『科学』2024年9月号 特集「絶滅危惧種の再導入をめぐる動向と課題」|巻頭エッセイ「プラネタリウム誕生100周年」木村かおる
◇目次◇
【特集】絶滅危惧種の再導入をめぐる動向と課題
絶滅危惧種の“導入”──危機対応としての取り組みと課題……宮下直
絶滅危惧種の保全における遺伝情報の役割──基礎から先端研究まで……中濱直之
ワンプランアプローチによる絶滅危惧種保全活動──遺伝資源保存の役割……大沼学
腸内細菌移植によるライチョウの野生復帰の試み……土田さやか・牛田一成
タナゴ類における再導入の現状と課題──ミヤコタナゴ,ゼニタナゴにおける取り組み……諸澤崇裕
保全の主流でない,“陸産貝類”の野生復帰への道のり……森英章
地域社会におけるコウノトリの野生復帰──住民の受け入れとその将来像……本田裕子
再導入を超えて──移住支援,遺伝的支援,脱絶滅……宮下直
[巻頭エッセイ]
プラネタリウム誕生100周年──機械仕掛けの宇宙から無限の宇宙へ……木村かおる
テングザルから紐解く人類社会の進化……松田一希
がんとは何か──分子からのアプローチ6……野田亮
[連載]
人間の言語能力とは何か──生成文法からの問い【番外編3】
〈鼎談〉言語学と機械学習の「共闘」は可能か?(前編)……折田奈甫・窪田悠介・次田瞬
ナナメから見る物理学6 世界は3次元か?……村田次郎
言語研究者,ユーラシアを彷徨う3 アムール河中流の漁撈民──ナーナイ語の現地調査へ……風間伸次郎
日常身辺の確率的諸問題7 どうすればお金持ちになれるのか?……原啓介
3.11以後の科学リテラシー140……牧野淳一郎
[科学通信]
生物多様性の保全と外来種問題──外来オオサンショウウオ問題を例として……西川完途
ショクダイオオコンニャクのいのちをつなぐ──世界最大級の「花」をつける絶滅危惧種の結実……堤千絵
海底を覆う鬼界カルデラ巨大噴火の噴出物……清水賢・島伸和
次号予告
表紙デザイン=佐藤篤司
近代プラネタリウムがドイツで誕生して100年が経った。光学式プラネタリウムの誕生である。プラネタリウムの原型は,古代ギリシャの沈没船から発見されたアンティキテラ島の機械といわれており,すでに2000年前には太陽・月・惑星の動きを再現することができた。17世紀には,コペルニクスの地動説を取り入れた,太陽中心の機械仕掛けの惑星運行儀が開発されオーラリーと呼ばれている。また現存する最も古いプラネタリウムは,オランダのアイジンガーが自宅に製作した太陽系模型で,プラネタリウムと名づけて公開したといわれている。シカゴのアドラープラネタリウムやアイジンガープラネタリウムでは,大変美しい機械仕掛けの惑星運行儀を見ることができるので,ぜひ訪れてみてほしい。とくにアイジンガープラネタリウムの屋根裏で大量の歯車が動いている様子は,天体が休みなく動いていることがわかって何時間見ていても飽きないのである。
20世紀になって,半球ドームに星空を投影し,その中を惑星が動く様子を忠実に再現できるようにしたのが,私たちがよく知っているプラネタリウムである。そのためには星を映す機能と太陽・月・惑星を動かす仕組みを一体化させた投影機を部屋の中心に置くという,全く新しい発想が必要だった。1903年に始まったドイツ博物館の建設計画にあわせ,ミラーとバウエスフェルト,カール・ツァイス社が完成させたのが,この光学式プラネタリウムである。ツァイスI型は1923年10月にドイツ博物館関係者にお披露目され,1925年5月に正式に一般公開された。現在そのプラネタリウムは,ドイツ博物館に静態展示されている。このツァイスI型は当時2台製作され,もう1台はしばらくその存在が忘れられていた。2024年7月にドイツのベルリンで行われた国際プラネタリウム協会の会議では,プラネタリウム誕生100周年のシークレットイベントとして,このI型が会場に持ち込まれその星空がドームに映しだされた。ツァイスI型は固定された緯度しか映せなかったが,このあとすぐに地球上のどの緯度の星空も再現できる万能型のプラネタリウムが開発された。星空の中を動く太陽系の天体たち。機械仕掛けの宇宙がつまったプラネタリウム,私はその小さな世界が規則正しく動く様子を見るのが大好きだ。
プラネタリウムは,この100年の間に急激な進化を遂げ,コンピューター制御による自動投影もできるようになった。さらに最新のデジタル・プラネタリウムは,研究で得られたデータベースに直接リンクが可能で,地球に固定された星空のみならず,他の惑星から星空をながめることも,太陽系や天の川銀河を飛び出して宇宙の果てまでシームレスに移動することも可能だ。インターネットに繋げばリアルタイムで映像を表示したり,シミュレーションや可視化技術をあわせて,迫力あるダイナミックな宇宙を紹介したりすることができる。パソコン1台とプロジェクターがあれば,宇宙旅行が楽しめる! これが科学とArtを融合させた最新のプラネタリウムだ。今やプラネタリウムは,星空の解説に使われるだけでなく,ドーム映像という新しい分野の表現方法としても活用されている。プラネタリウムの新しい可能性が拓かれ始めている。
プラネタリウムの技術がどんなに発達しても,宇宙の神秘や美しさを語るのは私たちプラネタリアンの仕事だ。新世代のプラネタリウムでは,どんな宇宙の不思議が語られるのか期待してほしい。