、ネットに流れる情報だけではない。噂話や口コミもそうだし、本当をいえば自分自身の考えだってそうだ。思考には見落としもあれば偏りもある。

 人は間違える。だからこそ、人はできる限り確かなものを求めて、情報の信頼度を確かめる方法や情報を精査する仕組みを作り上げてきた。そして少しずつその方法を改良し続けてきた。

 たとえば歴史家が手にする史料は、信頼できるものばかりとは限らない。当の事件や出来事から何年も経ってから書かれたものだったり、伝聞を重ねたせいで肝心な情報が抜け落ちたり余計なものが加わることがある。その記録を残した者にも立場や利害があり、そのせいで記録を意図的に、あるいは無自覚に捻じ曲げたりすることは珍しくない。

 だが、信頼できないからといってすべてを放棄すれば、歴史家も我々も歴史を理解するための材料の多くを失ってしまう。

 だから歴史家は、代々、フェイク情報を扱ってきた専門家でもある。彼らは、不確かな情報同士を比較し、個別に評価し、既知の事実と繰り返し照合して矛盾の少ない結論を導き出す。さらに歴史研究に打ち込む専門家同士が、研究の発表前も発表後も厳しい相互評価を行う。信頼性の高い知識とは、こうした相互吟味と検証の繰り返しという、面倒な過程を経て作り上げられる。

 そして分野は違っても、研究者たち、知の専門家たちはみな相互吟味と検証を繰り返す。

 『ネット情報におぼれない学び方』は、「ネットは危険だから注意せよ」と警告する本ではない。その核心はタイトルにもあるように「学び方」である。

 著者が考える学びは次のようなものだ。単なる情報の吸収に留まらず、幅広く情報を収集し、知識を蓄積して整理し、テーマに基づいて批判的に検証し、妥当な結論を導き出して発信する。重要なのは、この学びが一度限りではないということだ。

 私たちは間違え、勘違いをし、誤った情報を信じ込む。どんなに賢く慎重な人であっても、完全に誤りを避けることは不可能だ。絶対に間違えない万能の方法は存在しない。

 だからこそ何度も繰り返して検証し、同じ誤りを繰り返さないよう注意する。自分の考えや感覚だけに頼らず、目の前の情報だけを鵜呑みにせず、異なる視点や知識を取り入れて何度も確認する。

 知の専門家たちも共有する、この学習プロセスは、確かに少々面倒くさい。

 しかし、私たちにはそれを支援するものを持っている。その一つが図書館だ。

 図書館を活用するスキルは辞書を引く能力と同様に、現代ではリテラシーの一部だ。図書館は単なる無料貸本屋ではなく、調べ、知り、考えるための知的な工房であり、問題解決のプラットフォームである。

 現在の図書館には紙の本だけでなく、新聞や雑誌、学術誌などの定期刊行物、各種データベース、さらにはインターネットへのアクセス環境も整っている。

 そして、図書館を整備し維持する司書は(残念ながらあまり知られていないが)、昔から情報のプロである。なぜなら、図書館は利用者を選べない。どんなニーズを持つ誰が訪れるか分からない。司書はあらゆる資料を全て備えることは不可能でも、可能な限り広範な分野の資料を揃え、あらゆるニーズに対応できる図書館を育てている。

 『ネット情報におぼれない学び方』の著者は、こうした現場司書としての長年の実践経験と教育学研究の専門性を兼ね備えた、図書館と学びのプロだ。そして、学校教育にとどまらず、生涯にわたり自ら学び続ける独学者を育成したいという願いを込め、この本を書いた。

 『ネット情報におぼれない学び方』は、ネットを含む多様な情報源を活用し、現代の情報環境を泳ぎ切る方法を教えてくれる。それは情報環境を育て、更新していく「well-informed citizen(見識ある市民)」を育てることでもある。

(どくしょざる・独学者)


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