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【文庫解説】デリダ『アデュー』

ジャック・デリダ(1930-2004)が亡くなってから、ちょうど20年。デリダがレヴィナスに捧げた弔辞と講演を収録した『アデュー エマニュエル・レヴィナスへ』をお届けします。文庫化にあたり訳文を全面的に見なおし本文に大幅に加筆・修正をほどこした事実上の「新訳」です。以下は、訳者・藤本一勇先生の解説の抜粋です。


 私がフランスのデリダのもとに留学したのは、まさにレヴィナスが亡くなった一九九五年だった。その年、意気揚々とフランスに留学した私を待っていたのは、欧米先進国で初めて大規模で起こったと言われる反ネオリベ改革運動の大ストライキだった。一カ月以上、地下鉄やバスがすべて止まり、一〇月から早くも雪が降りしきるなか、朝早く薄暗いパリの右も左もわからないストリートを徒歩で彷徨さまよいながら、パリ高等師範学校とパリ社会科学高等研究院の授業へ向かったときの、あの心細さ。そして、そんな暗闇のなかでパリの労働者たちが見せてくれたラディカルな抵抗・反抗の炎と闘争心。それはいまでも私の心に刻まれている。
 デリダに面談して、彼の講義(『歓待について』のセミネール)を聴き始めた直後、ドゥルーズがパリのアパルトマンから投身自殺した。そしてクリスマスの日、レヴィナスが亡くなった。生とは何か、死とは何か、そして思想家の死とは何かを考えさせられた。そして身の回りで生じている、移民たちの生の排除(国の境界線の外への追放、強制収容・強制退去、エクソダス)と難民たちの制限・排斥という政治・社会的環境のなかで、デリダが訴える「歓待」「迎え入れ」の意義を考えさせられた。
 『アデュー』は、私にとって、こうした多種多様な政治的・社会的・文化的なコンテクストから織り上げられ、多数の声が交差するマルチチュードのテクスト(「織物」というテクストの語源的な意味で)である。それはレヴィナスという「先輩」に向けて投じられた、レヴィナスからの遺言にデリダが応答した言葉であり、私にとっては、遺言の遺言・・・・・──遺言の連鎖──である。
 彼らの遺言を私は「翻訳」というかたちでうまく伝言できているだろうか。しっかりとバトンリレーできているだろうか。哲学の駅伝ランナーとして、襷をつないでいるだろうか。
 この翻訳(translation)が個体や世代を超えた(trans)置き換え・手渡しパス(lation)として作用し、また読者がそれぞれの仕方で、遺言(レヴィナス)の遺言(デリダ)の遺言(この翻訳=藤本)を受け取って受け継ぎ、さらに読者自身の放つ遺言パスとして、後世に受け継いでいってもらえれば幸いである。お互い死すべき渡世パサージュの存在として、いわば遺言の共同体を脱構築的に構築する共同作業コミュニズムに参加してほしい。これが私の散種の願いである。

(全文は、本書『アデュー』をお読みください)

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