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『科学』2024年11月号 特集「かたちの数理生物学」|巻頭エッセイ「マンデルブロは好々爺,それとも偏屈爺?」服部久美子

◇目次◇ 
【特集】かたちの数理生物学
体の多様な対称性はどのように生まれるのか?──動物と植物に共通する理解を求めて……サフィエ エスラ サルペル コウソカベ・北沢美帆・藤本仰一
葉の配列様式の数理生物学──非標準パターンから抑制場モデルを再検討する……杉山宗隆・米倉崇晃
昆虫の飛翔メカニズムと流れの遷移……飯間信

[巻頭エッセイ]
マンデルブロは好々爺,それとも偏屈爺?──フラクタルの創始者生誕100年に想う……服部久美子

脳がこわれるとどうなるか……七田崇
寄生蜂ニホンアソバラコマユバチの宿主飼い殺し戦略の極意……島田裕子・丹羽隆介

[チューリング賞2023]
アヴィ・ヴィグダーソン氏インタビュー……聞き手=渡辺治
ランダム性とは何か?……渡辺治

[連載]
日常身辺の確率的諸問題9 シャーロック・ホームズは論理的か?……原 啓介
ナナメから見る物理学7 時間は流れているのだろうか?……村田次郎
言語研究者,ユーラシアを彷徨う風に吹かれ波に揺られて──ネギダール語……風間伸次郎
3.11以後の科学リテラシー142……牧野淳一郎
人間の言語能力とは何か──生成文法からの問い7(最終回)
 興味深い「刺激の貧困」論が大舞台で成功を収める……ノバート・ホーンスティン/折田奈甫,藤井友比呂,小野創〈編訳〉
〈指定討論1〉「刺激の貧困」議論の新たな可能性……郷路拓也
〈指定討論2〉説明できない,を楽しむ……巽智子

[科学通信]
流行する性格検査MBTI……小塩真司
原発立地自治体を狙ったスウェーデンの最終処分場選定……尾松亮
地震後に書き加えられた能登半島北岸沖の海底活断層──反射断面による活断層認定の問題……後藤秀昭・鈴木康弘

次号予告
表紙デザイン=佐藤篤司

◇巻頭エッセイ◇
マンデルブロは好々爺、それとも偏屈爺?──フラクタルの創始者生誕100年に想う
服部久美子(はっとり くみこ 東京都立大学名誉教授) 
 

 自然界には,海岸線,樹木,シダの葉,雲の輪郭などのさまざまな形がありますが,これらは中学・高校で習う幾何学には出てきません。ブノワ・マンデルブロ(1924〜2010)はこれだけ多岐にわたる形が自然界にあるのだから,自然を扱える幾何学が構築できるはずだと考えました。彼はこうした多種多様な形の中で,共通する性質をもつグループを見つけました。木の枝は木全体とよく似た形をしています。海岸線は,その一部を拡大しても元の海岸線と同じようにギザギザして見えます。マンデルブロはこのような図形を「フラクタル」と名付けました。フラクタル幾何学はこの50年弱の間に大きな発展を見せました。

 フラクタルとは自分の縮小コピーがいくつか集まってできている図形です。そう聞いて多くの方はロマネスコを思い浮かべるのではないでしょうか。ロマネスコはカリフラワーのような味がする野菜で,表面にはぼこぼこと突起があり,一つ一つの突起がロマネスコ全体のきれいな縮小コピーになっています。そして,その縮小コピーを形づくる小さい突起もまた小さいロマネスコで……。なぜ自然はわざわざこのような複雑な図形を作ったのでしょうか。フラクタル幾何学によれば,いくつかの単純な関数を見つければ,「突起を形成する小さい突起が全体の縮小コピーで……」というように無限に続く理想化されたロマネスコが作れます。「有限個」の「単純な関数」というところがミソで,このような複雑な形を作り出すのは実は簡単なルールです。

 さまざまなフラクタルの幾何学的性質を調べるだけでなく,フラクタルの上での熱伝導,波動の伝搬,ランダムウォークなどさまざまな現象のモデルが考案され研究されています。私もフラクタル上を動く,軌跡が交わらないような(自己回避的な)確率過程の研究をしています。フラクタル研究者が集まる大きい国際研究集会Fractal Geometry and Stochasticsが4〜5年おきにドイツで開かれていて,私もほとんど毎回参加しています。1994年6月に開催された第1回の集会の際に,昼食のテーブルでたまたまフラクタルの創始者と隣り合わせになりました。私はもちろんガチガチに緊張しました。固まっているうちに,彼の方から「私はマンデルブロと言います」と自己紹介してくれました。彼は,日本に10回も行ったことがあること,ポーランド生まれで11歳のときにフランスに移ったこと,などいろいろな話をしてくれました。いいおじいちゃんという感じでした。

 この研究集会で,私も講演をしたのですが,その質問時間に,「それはMy Book(著書The Fractal Geometry of Nature(1982)*1のこと)に書いてあることの「双対」にあたる。あとでディスカッションしよう」と言われました。恐る恐る彼のところに行くと,「誰もMy Bookを読んでいないようだが,その中のsquigにあたるのではないか」とのこと。調べてみると,私と協同研究者が構成した確率過程は,パラメータに関して相転移を起こすことが面白かったのですが,臨界点における軌跡がマンデルブロがsquigと名付けた図形とよく似ていました。(あとで聞いたところによると,若手の多くはマンデルブロの「My Bookを読んでいるか。そこにすでに書いてある」という洗礼をうけたそうです。) そのときは「書いてあるって言ってもねぇ,軌跡の「形」だけじゃないの,新しいことの創始者って変わり者だな」と思ったのですが,マンデルブロが「フラクタル」の概念を考案しなかったら私の研究は存在しなかったわけですから,今では,創始者に敬意を払うことは大切だと思っています。

*1―邦訳(広中平祐監訳):『フラクタル幾何学(上・下)』ちくま学芸文庫(2011)

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