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『科学』2024年3月号 特集「現代暗号のキーワード」|巻頭エッセイ「博物館の役割と経営難」篠田謙一

◇目次◇ 
【特集】現代暗号のキーワード
現代暗号の展開と応用……高木 剛
RSAと素因数分解……青木和麻呂
耐量子計算機暗号──標準化動向とアイデア……國廣 昇
楕円曲線暗号と格子暗号の仕組み……安田雅哉
乱数と暗号技術の安全性……縫田光司
ブロックチェーン──暗号技術がもたらす信頼ある社会……松尾真一郎

[巻頭エッセイ]
博物館の役割と経営難……篠田謙一

がんとは何か──分子からのアプローチ1……野田 亮
寄生虫ハリガネムシは宿主カマキリをどのようにして操るのか──宿主からの遺伝子水平伝播の可能性……三品達平・佐藤拓哉
時差ぼけがストレス神経系を動かすとき……岡村 均・山口賀章・冨永恵子
透視の科学──逆問題の解析解が電池を透視,寿命を予言……木村建次郎・松田聖樹・鈴木章吾・木村憲明
ウナギの不思議──楽に海水に適応できる超能力……竹井祥郎
力学のレンズから見えた「草」と「木」の境目……佐藤太裕

[新連載]
日常身辺の確率的諸問題1 私が結婚できる確率はいくらか?……原 啓介

[連載]
数学者の思案22 数学と入学試験……河東泰之
3.11以後の科学リテラシー134……牧野淳一郎
研究者,生活を語る11【番外編インタビュー第2回】
「仕事より家族が大事」であっていい──田島節子さんに聞く……田島節子

[科学通信]
黄砂が海に与えるプラスの影響──陸と大気と海の科学,時々古気候……長島佳菜
亜種どうしで異なる尿臭──イリオモテヤマネコとツシマヤマネコ……市沢翔太・上野山怜子・宮崎雅雄

次号予告

表紙デザイン=佐藤篤司
 

◇巻頭エッセイ◇
博物館の役割と経営難
篠田謙一(しのだ けんいち 国立科学博物館館長) 
 

 昨年の夏から秋にかけて当館が行なったクラウドファンディング(通称クラファン)は,社会現象とも言うべき反響を呼んだ。予想以上の資金が集まったことで,当座の資金運用のめどが立ち,さらに他の博物館との協働にも道を開くことができた。なにより広く国立科学博物館(科博)の現状と活動内容を広報できたことは予想以上の成果だった。

 一方で,国立という名前でありながら独立行政法人(独法)であることや,他国と比べて極端に少ない日本の文化予算など,博物館に関して知られていなかったさまざまな事柄が可視化されることになり,ネット上も含めて多くの議論が巻き起こった。今回の試みについての議論はほぼ出尽くしていると思うが,しかしひとつだけ論点になっていないことがあるので,ここではそのことを指摘したい。それはクラファンを決断したタイミングの問題である。

 今回のクラファンは,コロナ禍における入館料収入の激減,ウクライナ問題に端を発するエネルギー価格の高騰,加えて物価の上昇が重なったうえに,独法では資金の内部留保が難しいことなどが原因となって,当館が運営に行き詰まったことがきっかけとなっている。2022年はエネルギー価格高騰の影響もあり,12月の段階で運営資金が不足することが明らかとなった。そのため当初から減額していた研究費,事業費について,さらに未執行分の予算の返納を求めた。それでなんとか乗り切ったのだが,翌年度の概算がほぼ前年並みになることがわかった年明けの時点で,クラファンによる資金調達を決断した。これ以上,事業や研究のレベルを落とすことはできないと考えたからだ。私自身研究者の出身で,自分の研究費を途中で取り上げられるなどという状態は許容できるものではないと感じたということもある。

 このように資金難に陥った際に,通常行なわれるのが経常経費の削減だろう。人員を減らし,経費を切り詰め,事業を縮小する。いわゆるコストカットである。実際,科博の場合も研究費や事業費を前年以上に大幅にカットすれば,運営は可能だったと思う。しかし博物館の活動は,標本を収集・保管し,それを研究することで得られた成果を展示することにある。したがって,このサイクルを資金難を理由にストップさせることは,博物館自体の機能不全につながってしまう。

 やっかいなのは,博物館の活動が実質的にストップしている状態でも,外目には運営ができているように見えることだ。開館さえしていれば,来館者は正常な運営ができていると思うだろうし,財務諸表を見ても,赤字さえ出ていなければ問題があるとは気がつかない。博物館本来の機能を犠牲にすれば,最低限の人件費と運営費があれば経営は可能なのだ。どの時点を博物館の危機と認識するのか,それは博物館を知るものにしかわからない。外部の経営者が,博物館のトップに立つことの危険性はここにある。またそれは博物館に限らず,大学などさまざまな組織でも同じで,危機が顕在化したときには既に手遅れになっている場合があることを認識しておくべきだろう。

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