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【文庫解説】スーザン・ソンタグ 著/富山太佳夫 訳『隠喩としての病い・エイズとその隠喩』

 「隠喩と神話は人を殺す」──『隠喩としての病い』は、自らの癌体験を契機に書き下ろされた、アメリカの作家・批評家スーザン・ソンタグ(1933-2004)の代表作の一つです。COVID-19の世界的流行を経験した私たちにとって改めて鮮烈な『エイズとその隠喩』とともに、今回初めての文庫化が実現しました。以下、本文庫のために都甲幸治先生に書き下ろしていただいた解説の冒頭部分を抜粋いたします。

 


 

 病気には意味などない。たとえばあなたが癌になったとする。ならば、とにかく腕のいい医者を探し、現時点で最も効果的な治療法を試して、ベストを尽くせばいい。そのことについて悩む必要など全くない。これが『隠喩としての病い』でソンタグが言いたいことの全てで、これ以上でも以下でもない。だが物事はそうすんなりとはいかない。なぜか。
 癌のように、時に人の命を奪うとされる病いには、歴史的にびっしりと意味の束が付着しているからだ。これをソンタグは神話と呼ぶ。そしてそうした神話が、きちんと病気と向かい合うことから我々を遠ざける。たとえば、自分の感情を抑圧し、表現することを押さえつけすぎると、やがて生命エネルギーが枯渇して癌になる、という、心理学者ヴィルヘルム・ライヒが唱えて広まった考え方がある。
 それに従えば、実は癌は体の病気ではなく、心の病気だということになる。さらに、癌になったのは、きちんと自己表現をしてこなかった患者自身のせいだとされてしまう。これでは患者はたまったものではない。ただ癌になっただけでも辛いのに、こうなったのはおまえ自身の生き方のせいだ、と周囲から責め立てられる。こんな状態では、全力で病気に立ち向かうことはできない。それだけではない。もし、癌は実は心の病気である、と患者が信じ込んでしまえば、実際には効果がない治療法に、限られた時間とエネルギーを費やすことにもなりかねない。
 「訳者あとがき」で詳しく整理されているように、自身も乳癌を患ったソンタグが目の当たりにしたのは、こうした誤った神話が人々を殺す、という光景だった。なぜこうしたことが起こるのか。そして、彼女はあることに気づく。こうした神話は、かつてロマン主義者たちが結核について抱いた妄想のなれの果てなのではないか。そこでソンタグは決意する。今も患者たちを殺しつつあるロマンチックな神話をこそ殺さねばならない。だから彼女は本作『隠喩としての病い』を書いた

(全文は、本書『隠喩としての病い・エイズとその隠喩』をお読みください)

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