『科学』2026年1月号 特集「AIは科学をどう変えるのか」|巻頭エッセイ『生成科学──AIと科学の融合形態へ』橋本幸士
◇目次◇
【特集】AIは科学をどう変えるのか
言葉に囚われた私たちの科学と人工無能について……瀧川一学
〈異質な科学〉と〈科学の疎外〉──AIが科学にもたらす変化の哲学的含意……呉羽 真
共同最終決定者としてのAI……出口康夫
「生成科学」時代のシステム論──科学のモデルとしての集合的予測符号化……谷口忠大
数学的超知能の実現,あるいは人類の知的活動について……三内顕義三内顕義
[巻頭言]
生成科学──AIと科学の融合形態へ……橋本幸士
[解説]
〈対談〉直感・共創・余白──2つのノーベル賞生んだ3つの条件……梶田隆章・村山 斉(聞き手=古川雅子)
新規人工タンパク質の合理設計に向けた大規模測定技術……聖川 航・坪山幸太郎
古代エジプト語を理解し,話す人工知能──古代言語と現代技術の協奏……宮川 創
カンアオイの遺伝子に刻まれた「虫を騙す香り」……奥山雄大
塩と共に生きる──過酷な環境に適応するキヌアの生存戦略……藤田泰成・小林安文
[新連載]
因果をめぐる7の視点1 連載開始にあたって……水藤 寛
[連載]
ウイルス学130年の歩み7 がんウイルスの発見:ラウス肉腫ウイルス,エプスタイン・バーウイルス,ヒトパピローマウイルス,ヒトT細胞白血病ウイルス……山内一也
野球の認知脳科学8 山本由伸投手は何がすごいのか?……柏野牧夫
カミオカンデはいかに生まれたのか──基礎科学の曲がり角に立って4 カミオカンデ夜明け前の暗中模索……古川雅子
17~18世紀英国の数学愛好家たち8 『レイディーズ・ダイアリー』の成立……三浦伸夫
[フォーラム]
科学を支援するAI:現状と課題……相澤彰子
生成AI時代における論文の意義……有田正規
2025年総索引
次号予告/お知らせ
表紙デザイン=佐藤篤司
2025年2月のある日,僕はChatGPTと2時間ほど向き合って,物理学研究の「指導」をした。2時間で,研究論文が出来上がった。ChatGPTが研究の手作業全てを遂行したこの論文原稿は,8ページでタイトルから概要と導入と結論,数式の計算や数値実験コードの生成と結果の可視化,そして研究結果の意義についての議論まで,すべてAIが書いたものだ。そのまま国際学術誌に投稿できる形のPDFで生成されている。
これはChatGPTのo3-miniというモデルで,「高度の推論モード」を用いて生成した論文だった。僕がChatGPTに対して行ったのは,大学院修士課程の1年生に対して行うのとほとんど同じ指導だった。まず,過去の自分の論文をよく読ませる。そして最近の関係する研究データを探させ,それに過去の論文と同じ手法が適用可能かどうかを判断させる。可能であれば,実際に同様の戦略で研究をさせ,結果を過去の論文と比較させる。そしてその現代的な意義を,多様な他の論文と比較検討させる。この指導方法は,おそらく世界中の大学院で行っているものとそう変わらないだろう。そして,特にAI向けに変更したものでもない。
生成された論文原稿は,研究レベルとしては,そう高くない。これでは,研究のオリジナリティや深さの観点からは,国際学術誌の査読に堪えないだろう。しかし,こういった「生成科学」の芽が示唆する可能性は,とてつもなく大きい。僕はこの経験で,期待していた新しい世界が思ったよりも早く到来した,と悟った。
まず重要な進化は,AIと人間との共同研究である。AIは人間の研究者を代替するのではなく,人間の研究者を加速させる,ということがこの経験で明らかになった。科学研究のボトルネックはいくつも存在する。明らかなところでは,英語が母国語でない場合の翻訳作業,これはAIで容易に加速される。具体的な数値計算や公式の探索,概念に関わる議論の相手,完成した研究を論文に落とし込む際のまとめや文献チェック,……。こういった,研究を完遂させるための数々の関門に対応できるまでにAIは進化した。もちろん,現時点での推論レベル・独自性は,まだ大学院修士1年生程度でしかない。しかし,どの研究者も同意すると思われることは,大学院修士1年生とも一緒にしっかりと研究をやっていけるということだ。AIのハルシネーションを問題視する人も多いが,そもそも学生も自分も間違いつつ研究は進む。それが前提でのお付き合いである。
また,別の側面として重要なのは,「銅鉄主義」の研究の大幅な加速だ。銅で行われた他人の手法を,単に鉄に置き換えて行うようなオリジナリティの乏しい研究は,銅鉄主義と呼ばれ否定的に評価されてきた。しかし,同じような研究も,1000倍こなせばそこからユニバーサリティが見えてくる。そういったAI活用研究が,今後増えていくだろう。人間の研究者の創造性が,より問われる時代となる。
生成科学は,AIを使った研究のことだけを指すのではない。AIが加速する科学研究は,「そもそも研究とは何か」「人間が理解する科学とは何か」,そして「科学の価値とは何か」といった問いを先鋭化する。真に学際的な学問が生まれ,そして科学が万人のものとなるだろう。量子力学誕生から1世紀,2026年は生成科学元年となる。




