樹村みのり ベアテさんの思い出 〈岩波現代文庫〉
ベアテ・シロタ・ゴードンさんには、彼女に関するマンガ(『冬の蕾』)を描いた後、一度だけ、お会いしたことがあります。来日したベアテさんの都内での講演会に、友人と出かけたのです。
講演終了後、ベアテさんの著作にサインしていただいた時、マンガで描いたことを伝えて、持参したゲラ刷りを見せました(まだまとまった本にはなってなかった頃です)。
白髪の美しいベアテさんは「(マンガを)アメリカに送って下さい。わたしは日本語が読めませんが、お手紙はローマ字で書いていただけると読めます」とおっしゃいました。その時はただ、日本語のローマ字表記までご存知なのだ、と驚きました。「読めない」といっても、判別しにくい手描きの文面がニガ手という意味だったのでは。
ベアテさんは5歳から10年間、日本に滞在してドイツ系の学校やアメリカン・スクールに通い、家ではロシア語を話し、家庭教師に英語やフランス語を習っていたといいます。もしかすると彼女の日本語は、直接耳から学んだものが多かったのかもしれません。
多言語を容易に使いこなせたのは、世界的に知られた音楽家のご両親の、鋭敏な耳の影響もあったのでは、と今では思います。
(きむらみのり/漫画家)