『科学』2022年1月 【特集】持続可能な肉食の未来
◇目次◇
「家畜の惑星」が直面する地球環境問題……井田徹治
昆虫からとりだすプロテイン――タンパク質源として昆虫が利用されつつある現状……小田志保
ジビエと獣害:マタギとアイヌの視点から……田口洋美
日本版フェイクミート:「もどき料理」の今昔……上田純一
中国で拡大するスズメバチ飼育……野中健一・赵 敏
[巻頭エッセイ]
「軽石漂着」に思う……巽 好幸
人新世における地球環境の変容と健康……遠山千春・橋爪真弘・石塚真由美・近藤尚己・渡辺知保
中国の新型コロナウイルス感染症対策――日常を守る動的ゼロコロナ戦略の考え方……瀬戸亮平・佐野雅己・藤田康介
チェルノブイリの "ゲリマンダリング"……今中哲二
[連載]
3.11以後の科学リテラシー〈109〉……牧野淳一郎
冬の大波のなか新たな変異株を世界が警戒:新型コロナウイルス感染症〈その22〉……小澤祥司
これは「復興」ですか?〈58〉 時間が止まったままの保育園……豊田直巳
廃炉への道をどう選ぶのか〈11〉 私たちは何をどう選ぶのか(中)――「1F廃炉計画」はないという現状認識に立つ……尾松 亮
[科学通信]
泊原子力発電所の安全審査に関する問題――反論できないことは無視するのか……渡辺満久
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる上関・奇跡の海の畑づくり……中野 恵
新しい形の共同研究による SARS-CoV-2 変異株の定点観測(2) ……川上浩一・光永滋樹・白木知也・森 秀治・井ノ上逸朗・倉持 仁・竹村栄毅・田中総一郎・渡邉 健
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
効果不明の凍土壁の“機能維持”とは何か――遅れた公表,今になっての追加止水計画……木野龍逸
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表紙デザイン=佐藤篤司
◇巻頭エッセイ◇
「軽石漂着」に思う
2021年10月下旬から大量の軽石が沖縄県内各地の海岸に漂着し,船舶の航行,漁業,観光などに様々な被害がでた。産業技術総合研究所などによると,この軽石は8月13〜15日に東京湾から約1300 km南方の小笠原諸島にある福徳岡ノ場海底火山で噴出し,海流に乗って流れ着いたものだ。この噴火では20km近くの高さまで噴煙が立ち上がり,噴出物の総量は約10億トンにも及んだという。この規模は,例えば1707年の富士山宝永噴火や1914年の桜島大正噴火など,有史以来日本列島で十数回しか起きていない大噴火に並ぶ。
日本は地球上の活火山の約7%が密集する世界一の「火山大国」だ。日本列島の歴史を振り返れば,今回の噴火よりさらに大規模な巨大噴火や超巨大噴火も発生してきた。実はこのような超ド級の噴火は,日本列島に人類が暮らすようになった完新世(約13万年前以降)だけでも21回も起きている。例えば7300年前には九州南方沖の鬼界海底カルデラで超巨大噴火が発生した。総量1兆トンを超えるマグマが噴出し,火砕流は海を渡って南九州を覆い火山灰は東北地方にまで達した。また大量のマグマが抜け去った地下の空洞が陥没して30×20kmの巨大なカルデラを造り,それが原因で発生した津波が近隣のみならず少なくとも紀伊半島まで襲ったらしい。
この超巨大噴火は,他地域より進んでいた南九州縄文文化を壊滅させた。数百度を超える火砕流の直撃に加えて,火山灰やそれが流された堆積物に厚く覆われた森や入江から食料となる動植物が消え去ったことが原因であろう。また空を覆う火山灰が太陽を隠したことも想像に難くないが,この記憶が天岩戸神話を生んだとする説もある。
こんな超巨大噴火が現代日本を襲ったら日本喪失だ,いや,このような低頻度の自然現象のことまで考える必要はない,いろいろな意見はあるだろうが,少し冷静にこのような噴火の影響を検証してみよう。偏西風のために噴火が起きると日本全土に降灰を及ぼす可能性のある九州地方では,完新世に6回の超巨大噴火が起きている。つまり今後100年間の発生確率は約0.5%とみなすことができる。そして過去の噴出物の分布から推定される最悪の死者数と確率を乗じて「危険値」(1年あたりに換算した死者数)を求めると,年あたり2000人程度となる。この数字を台風・豪雨災害(約100人),首都直下地震(約1000人)や交通事故(約3000人)と比較するとわかるように,超巨大噴火は立派な「災害」である。
しかし地震と火山が密集する「変動帯」日本列島からあまりにも多くの試練を与えられてきた日本人の深層には,散り際の美しい桜を愛でる「美化された無常観」が潜んでいる。さらに正常性バイアスが重なり,低頻度大規模災害への対応よりも明日の生活を心配する刹那的発想が染み付いているように見える。一方で私たち変動帯の民は,この日本列島の火山からの恩恵として例えば温泉や雄大な景観,それに火山性土壌でも育つ作物から作られる芋焼酎や蕎麦などを享受している。このような素敵な恩恵を将来の日本人が受けることができる術を考えることは,今を生きる私たちの責任ではないだろうか。