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『科学』2023年12月号 特集「人新世:科学の挑戦と社会の変革」|巻頭エッセイ「人新世を平和で持続可能な時代にするために」春日文子

◇目次◇ 
【特集】人新世:科学の挑戦と社会の変革
人新世の地質学……平朝彦
地質時代としての人新世の定義……加 三千宣・齋藤文紀
人工地層──人新世のフットプリント……平朝彦・横山由香・坂本 泉
地球デジタルツイン……河宮未知生
気候-生態系の構造転換:レジームシフト……安中さやか
人新世の開港と太陽系大航海時代……高野淑識
人新世の中での経済活動……亀山康子
コミュニアンか絶滅か……斎藤幸平
アプリを用いた市民参加型生物モニタリングの意義と可能性……藤木庄五郎

[座談会]
人新世を切り拓く新たな人間-地球システム観に向けて……春日文子・篠田謙一・平朝彦・高村ゆかり ファシリテーター:稲垣史生
地球システム変動に対応する総合知の重要性……稲垣史生

[巻頭エッセイ]
人新世を平和で持続可能な時代にするために……春日文子

[ノーベル生理学・医学賞2023]
RNA修飾による炎症回避が,効果的なmRNAワクチンの開発を可能にした……中西秀之・位髙啓史
[ノーベル物理学賞2023]
高次高調波の発見とアト秒科学への展開……鍋川康夫・緑川克美
[ノーベル化学賞2023]
量子ドットの発展──半導体物理学との共創……荒川泰彦

[連載]
数学者の思案19 日本の大学の国際化……河東泰之
人間の言語能力とは何か──生成文法からの問い2 人工知能という分野が謙虚であったことなど一度もない……ノバート・ホーンスティン/折田奈甫,藤井友比呂,小野創〈編訳〉
 〈指定討論1〉言語モデルは単純な学習則で複雑な推論を実現する……岡野原大輔
 〈指定討論2〉なぜ経験則は説明の論理として受け入れがたいか……瀧川一学
3.11以後の科学リテラシー131……牧野淳一郎

[科学通信]
弥生文化におけるニワトリ利用に迫る……江田真毅
総目次
次号予告/お知らせ

 

◇巻頭エッセイ◇
人新世を平和で持続可能な時代にするために
春日文子(かすが ふみこ Future Earth/長崎大学) 
 

 プラネタリーバウンダリーズは,人類が持続的に発展し世代を重ねることのできる地球環境指標の限界値と現状を示している。15年の間に,9つの指標のうち限界値を超えたものが3つから6つに増えた。今や「小さな地球の大きな世界」に我々は暮らしている。かつて人類が見ていたのは,海や大気,そして広大な森が無限に近く広がっている「大きな地球」だった。しかし今,人間の社会経済活動の「大きな世界」が地球環境に甚大な影響を及ぼし,相対的に地球を人類にとって小さなものにしている。

 地質学的にも新しい特徴をもつ「人新世」。第二次世界大戦後,産業や科学技術が急速に発展し,世界の人口は3倍以上,GDPは10倍以上に増え,乳幼児死亡率は約5分の1に減った。しかし科学技術の恩恵の裏側で,環境には多大な負荷がかかり,気候危機は既に多くの気象災害を顕在化させながら進行し,生物多様性の損失も著しい。わずか80年,地球の歴史から見ればほんの一瞬に過ぎないこの時代に,そして現世代の目の前で,「グレートアクセラレーション(大加速)」が起こっている。地球環境変化と社会の格差拡大と衝突が複雑に相互連関し,世界の人々の生活と健康を脅かしている。

 人間の健康と社会の健全性,そして地球環境の健康を包括的に扱う考え方がプラネタリーヘルスである。8年ほど前から世界でも意識されるようになり,長崎大学をはじめ日本のいくつかの大学でも教育や研究に生かされている。また,研究課題の特定,計画の段階から社会のステークホルダーと共に超学際研究を進める国際ネットワーク,Future Earthには,日本でもアカデミア内外に参加機関が広がっている。これらは,持続可能な地球環境と社会の実現のために社会の変革を促す科学の取り組みである。

 科学と社会との協働が真に社会を動かし,地球環境と人間社会の危機を回避するには,地球や社会のシステムについての知見が人々の間で共有されることが第一歩である。そのために,研究者は,従来の科学的観測手法に加え,現代の社会に満ち溢れるデジタル情報を十分に活用する方法を開拓することも必要であろう。集まったデータを公平に,安全に,容易に,共有・活用するための仕組み作りも重要である。一方,知見やデータの受け取り手には,データを読み解く力に加え,データの先にある現実に想いを馳せる想像力ももってほしい。

 多忙な現代において,人々は,これまで育んできた自然観や文化観の中にあったはずの,人類は地球上の生物の1つであるという謙虚さを見失っているのではないか。この謙虚さと共に,世界中の人々は人類として同一の種であるというシンプルな事実を改めて意識することが,これからの人新世を平和で持続可能な時代にしていくために肝要ではないだろうか。遥か先の未来から(誰によってかはわからないが)振り返った時に,現代がそのような地質時代だったと認識されるためにも。

*―J. Rockstrom & M. Klum:?Big World, Small Planet: Abundance within Planetary Boundaries. Yale University Press(2015); 日本語訳『小さな地球の大きな世界──プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発』(丸善出版)の題名にもとづく。

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