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アルベール・カミュ「ペストの医師たちへの勧告」

「ペストの医師たちへの勧告」 解題(渡辺惟央)

 ここに訳出したのは、アルベール・カミュ(Albert Camus, 1913-60)の « Exhortation aux médecins de la peste » である。この作品には既訳があり、新潮社『カミュ全集』第4巻の「『ペスト』拾遺」の中に収録されている(今回の拙訳でも参照した)。宮崎嶺雄氏による訳文は、原文の擬古文調になじんだ名訳であり、絶版だが図書館などでぜひ手に取ってほしい。他方で、今日の読者にはやや古めかしい印象を与える面も否めないため、今回、非力ながら新訳を試みた次第である。

 「ペストの医師たちへの勧告」(以下「勧告」)はもともと、小説『ペスト』刊行と同年の1947年、『カイエ・ド・ラ・プレイヤッド』誌上で「『ペスト』アーカイヴ」(Les archives de La Peste)という総題のもとに発表された二編の作品のうちの一つである。2020年4月、カミュの全作品を出版するガリマール社が、コロナ禍をきっかけとして、この作品をオンライン上(電子ファイル形式)で無料公開した。フランスでは当時、コロナウイルスの感染拡大によって医療従事者が過酷な業務を強いられていることが問題視され、毎日のように報道されていた。現地に住んでいる訳者の経験も記せば、昨年春頃のパリ市内では、市民生活を支える人びと(医療従事者、ゴミ収集作業員、地下鉄やバスの運転手など)への配慮と感謝を訴えるポスターがあちこちに貼られていたのを思い出す。そのような時期に、版元のガリマール社は医療関係者への激励として本作を公開したのである。

 たしかに「勧告」は、医療従事者へ、そしてコロナ禍を生きるすべての人びとへのエールとして読むことができる。その一方で、この作品にはカミュの文学的・哲学的な思索の跡が残され、さまざまな解釈を誘う奥深さがある。そもそも「勧告」は、『ペスト』の初期草稿として書かれたものだ。完成版にそのまま取り入れられることはなかったものの、「勧告」に盛り込まれた題材は『ペスト』の中にもたしかに息づいている。以下、いくつかの要素に絞ってこの作品の特徴を見ていきたい。

 「勧告」をどのジャンルに分類するかは意外と難しい。小説『ペスト』が第二次世界大戦の寓話であったように、「勧告」も歴史と虚構のあいだを揺れ動く作品だと言える。

 まず、時代設定は現代ではない。冒頭にあるように、医学者のあいだでもまだペストが伝染病かどうか判明しておらず、ペスト菌発見(19世紀末)以前であると推察される。感染対策としてマスクと匂い袋、酢による消毒などの予防法が推奨されていることから、舞台はおそらく17、18世紀——ペストの医師たちが身につけたという、くちばし型のマスクが考案された時代——のヨーロッパだろう。匂い袋に南仏由来の香草が多く用いられているため、1720年にペスト大流行が起きた南仏の都市マルセイユを想起することもできよう。

 「勧告」の世界は、史実との関連を思わせる記述を数多く含んでいる。このとき重要になるのが、医学書や歴史書との関係だ。「勧告」が書かれた1941年頃、カミュはペストについての専門書を集めて読み込んでいたことが分かっている。批評家のジャン・スタロバンスキーは『ペスト』に関する論文のなかで、カミュの医学的知識を示す例として「勧告」を取り上げ、「勧告」で語られる予防法一つ一つについてカミュが実際に参照したと思われる17、18世紀の医学書を挙げてみせている[1]。医学書との関係についてさらに付け加えるならば、カミュは疫学者アドリアン・プルースト(作家マルセル・プルーストの父親)の著書からも(参照元を明示せずに)いくつかの表現を引用していることを指摘しておこう。

 次に、古代ギリシア・ローマの思想家との関連について。「勧告」の語り手は、紀元前5世紀にアテナイで発生した疫病と、自分がいる街の惨状とを重ね合わせている。このとき古代ギリシアの歴史家トゥーキュディデースの名が挙げられているのだが、実は「勧告」の街の描写自体が、トゥーキュディデースの『戦史』第2巻50-53節で描かれる疫病の蔓延するアテナイの様子を下敷きにしたものである。実際、1941年のカミュの手帖を見てみると、古代ギリシアの歴史について多くのメモが残され、『戦史』についての覚え書きもある。また、カミュの研究者であるアルシャンボーは、カミュが古代ローマの詩人ルクレーティウスの著作『物の本質について』の仏訳から複数の表現を引き写して「勧告」に利用している事実を発見した。たとえば「勧告」のペスト患者の痛々しい描写は『物の本質について』から借用されたものである[2]

 このように、文学とは異なる様々な分野の資料を取り入れて「勧告」は書かれている。カミュは『ペスト』執筆時にメルヴィルの長編小説『白鯨』を模範としていたが、『白鯨』がクジラに関するあらゆる言説(博物学・海洋学・美術・文学・神話など)を動員していたのと同様に、カミュはヨーロッパにおけるペストの文化史を集約した作品を構想していたのだ。

 ジャンルの問題に戻るなら、「勧告」は文学的語り、歴史記述、医学的考察を混交させた、分類しがたい独特な作品となっている。一種のスピーチの形式が取られている点については、作中にも登場するアテナイの政治家ペリクレスからの影響を思わせる。『戦史』第2巻60-64節にある、ペリクレスがアテナイの市民に向けておこなった演説は、指導者が公共の利益のために市民の協力を求める名演説として知られているが、「勧告」のスピーチもここから想を得ていると言ってよいだろう。歴史書や医学書の記述をそのまま流用した客観的な語りと、実際の演説のような現実味があるからこそ、「勧告」は単なるフィクションの枠におさまらず、コロナ禍を生きる今日の読者にとっても「強烈なアクチュアリティ」(ガリマール社)が感じられるのだと言えよう。

 つづいて、語り手のメッセージが何を意味しているかに目を向けてみよう。街の凄惨な光景を描いた具体的な記述と、医師たちへの観念的な教訓とが混ざり合っており、これまた一つの解釈の枠にはおさまりそうにない。とりわけ末尾で語られる「無知の姉妹である同情」という言葉は意味深だ。以下、カミュにとって重要であった二つの文化、すなわちギリシア的な精神とキリスト教的精神との関連に触れるに留めておきたい。

 カミュは、22歳の頃に書いた高等教育修了論文「キリスト教形而上学と新プラトン主義」(1936年)以来、生涯にわたって、ギリシア思想とキリスト教的モチーフとを融合させながら独自の哲学・文学を作り上げた作家である。「勧告」の後半部でも同様の試みが見られる。トゥーキュディデースやルクレーティウスを引用し、アテナイで蔓延した疫病に言及する一方で、キリスト教を思わせるイメージをふんだんに盛り込んでいるのである[3]。まず、ペストは古代から存在する「宗教」である、と語り手が述べていることに注意しよう。二度くりかえされる「いつか〜の日が来るでしょう(Un jour viendra où…)」という表現は預言者のようだし、身を灼くような熱気が立ちこめる「死の王国」の描写は黙示録を思わせる。ペスト患者が流す「血の汗」という表現は、ルクレーティウス『物の本質について』から引かれたものだが、イエス・キリストが磔刑に処せられる前日にゲツセマネの園で流したという血の汗にも通じる(ルカ書22章44節)。現に、「勧告」末尾を飾る「同情」という言葉は、キリストの受難と響き合っている。「同情」と訳したcompassionの中に、受難を意味する passion が姿を見せており、この言葉が本来もつ宗教的な意味合いが強調されているのである。

 「勧告」執筆の6年後に発表された『ペスト』では、「同情」がキーワードとして登場することはなくなる。ただし、医師リユーが、毎日新たな患者たちを診察することに疲れ果て、他者への「憐憫(pitié)」の情が麻痺してしまったことを告白する箇所があり、「勧告」との繋がりを思わせる。「〔…〕こうした疲労困憊の数週間の果てに、リユーは自分がもはや憐憫にたいして防御する必要がないことを理解した。憐憫が無力であるとき、憐憫にも疲れてしまうものだ」(三野訳、134頁)。

 カミュの文章は、率直な語り口とは裏腹に、一筋縄ではいかない複雑さ、曖昧さを含んでいる点に特質がある。訳出に際してはこの点を損なわぬよう意識し、また、文章全体から漂う悲愴感と、冷静な語りに秘められた意志の強さが伝わるように努めた。「勧告」は小説『ペスト』と異なる時代・状況を舞台にし、語り口にも違いがあるが、ここまで見てきたとおり、エッセンスとなる着想や主題を共有しているといってよい。『ペスト』をまだ手に取ったことのない方にとって、また今後読み直そうとお考えの方にも、「勧告」が『ペスト』を読む一つのきっかけになることを願っている。

 なお、この作品には「被治者に対するペストの演説」« Discours de la peste à ses administrés »という姉妹編があり、新潮社の『カミュ全集』第4巻に「勧告」と共に宮崎嶺雄訳が収録されている。二つの作品の関係については、岩波『図書』8月号掲載の拙論(渡辺惟央「カミュの『ペスト』をめぐって:呼びかけのジレンマ」)で論じているので、そちらもあわせて目を通していただければ幸いである。

 

【註】

[1] Jean Starobinski, « Albert Camus et la peste » in Symposium Ciba, vol.10, no2, 1962, pp. 62-70.

[2] カミュが「勧告」執筆時に参考にしたと思われる医学書、歴史書については、国際カミュ学会副会長であるMarie-Thérèse Blondeau氏から貴重な情報をご教示いただいた。この場を借りて御礼申し上げる。

[3] 「勧告」と『ペスト』におけるギリシア思想とキリスト教的モチーフの関わりについては、次の研究がある。Paul Demont, « La Peste : un inédit d’Albert Camus, lecteur de Thucydide », Antike und Abendland, XLII, 1996, p. 137-154 ; « La crise d’un professeur : le journal de Philippe Stephan et la genèse de La Peste », Pour un humanisme romanesque. Mélanges offerts à Jacqueline Lévi-Valensi, éd. par G. Philippe, A. Spiquel, Paris, SEDES, 1999, p. 211-218. 

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