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金原瑞人 翻訳はつねに現代語訳[『図書』2026年4月号より]

翻訳はつねに現代語訳

 

 翻訳というのは勝負が早い。たとえば、おもしろい作品をみつけて要約をまとめて、知り合いの編集者に持っていって、2、3か月後に出版が決まって、まあ、長さにもよるのだが、せいぜい1年以内には出版の運びになる。出版社から、版権を取ったので訳してほしいという話がくるときはもっと早い。いままでにかなりの数の本を訳してきたのだが、どの作品も出会ってから(あるいは紹介されてから)出版までの時間はそれほどかかっていない。

 唯一の例外が、この『奇妙でフシギな話ばかり(Oddly Enough)』だ。

奇妙でフシギな話ばかり ブルース・コウヴィル 作  金原 瑞人 訳  橋 賢亀 絵

 訳者あとがきにも書いたのだが、この短編集がアメリカで出版されたのが1994年。次の年には読んでいる。岩波書店から出版されたのがそれから31年後。さらに、この作品の最初に収録されている「天使の箱」に出会ったのは1986年だ。

 いったい、その間、おまえは何をしていたんだといわれると返す言葉がない。自分でも不思議でしょうがないのだが、まあ、そういうこともあるのだ。

 じつはこの短編集、絶対に訳したいと思って、某社に持ちこんだのだが、担当の編集者が気に入ってくれて編集会議に出したところ、社長に「どこがおもしろいのかわからない」といわれて没になった。

 なぜその出版社に持ちこんだのかというと、以前、ジェラルディン・マコックランの『不思議を売る男』という連作短編集を持ちこんで出版の運びになり、コンスタントに売れていたからだ。そこで断られてしまい、さて、次はどこに持ちこもうと考えて、途方に暮れてしまった。

 そもそも、一般書でも同様なのだが、短編集は長編小説ほど売れない。そのうえ、『不思議を売る男』のほうは短編集とはいえ、主人公の青年がアンティークショップで客に、店にある骨董にまつわる話をするという連作短編集だし、カーネギー賞を受賞している。一方、『奇妙でフシギな話ばかり』のほうは受賞歴はないし、連作にもなっていない。ユニコーンの話もあれば、SFもあり、狼男の話もあれば、散らかし屋の女の子と掃除好きのブラウニーの話もあって、全体のまとまりなど、まったくない。

 しかし、おもしろい!

 だけど、出版しづらい。

 というわけで、宙に浮いたまま30年以上が過ぎてしまった。

 

 とはいえ、手をこまねいていたわけではない……こともないのだが、その間、とても親しく付き合っていた。

 たとえば、毎年、大学のリーディングの授業でいろんな作品を使っていた。大学の英語の教材は難しい。というのも、もちろん大学にもよるが、学生の英語力は、(英文科もふくめ)総じてあまり高くない。絵本1冊、ろくに読めない。絵本には過去形も過去完了形も仮定法も普通に出てくるし、かなり口語的な表現も文学的な表現も遠慮なく出てくる。かといって、大学生の英語力に合わせて教材を選ぶと、内容的に幼稚なものになってしまう。大学の英語の教員はいつもそのジレンマに悩まされる。

 『奇妙でフシギな話ばかり』の作者、ブルース・コウヴィルの文章は中学生くらいなら楽に読める程度なのに、どの話もじつに読みごたえがある。そのうえ、あちこちにユーモラスでウィットに富んだところがある。というわけで、この短編集に収録されている作品を使って楽しく授業をしていた。

 2011年、青灯社から、英語の注釈本を作ってほしいという依頼がきた。左のページに英語の原文、右のページに注という体裁で、大学の教科書などによく使われるスタイルなのだが、それを一般書として出したいということ。こうして「金原瑞人 My Favorites」というシリーズが立ち上がり、モームやヘミングウェイやダールの短編や、カミュの『異邦人』、カフカの『変身』、トゥルゲーネフの『はつ恋』といったフランス語、ドイツ語、ロシア語の作品の英訳の注釈本を作ったのだが、その1冊目が『The Box』。現在『奇妙でフシギな話ばかり』に入っているコウヴィルの短編を3つ収録している。

 そして2021年、研究社から出版された翻訳の入門書『翻訳エクササイズ』のなかで「ダフィーのジャケット」と「首を脇に抱えて」の一部を使い、その続編『翻訳ワークショップ』でも「美しい最期」の抜粋を使った。「首を脇にかかえて」は、岩波少年文庫『小さな手 ホラー短編集4』(2022)にも入っている。

 こんなふうにして『奇妙でフシギな話ばかり』に収録されている短編とはほぼ毎年、様々な形で触れることになり、気がつくと全9編すべてを訳していた……というのに、まるで自分の一部のような気がしていたせいか、奇妙なことに、出版という発想がいつの間にか頭から消えていた。

 ところが一昨年、岩波書店の編集さんと雑談をしていたとき、この短編集の話がふと口をついて出た。そしてうちに帰って、訳してあったものを送ったところ、すぐに、「出しましょう!」という返事がきた。

 というわけで、帯には「翻訳の名手がずっと訳したかった偏愛短編集」とあるが、これは嘘で、じつは「とっくの昔に訳し終えていた偏愛短編集」が正しい。出版の目処もついていないのに、最後まで訳してしまうなどという奇妙な経験は今回が最初で最後だと思う。

 

 しかし30年以上、大学で学生といっしょに読んだり、対訳本にしたり、翻訳の入門書に使ったりと、いろんな形で同じ作品に触れていると、訳文が次第に変わってくるのがよくわかる。

 たとえば、最もわかりやすいのは、おじいちゃん言葉だ。ぼくが30代のときの訳文で使っていたおじいちゃん言葉はもう使わない。というか、使えない。そんな話し方をする老人が(ぼくをふくめ)いなくなったからだ。だから、「星条旗──かつての栄光」という未来のアメリカを舞台にした短編のひいおじいちゃんも、いまのぼくと同じ言葉をしゃべっている。このひいおじいちゃんは徹底的な管理社会に反抗して星条旗に火をつけようとする。

 ひいおじいちゃんの言葉を「わたしが子どもだったとき、この布きれには意味があった。そうだ、実際、多くのことを意味していた。自由の象徴だったんだ。」と訳してあるが、昔だったら、「わしが子どもの頃には、この布きれには意味があったんじゃ。そうとも……」と訳していたと思う。

 いってみれば、かつて不自然な東北弁で訳されていた黒人英語も同じような歴史をたどって現在に至るわけで、いまの翻訳家は黒人英語をどう訳すかでいつも頭を悩ませている。

 ただ、老人言葉に関していえば、今でも使えるジャンルが残っている。ファンタジーだ。なぜなら、ファンタジーだからだ。

 それはさておき、時代とともに言葉は変わるし、それに合わせて訳語や訳文も変わる。その時代を生きているその人が、その時代を生きている人々に向かって訳す以上、そうならざるを得ない。翻訳というのは「ある言語で表現された文章の内容を他の言語になおすこと」(広辞苑)なのだが、常に「現代語訳」なのだ。

 そのうえ、自分自身も変わっていく。たとえば、『奇妙でフシギな話ばかり』のなかの「美しい最期」で、主人公は最初「僕」だったのが、そのうち「ぼく」になり、最終的には「おれ」に落ち着いた。

 もうひとつ、似た例をあげると、少し前から日本では、女の子が自分のことを「うち」というようになってきたが、そんなものはぼくは一生訳語として使うことはないと信じていたのに、あるとき共訳でゲーム「マインクラフト」の小説を訳したのがきっかけで、最近ではもう普通に使うようになってしまった。それどころか、どこかでうまく使えないかと、虎視眈々とそのチャンスをねらっているくらいだ。

 

 それはともかく、30年以上、この短編集と付き合いながら、その時々に訳したり、訳し直したりするたびに痛感したのが、日本語の変化と自分の変化だった。原文は原文のままちっとも変わらないのに、訳文は腹立たしいほど、たまに愉快なほど変わっていく。

 その「自分の変化」について、もうひとつ例をあげておこう。この短編集の最初の短編「天使の箱」の最初の一文はじつにシンプルで誤訳などしようと思ってもできないような一文なのだが、いざ訳すとなるとあれこれ考えてしまった。

 

 Once there was a boy who had a box.

 

 初級クラスなら、「あるとき、箱を持っている少年がいました。」

 中級クラスなら、「あるとき、男の子がいて、その子は箱を持っていました(持っていたのです)。」

 上級クラスの訳がどうなるのかは、正直いって、ぼくもよくわからない。ただ、『奇妙でフシギな話ばかり』ではこうなっている。

 「その男の子は箱を持っていた。」

 

 どうしてこう訳したのか。現代という時代のせいかもしれないし、訳したときの気分のせいかもしれないし、その両方なのかもしれない。だから、明日、この原稿を読み直している最中に、またほかの訳が頭に浮かぶのかもしれない。

 原文があくまでも solid で permanent(不変的)なのに対して、訳文はあくまでも flimsy で temporary (一時的)なのはどうしようもない。それを身にしみて感じさせてくれたのが、30年以上にわたるこの作品とのつきあいだった。

 10年後、この短編集を訳し直したら、いったい、どんなものができあがるのだろう。

(かねはら みずひと・翻訳家)


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