web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

アルベール・カミュ「ペストの医師たちへの勧告」

カミュ「ペストの医師たちへの勧告」(渡辺惟央訳)

 
 
*訳者解題はこちら
 
 
 

——ドーリス人との戦がくるとき、疫病も一緒についてくる。

                 デルポイの神託(トゥーキュディデース[1]より引用)

 

 すぐれた医学書の著者たちにも、ペストが感染性かどうかはわかっていません。ただ、そうではないかと推測しています。患者の家を訪れる際には部屋の窓を開けるようにと彼らが勧めているのはそのためです。ただし、ペストは屋外にも蔓延している可能性がありますし、窓を開けようが開けまいが、どちらにしてもみなさんに感染する恐れがあることを忘れてはいけません。

 彼らはまた次のように忠告しています。眼鏡付きのマスクを着用し、酢に浸した布を鼻の下にあてがうこと。医学書で推奨されている精油——メリッサ、マジョラム、ミント、セージ、ローズマリー、オレンジの葉、バジリコ、タイム、ジャコウソウ、ラヴェンダー、ローリエの葉、レモンの皮、マルメロの皮―—を配合した匂い袋を携帯すること。全身を油布で覆うのが望ましいのですが、この点は妥協することができるでしょう。ただし、どんな著者でも認めるいくつかの条件があり、それについてはいかなる妥協もありえません。1つ目は、指を酢に浸してからでなければ病人の脈を取ってはならない、というもの。理由はご推察の通りです。しかし最良なのは患者に触れるのを差し控えることでしょう。もし病人がペストを患っているなら、脈を取ったところで病人からペストが消えることは決してありませんし、またもし病人がペストを患っていないなら、そもそもみなさんを診察に呼ぶこともなかったはずです。疫病が流行っているとき、人は肝臓をいたわる程度のことなら自分一人で行い、一切の疑いの目から身を守ろうとするものですから。

 2つ目の条件は、患者を決して正面から見ないようにし、吐息のかかる方向にいないようにすることです。同様に、そのやり方が有効なのか確信を持てないものの、いざ窓を開けたなら、ペスト患者の吐息がみなさんのほうに運ばれてくる恐れがあるので、風下に身を置かないようにするのが賢明でしょう。

 また、空腹のまま診察に行ってはなりません。抵抗力をなくしてしまいます。ただし食べ過ぎもいけません。気が緩んでしまいますから。そしてもし、これらの予防措置にもかかわらず、有毒なものが口のなかに入ってきた場合は、いかなる解毒剤も存在しませんから、診察中は決して唾を飲み込んではなりません。これはもっとも厳格に遵守されねばなりません。

 これらすべての条件がなんとか遵守できたとしても、万事解決と思ってはいけません。他にも様々な条件があり、それはむしろ心構えに関わるのですが、とはいえみなさんの身体を守るためにぜひとも必要なのです。ある古い医学書の著者はこう言います。「何人たりとも、ペストが支配する場所においては、汚染されたいかなるものに触れることも控えなければならない」。実にうまく言ったものです。私たちに残されたわずかな好機を手にするためには、自分の内面の、秘められた心情のうちにも、浄化せずにすむ場所など存在しないのです。これは医師であるみなさんにはいっそうあてはまるでしょう。みなさんはこの病により近いところにいて(より近いということがありえるとして、ですが)、それゆえ感染の容疑がいっそう強くかけられてしまうのですから。したがってみなさんは模範的でなければならないのです。

 まず、みなさんは決して恐れてはなりません。〔戦場では〕砲弾を恐れながらも兵士としての職務を見事にこなす人びとがいました。しかしそれは、弾丸が勇者も臆病者も平等に殺すからであって、戦争には偶然があるということです。一方で、ペストには偶然がほとんどありません。恐怖が血を濁らせ、体液を過熱させることは、万巻の書が記すとおりです。恐怖によって病の影響を受けやすくなるので、体が感染に打ち克つためには心を厳格に保つ必要があります。ところで、苦痛などは時が過ぎれば消えるのですから、真の恐怖とは最後に訪れる終焉〔死〕への恐怖以外にはありえません。そのためペストの医師であるみなさんは、死の観念に抗して自分を鍛え、死の観念と折り合いをつけたあとで、ペストが用意した死の王国へと入っていかねばなりません。もしこの点で勝利したなら、どんな場所でもそれに勝つことができるでしょうし、恐怖のさなかでもみなさんが微笑みをもらすのを人びとは目にするでしょう。まとめるなら、みなさんに必要なのは哲学なのです。

 また、万事につけて節制を保つことも必要です。潔癖であれという意味ではありません、純潔もまた過剰さのひとつですから。悲しみが血液を変質させたり腐敗を促したりすることのないよう、ほどよい朗らかさを養ってください。そのために何よりよいのは、適量のワインをたしなんで、ペストに冒された街がもたらす悲痛な空気をわずかばかり和らげることです。

 より一般的にいえば、節度を保つことです。節度はペストの最大の敵であり、人間にとっては自然のルールです。ネメシス[2]は、みなさんが学校で教えられたのとは違って復讐の女神ではまったくなく、節度の女神なのです。ネメシスの恐るべき打撃を人間が受けるとすれば、それは人間が無秩序や不均衡に身を投じたとき以外にはありえません。ペストは過剰さから生じます。ペストとは過剰さそのものであり、少しも自制がきかないのです。もし明晰な意識を持ってペストと闘いたいならば、このことを心に留めておいてください。トゥーキュディデースは古代アテナイで流行したペストについて、医師が何の助けにもならなかったのは、原則からして医師は病を知らずに病に対処するからだと語っていましたが、その正しさを認めてはなりません[3]。厄災は洞穴の秘密を好みます。そこに知性と公正さの光をあてましょう。次第にわかってくるでしょうが、これは自分の唾を飲まずにいるよりも簡単なことなのです。

 つまりみなさんは、自分自身の指導者にならねばなりません。たとえば、隔離や予防待機の法を遵守するのと同じように、自分自身の選んだ法を遵守する術を覚えることです。南仏のある修史官によると、かつて、隔離された者が脱走した際にはその者の頭を叩き割ったそうです[4]。こんなことは誰も望んではいないでしょう。しかしみなさんも公共の利益についてはお忘れでないはずです。これらの規則が有効であるかぎり、どれだけ気持がはやるとしても、一時たりとも規則から外れてはなりません。自分が誰であるかは少し忘れて、しかし自分がどうあるべきかについては決して忘れないようにする、それが求められているのです。これは静かなる栄誉の規則です。

 これらの治療法と美徳を身につけたなら、残るは、倦(う)み疲れることを拒み、想像力をみずみずしく保つことだけです。人びとが蠅のように死んでいくのを見ることに——アテナイで疫病がその名を得たときから変わることなく[5]、今日、私たちの街のいたるところで人びとが死んでいくのを見ることに、決して慣れてはいけません。トゥーキュディデースが語るように、人びとが黒ずんだ喉から血の汗をしたたらせ、つらそうに嗄(か)れた咳をし、ごく少量の、細かな、サフラン色の塩からい痰を吐く、その様を見て愕然とするのをやめてはなりません[6]。猛禽類ですら感染を恐れて離れていく人間たちの屍体に、慣れきってはいけないのです[7]。すべては恐るべき混乱のなかにあり、そこでは、他人の手当を拒む者たちが孤独に命を落とす一方で、他人のために身を捧げる者たちも山のように折り重なって死んでいます。快楽に溺れても然るべき制裁を受けず、功績に対して勲章があたえられることももはやありません。墓場のふちで人びとが踊り、愛する女をもつ男が自分の病をうつすまいと彼女を追い返すのです[8]。罪人はその罪の重荷を背負わず、一時の恐怖がもたらす混迷のなかで選ばれた身代わりが責任を負わされています。みなさんは、こうした混乱に対して憤慨し反抗しつづけなければなりません。

 平静な魂はもっとも強靭なものでありつづけます。みなさんは強靭な魂をもってこの病の奇妙な暴政に立ち向かうでしょう。太古の宗教と同じだけ古くからあるこの〔伝染病という〕宗教に、みなさんが服従することはないでしょう。ペリクレス[9]は市民を一人たりとも喪に服させないという栄光だけを望んだにもかかわらず、この宗教がペリクレスを殺し、そしてこのよく知られた殺人以来、今日私たちの無辜(むこ)の街に襲いかかってくるまで、それは人間たちを殺戮し、子どもたちの犠牲を要求し続けてきたのです。この宗教が天からもたらされたのであれば、天は不正だと言わねばなりません。このように考えるに至ったとしても、みなさんはそこからいかなる傲慢をも引き出すこともないでしょう。むしろ、自らの無知について何度も思いを巡らせ、厄災を抑える唯一の策である節度を守らねばなりません。

 以上のことはどれも容易ではありません。マスクや匂い袋、酢、油布をもってしても、平静な勇気と強靭な努力をもってしても、いつかみなさんが、この瀕死の人びとの街に、熱気と砂ぼこりが立ちこめる道をぐるぐると歩き回るこの群衆に[10]、その叫び声に、あの明日をも知れぬ不安に、耐えられなくなる日がくるでしょう。いつか、すべての人びとの恐怖と苦しみを前にして嫌悪の声をあげたくなる日が訪れるでしょう。その日が来たとき、もはや私から申し上げられる薬は、無知の姉妹である同情の他にはないでしょう。

 

【註】 

[1] トゥーキュディデース(紀元前460年頃-紀元前395年)は古代ギリシア、アテナイの歴史家。ペロポネソス戦争を記録した『戦史』で知られる。引用されている銘句は『戦史』第2巻54節にある。訳出にあたっては次の既訳を参照した。トゥーキュディデース『戦史』(上)、久保正彰訳、岩波文庫、1966年、241頁。なお、「ペスト(peste)」は歴史上、致死性の高い伝染病(チフス、コレラなど)を呼ぶ際に広く用いられてきた語であり、ペスト菌を原因とする特定の伝染病を指すようになったのは19世紀末以降のことである。以下、『戦史』で語られるアテナイの疫病については« peste »を「疫病」と訳す。

[2] ネメシスはギリシア神話に登場する女神。傲慢や思い上がりなど、人間の度を過ぎた言行に対して天罰をくだす神であり、また復讐の神であるとされる。

[3] トゥーキュディデース『戦史』には、アテナイの医師たちが疫病の治療法を見つけられず、感染を食い止める方法も分からずにいたとする記録がある。カミュ研究者のアルシャンボーが指摘するとおり、カミュは古代ローマの詩人・哲学者ルクレーティウス(紀元前99年頃-紀元前55年)の著作『物の本質について』の仏訳のなかで引かれた『戦史』の該当箇所をほぼそのまま引き写している(Lucrèce, De la Nature, trans. par A. Ernout, vol. II,Les Belles Lettres, 1924, p. 300, n.2./前掲『戦史』(上)、235頁)。以下、「勧告」中のトゥーキュディデースおよびルクレーティウスからの引用箇所についてはすべてアルシャンボーの論による(Paul Archambault, Camus’ Hellenic Sources, University of North Carolina Press, 1972, pp. 54-65.)。

[4] 作家マルセル・プルーストの父である医学者アドリアン・プルーストは、著作『ペストにたいするヨーロッパの防衛』で、隔離施設からの脱走者を見せしめに処刑する政令が南仏で出たことを報告している。カミュは該当箇所をほぼ同じ表現のまま引き写している(Adrien Proust, La Défense de l’Europe contre la peste et la conférence de Venise de 1897, Masson, 1897, p. 286.)。新訳『ペスト』の訳注も参照されたい(アルベール・カミュ『ペスト』、三野博司訳、2021年、岩波文庫、458頁)。

[5] 紀元前5世紀にアテナイで流行した伝染病は、フランス語で「アテナイのペスト」(la peste d’Athènes)と呼ぶのが慣例となっている。ただし当時アテナイに流行した疫病は今日ではペストではなかったとするのが定説である。注1も参照。

[6] このペスト患者の描写について、カミュはルクレーティウスの仏訳のなかの表現をほぼそのまま引き写している(Lucrèce, op. cit., p. 318, 320./ルクレーティウス『物の本質について』、樋口勝彦訳、岩波文庫、1961年、313、314-315頁)。トゥーキュディデース『戦史』第2巻49節でも、アテナイに流行した疫病の症状、とりわけ出血、激しい咳やのどの渇きが詳細に綴られている(前掲『戦史』(上)、236-237頁)。

[7] 死体に近寄ろうとしない猛禽類について、カミュはルクレーティウスの仏訳から表現をほぼそのまま書き写している(Lucrèce, op. cit., p. 321./前掲『物の本質について』、315-316頁)。疫病による社会の混乱、道徳の崩壊については、『戦史』第2巻50-53節によく似た記述が見られる(前掲『戦史』(上)、237-241頁)。

[8] 注4で触れたプルーストの医学書では、疫病に襲われた街の墓場で乱痴気騒ぎが起きていたことが報告されている(Adrien Proust, op. cit., p. 284.)。カミュは該当箇所を読み創作ノートに書き写している(Albert Camus, Œuvres complètes, tome II, Gallimard, « Bibliothéque de la Pléiade », 2006, p. 1178, n. 20.)。

[9] ペリクレス(紀元前495年頃-紀元前429年)は古代ギリシアの政治家。ペロポネソス戦争初期のアテナイを率いたが、アテナイを襲った疫病によって命を落とした。

[10] 「ぐるぐると歩き回る(tourner en rond)」と訳した表現は、フランス語で「堂々巡り」を意味する慣用句である。『ペスト』でも三回登場し、出口のない状況でなす術なく過ごす人びとを描く際にカミュが好んで用いた(前掲『ペスト』106、115、134頁)。

 

『図書』2021年8月号 渡辺惟央「カミュの『ペスト』をめぐって:呼びかけのジレンマ」はこちら

タグ

バックナンバー

関連書籍

閉じる