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『図書』2024年4月号 目次 【巻頭エッセイ】五木寛之「モダンジャズの『花伝書』」

◇目次◇
モダンジャズの『花伝書』……五木寛之
ジャズを聴きなおす……深澤英隆
創立一〇〇年、「恩人」を迎えた東洋文庫……牧野元紀
「教会の外に救いなし」……塩川徹也
「ショック・ドクトリン」のインパクト……西谷修
見えないキノコの勤勉な日々……永井佳子
ビールとともにある街の歴史……有友亮太
人生を変える社会学……岸政彦
謎解き『しかばねの物語』……星泉
あかん、食べたんかあ!……前田恭二
ポトツキと清国へのロシア外交使節団……畑浩一郎
ガラン、バスティーユに投獄される……西尾哲夫
谷中安立寺「良工市原君墓碣銘」……金文京
合意に基づく国際政治……前田健太郎
リョコウバトの日本人画家と野口英世……川端裕人
こぼればなし
四月の新刊案内
(表紙=加藤静允) 
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
モダンジャズの『花伝書』
五木寛之
 

 マイク・モラスキー著『ジャズピアノ』は、モダンジャズの世界における『花伝書』といってもいい本だと思う。ジャズと能の世界のちがいはあるが、この本を一読して、私はすぐにそう思った。これまでジャズについて書かれた本は数多くある。しかし、音楽論でもありながら、同時に実践的な技法までを論じたこのような本は、なかったからだ。

 ジャズと能を一緒にすることに抵抗を感じる方もいらっしゃるだろう。しかし、その出自から完成の過程まで、両者にはある共通点が見出だせるのだ。

 「その歴史から聴き方まで」と、表紙には控えめなサブタイトルがそえられているが、「抜けば玉散る氷のやいば」という感じがなくもない。

 ジャズピアノという門をくぐった先には、驚きにみちた未知の世界が展開する。理論書でもあり、同時に文字によるライブ演奏でもあるこの本に出会ったことで、私の音楽観は確実に変わった。

 日本語の文章が、ジャズのライブ演奏を聴いているような感覚を与える可能性をもつことを、私ははじめて体験した。かつて一九六〇年代に社会主義ソ連において、素朴なジャズ演奏に出会った時のことをふと思い出す。ジャズに歴史あり、だ。

 演奏者とリスナーとの境界を自由に往来しながら、現代におけるジャズの位相を、これほど鮮やかに分析してみせた本は、これまでになかった。現代の『花伝書』と呼ぶ所以である。

(いつき ひろゆき・作家)

 
◇こぼればなし◇

〇 ロシアによるウクライナの全面侵攻が始まってから、既に二年以上が経過しました。ウクライナに暮らす人びとは、日々、何をどのように感じ、どのような思いを抱えているのでしょう。二月号小欄でもご紹介した『戦争語彙集』(オスタップ・スリヴィンスキー作、ロバート キャンベル訳著)は、戦火を逃れてきた人たちに見えている風景がどんなものか、教えてくれます。スリヴィンスキーさんの来日もあり、そうした風景は様々な媒体を通して多くの方に知られるようになっているようです。

〇 パレスチナ自治区ガザ地区では深刻な食料不足が続き、住民人口の約四分の一に相当する少なくとも五七万六〇〇〇人が飢餓一歩手前の状態にある、と国連が危機を訴えています(二月二八日現在)

〇 カントの『永遠平和のために』(岩波文庫、宇都宮芳明訳)を開きますと、「国家間の永遠平和のための予備条項」の第二条項として「独立しているいかなる国家(小国であろうと、大国であろうと、この場合問題ではない)も、継承、交換、買収、または贈与によって、ほかの国家がこれを取得できるということがあってはならない」があり(一五頁)、第五条項には「いかなる国家も、ほかの国家の体制や統治に、暴力をもって干渉してはならない」とあります(一九頁)。もう一度、あるいは何度でも、人間社会はここに遡って、ここから始めないといけないのかもしれません。

〇 今年はカントの生誕三〇〇年、没後二二〇年。岩波文庫では、この記念年に、まずはカントの道徳・倫理に関する主要著作の新訳を刊行いたします。

〇 『人倫の形而上学』は、カントが三〇年間その執筆を追求し続けた最晩年の大著です。一月刊の第一部(法論)は熊野純彦さん、四月刊の第二部(徳論)は宮村悠介さんの手になる、いずれも新訳で、文庫では初の全訳となります。第二部には、宮村さんによる本書全体の詳細な解説が付されます。

〇 四月にもう一冊出る『道徳形而上学の基礎づけ』は、大橋容一郎さんによる新訳です。訳語を精査し、一般読者の読みやすさはもちろん、他分野での学術引用も考慮しました。本書は、カント哲学の導入にして近代倫理の基本書ということで、かの『実践理性批判』の先駆けにあたるそうですが、『実践理性批判』の新訳刊行も今秋に予定しています。

〇 カント生誕三〇〇年の節目となる今年、このように近代の道徳哲学の原点を振り返り、新しく打ち出します。さらに三年後には岩波文庫が創刊から百年の画期を迎えます。それも見すえ、カントのようにこれまで愛読されてきた「大古典」の新訳を準備しているところです。

〇 ここで受賞報告を。本号巻頭で五木寛之さんに絶賛いただいたマイク・モラスキーさんの『ジャズピアノ──その歴史から聴き方まで』(上・下)が、令和五年度(第七四回)芸術選奨文部科学大臣賞を、また岩波文庫『シェフチェンコ詩集』(藤井悦子編訳)が第四回ウクライナ研究会賞・大賞を受けました。


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