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『図書』2022年9月号 目次 【巻頭エッセイ】舘野鴻

◇目次◇
 
空爆するメディア論……吉見俊哉
トリニティ学寮のE・H・カー……近藤和彦
赤字殺人事件……柳広司
二一世紀の祥林嫂……濱田麻矢
始皇帝兵馬俑の謎……鶴間和幸
『百人一首』をゼロ時間へ……田渕句美子
文庫と迷うロンドン……中野敦之
詩とビスケット……ブレイディみかこ
貝殻一郎というペンネーム……片岡義男
「虎杖丸の曲」最後の考察……中川裕
九月、心にしみる虫の声……円満字二郎
「いちご新聞」いまむかし……野中モモ
帰る場所……岡村幸宣
冊子本への道程……佐々木孝浩
長璋吉が描いた朝鮮語の風景……斎藤真理子
こぼればなし

(表紙=杉本博司)
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
文と絵のはざま
舘野 鴻
 
 これまで描いてきた『しでむし』や『がろあむし』などの絵本では、文字情報を可能な限り抑え、極めて情報量の多い絵を描くことに重きを置いていた。そうした画面は読者に絵を読み解く労力を要求するが、そこには自由な言語イメージを想起する領域が生まれるはずだ。反対に文字情報に対して絵が少なければ、より映像的なイメージを自由に膨らませることができるだろう。
 
 私は文章を主体にした表現を試みた経験がなく、そうした偏りを検証しないまま絵本を描くことに負い目も感じていた。また、それまでのやり方は私の中で一種様式化してきてしまい、創作への新鮮な動機も失われつつあった。絵本で表現しようとしていることを文章で表現できるのか。
 
 その試みが今回、『ソロ沼のものがたり』という連作短編集として形となった。絵本と同様「虫はこう生きている。我々はどうか」という問いかけと、すべての生命に向けた祝福と弔いと祈りを込めた。虫たちは無垢で潔く勇敢であり、あっけなく死んでゆく。野山で小さな生きものと接することが当たり前ではなくなった子どもたちは、虫たちの姿を目の当たりにしたとき何を感じるだろう。「命」としてとらえるだろうか。野生を擬人化して描くことで、自然界のありさまを伝えることはできるのか。そんなふうに自問自答しつつ執筆に取り組んだ。絵本であっても文学であっても私が向かう先は変わらないが、文字表現の舞台ではまったくの新人。まずは身を晒すほかない。
 (たての ひろし・画家・絵本作家) 
 
 
◇こぼればなし◇
 
〇戻り梅雨でしょうか、梅雨明け宣言の後で鬱陶しい雨が続き、はては線状降水帯のもたらす広範囲の豪雨が、列島の所々で堤防の決壊、河川の氾濫、土砂災害等を次々に引き起こしました。被災された方々、避難を余儀なくされた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
 
〇追いうちをかけるように、新型コロナ第七波の感染急拡大。そして選挙戦さなかの安倍晋三元首相銃撃。この信じ難い事件をきっかけに、数年間連絡を取らずにいた大学時代からの三〇年来の友人たちと、メールであれこれ意見を交わしたりしました。来し方を振り返り、日本はこれからどこへ向かうのか、などと。
 
〇現代史のユニークで稀有な読み物として、歴史コミック「台湾の少年」全四巻を七月に刊行開始しました(游珮芸(ゆうはいうん)・周見信(しゅうけんしん)作、倉本知明訳)。「日本統治時代から戒厳令下の時代、民主化を経て現代まで、白色テロの傷を負いながら生き抜いたある個人の人生でたどる、激動の台湾現代史」(カバー袖紹介文)です。初回配本は第一巻『統治時代生まれ』と第二巻『収容所島の十年』の二冊。第三巻『戒厳令下の編集者(*九月刊)、第四巻『民主化の時代へ』と続きます。
 
〇「ある個人」とは、蔡焜霖という一九三〇年、台湾台中生まれの実在の人物です。一九五〇年に無実の罪で逮捕、離島の収容所で十年間、強制労働と思想教育を強いられた蔡さん。元々読書好きの青年で、出獄後は、出版人として台湾の漫画や児童文化に大きな影響を与えます。その後も様々な文化シーンで、また歴史の証言者として活動してきました(第一巻投げ込み冊子、訳者解説)。
 
〇本作の会話は、家族や友人、収容所の仲間と交わす台湾語、幼稚園や学校で使われる「国語」である日本語、さらに第二次大戦後に国民党政府が台湾に持ち込んだ「国語」北京語で話されます。それぞれの使い分けは、会話の文字の書体や色を変えることで表現。主人公は、台湾語ではチウァ・クゥンリム、日本語ではさい・こんりん、北京語ではツァイ・クンリンと呼ばれます。
 
〇「一緒に大通りから帰らんな。」「ほんやけど、先生があそこの道は通ったらいかん言うとったじゃろ。」(第一巻三九頁)。独特の雰囲気を醸し出して印象的なのが台湾語部分。訳者解説によれば、これは倉本さんの「母語」である瀬戸内地方の言葉で訳されているそうです。その上で台湾語のルビが適宜振られます。そこに込められているものを、ぜひお手に取って味わってください。
 
〇童謡や流行歌など、登場人物が歌をうたうシーンも重要です。それも台湾語、日本語、英語、北京語など複数言語の歌詞で。物語における歌の力が、絵と文字のビジュアルで増幅されます。
 
〇円満字二郎さんの「漢字の動物園 in 広辞苑」と、中川裕さんの「アイヌユカㇻ〈虎杖丸(いたどりまる)の曲〉を読む」が本号で最終回を迎えました。ご愛読くださいまして、ありがとうございました。新連載は、近藤和彦さんの「『歴史とは何か』の人びと」です。ご期待ください。
 
 *第三巻は編集上の都合により一〇月刊予定となりました。遅延をお詫びいたします。(『図書』編集部)

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