長沼祥子 つながる学校図書館をつないでいくために[『図書』2025年6月号より]
つながる学校図書館をつないでいくために
木下通子『読みたい心に火をつけろ!』
私の中に学校図書館の記憶は鮮明にあるのに、残念ながら学校司書さんとの思い出はほとんどない。そんな私が学校司書を志す際に手に取ったのが本書であった。
著者である木下通子さん、通称みちねこさんは元埼玉県の専任司書。在職中はずっと高校図書館で勤務されていた学校図書館のスペシャリストである。本書は、みちねこさんが、知っているようで知らない「学校司書のいる学校図書館」の魅力を余すところなく伝えてくれる一冊だ。
「本好きでない人でも図書館は楽しめる場である」から始まる1章に、まず度肝を抜かれる。図書館は本好きな人だけが集まる場所、また本を読むだけ、貸出・返却をするだけの場所だと思われがちだが、学校司書がいる図書館はひと味違う。本を借りるだけでなく、みちねこさんと会話を楽しむ目的で、さまざまなタイプの生徒が図書館を訪れる。みちねこさんは訪れた利用者に声を掛け、一人ひとりの気持ちに寄り添い、ときには本を紹介しながら何気ない会話をしつつ、第三の居場所として図書館を使ってもらうことで、生徒を導いていく。学校図書館は、本と人、人と人、人と場所をつなぐ役割を担っているのだ。私自身も、海外にルーツをもつ生徒が多かった前任校で、世界の言語や文化を体験してほしいという想いから生徒や先生、日本語支援員や国際交流協会を巻き込んで、図書館でハロウィンパーティーを企画したことがある。人と人との出会い、触れたことのない文化や知識に触れることで、生徒たちの世界がひろがり、自分にとっての居場所に出会うきっかけになればと考えたからだ。
さらに学校司書という専門家がいる学校図書館では、学校全体で「読む」を育む活動をすることもできる。たとえば、著者が学校全体で取り組んだビブリオバトルは、本の魅力を伝え合うことで本を「読む」力を育て、それまで本に興味がなかった生徒や先生をも巻き込み、学校図書館を活気のある場所へ成長させた。
また、本書の続編『知りたい気持ちに火をつけろ!』では、新書の「点検読書」などで生徒の「読む」力を高めることで、学校図書館が探究学習の中核を担うことを示した。私の現任校でも、探究学習で同様に図書館を活用してもらい、授業の質を上げることができた。このように学校図書館は学校教育を向上させる起爆剤ともなり得るのである。
それらを踏まえ、改めて学校図書館とは、「自分がやりたいこと、学びたいこと」を見つける場所であり、「本の専門家」である司書がそれをサポートする場だと著者は言う。「本を読む力は、生きる力」だと信じる著者は、生徒と本が出会う場を様々な場面で作りながら、生徒に本を手渡しているのだと語る。
やがてみちねこさんは、学校図書館にとどまらず、地域や書店、公共図書館、出版社など多くの人たちとつながってさらに活動の場を広げていく。現在、社会教育士として活動している著者の原点が、この本には綴られている。
その活動のなかでも最も大きいものの一つが、現在私が事務局を務めている「埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本」である。埼玉県の高校(盲学校以外の特別支援学校を除く)には、専任・専門・正規の司書が配置されている。これは全国的にも珍しい、恵まれた誇るべき環境だが、2000年から約10年間、採用試験が途絶えた。採用再開のために、先輩方が一念発起して企画したイベントが「埼玉県高校図書館フェスティバル」であり、そのなかの目玉で現在まで続く企画が「イチオシ本」である。高校司書が一年間に出版された本の中から高校生におすすめしたい本へ投票してベスト10を決めるこの企画は、有志で運営し今年度で一五年目を迎える。ただランキングを決めるだけでなく、著者・出版社・書店・公共図書館とつながり、コラボレーションすることで本の魅力を発信する企画となっている。この企画のキモは、司書の専門性が発揮される選書力を可視化したことであり、図書館の根幹は蔵書の質であること、その質を支えるのは司書であることを伝えている。
昨今、新聞等では街の書店の減少、ICT(情報通信技術)の普及等による活字・読書離れが指摘され、これからますます書店と図書館が協力し合う必要が出てくるであろう。両者は本との出会いを提供する場であると同時に、文化の拠点でもある。そのときに「イチオシ本」のような活動は重要である。これを機に最近では、学校図書館と書店との連携の輪が広がり、本の売り上げに貢献しつつ、一緒に読み手を育てていく動きがある。今後は出版社との連携も強化し、岩波ジュニア新書をはじめ、多様な世界への入口となる本を読者へ手渡すお手伝いをしていきたいと考えている。
こうした連携を進めていくには、司書の存在が不可欠である。いま、自治体の財政難の深刻化により、再び司書の採用中断が懸念され、非正規のままで働かせる自治体も少なくない。道を切り拓いてきた先輩方からのバトンを私たちはしかと受け取り、生徒の読みたい心に火をつける活動を続けていきたい。
(ながぬま しょうこ・学校司書)