web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

『図書』2023年9月号 目次 【巻頭エッセイ】前田恭二「知るよ、たくさん(検索頼るし)」

◇目次◇
知るよ、たくさん(検索頼るし)……前田恭二
冒険小説から探偵小説へ……佐々木徹
武器より暮らしを……柳広司
朱熹のホクロと高祖母の墓……佐々木愛
いま狭山事件を問うこと……黒川みどり
牧野富太郎と植物の漢字……円満字二郎
譬喩の結婚式……みやこうせい
「構想」する動物としての人間……太田裕信
永遠の途上で……竹内万里子
書店と私……近藤ようこ
妥協を通じた民主化……前田健太郎
洋画ぬきの東京美術学校開校と洋画家たちの悲嘆……新関公子
時間どろぼうとともに……森田真生
オオウミガラスの遺産……川端裕人
エルトンの国制史……近藤和彦
こぼればなし
(表紙=杉本博司) 
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
知るよ、たくさん(検索頼るし)
前田恭二
 

 旧年暮れ、国会図書館デジタルコレクションで、全文検索のかかる資料がにわかに増えた。試してみて、舌を巻いた。かねて興味をもち、少しずつ資料を集めてきた画家・文筆家、みず)しま))))の父親の生年がズバッと分かってしまった。

 名前は水島慎次郎と言い、検索すると、明治二十七年、『明治新撰百家風月集』なる書に歌が収められ、「安政三年六月佐倉藩士出野氏ノ家ニ生レ」等とある。西暦で言えば、一八五六年。自筆の履歴に基づくらしい。デスクトップでこんな資料にたどりつけるのだから、ありがたい。どこか味気ないが、インスタント食品などに似て、便利さには抗しがたい。

 今般、岩波ブックレット『関東大震災と流言』で、発禁を食らって世に出なかった水島の震災体験記を翻刻したが、その注解用のリサーチにも役立った(なお、上掲の題は回文です…)

 とはいえ文字の読み取り精度には難がある。目下は対象外の資料も多い。たとえば水島が母を追慕した一文は、終戦直後の小雑誌「寄席」に載る。きん)きん)十六頁、まさ)おか)いるる)監修というので、中身も分からず買ったら、「私のお袋はおみつといつた」と書き出され、落語嫌いで一生通し、享年四十七だったことまで記されていた。驚きもしたし、しみじみうれしかった。

 ちなみに、水島の母が歿したのは明治四十三年十月、その年の夏は東京の下町を大水害が襲い、水島家の周辺も泥水につかったことが知られる。不衛生さが災いしなかったのか、検索の及ぶ話ではなさそうだが、気にかかっている。

(まえだ きょうじ・日本近現代美術史)

 
◇こぼればなし◇

〇 関東大震災から今年で百年。この度刊行しました『関東大震災と流言──みず)しま)))) 発禁版体験記を読む』は、日本近代史の貴重な証言となる異色のブックレットです。水島爾保布は、当時活躍した画家にして文筆家で、本書は、検閲により葬られた水島の被災体験記「)まん)たい)じん)けん)ぶん)ろく)」を翻刻し全文収録しました。丁寧な注と解説も付き、日本近現代美術史を専門とする前田恭二さん(武蔵野美術大学教授)渾身の編著です。

〇 水島の自宅は下町・根岸にありました。本書のなかでも、朝鮮人暴動のデマをめぐる近所の庶民の会話が、迫真性をもった重要な記録となっています。

〇 「『…朝鮮人だの主義者だの位で納まりやまアいゝ方ですぜ。…朝鮮人と日本人とでさへいゝ加減間違へて、大工だの金魚屋の爺さんなんか迄)つちまふんだから、あい))が毛唐だとなつたら、さアどれがロシアでどれがアメリカだかさっ))り見当がつきやしません。…』と、運送屋の親方がいつた。」「『一体鮮人や主義者だつていつてるが、そいつ等が何かしたのを見たつてものは一人もねぇぢやねぇか』と、西瓜をかじ)つてゐた車屋のカツさんがいつた。『ねぇ親方、幽霊話と同じやうに……。』」(同書六四頁)

〇 同年九月三日朝。岩波茂雄は小林勇と、焼野原の道を日本橋まで歩いていました。「…朝鮮人騒ぎは一層ひどくなっていた。先生(注・岩波)はその騒ぎを心配し、人々の行動を憤慨した」。「佐久間町は焼け残ったところで朝鮮人騒ぎはこの辺で一層ひどかったらしい。昨夜は十人ほど縛ってならべておいて槌でなぐり殺した、と得意になって話している男がいた。先生は、実にいやな顔をしたが相手は気がつかないようだった。道にも朝鮮人だといわれる死体がころがっており、通行人がステッキでつついたり足でけったりしていた」(小林勇『惜櫟荘主人』講談社文芸文庫、五八、五九頁)

〇 その一四年後、日中戦争が始まった年に、吉野源三郎の小説が刊行されました。七月の公開後から大反響の同名の映画『君たちはどう生きるか』は、この物語に宮﨑駿監督がインスパイアされたものです。映画を観て、この機会に吉野の小説はもちろん、宮﨑監督の岩波新書『本へのとびら』など、映画と関連の深い書籍の数々をぜひ多くの方に繙いていただきたいという思いを強くしました。

〇 『本へのとびら』では、監督お薦めの岩波少年文庫が五〇冊紹介されます。「生まれてきてよかったんだ」と子どもにエールを送るのが児童文学だと監督はおっしゃっています(同書一六三頁)

〇 『関東大震災と流言』「おわりに」で前田さんが書かれているように、「同質的な意見が増幅される情報環境が広がり、陰謀論などの温床となっている」現在、「そこに災害などで社会が混乱に陥る事態が出来した場合、何が起こるのか」、恐ろしくなります。「生まれてこないほうがよかった」と子どもに思わせないですむにはどうしたらよいか。もう一度、『君たちはどう生きるか』を観て考えてみようと思います。


『図書』年間購読のお申込みはこちら

タグ

関連書籍

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる