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『図書』2024年6月号 目次 【巻頭エッセイ】笠井瑠美子「本も生きている」

◇目次◇

本も生きている……笠井瑠美子
虫供養……養老孟司
語学との付き合い、思い出すまま……熊野純彦
伊勢神宮造替の謎……ジョルダン・サンド
世に銭ほど面白き物はなし……前川淳
継がれる想い……栖来ひかり
ウクライナの歌手と『人魚姫』……岩切正一郎
母といっちゃん……出久根育
路上より(下)……柳広司
娑婆、嘘が相場やし……前田恭二
ガガの我・各々の我……川端知嘉子
「この国の自由」……前沢浩子
失われた『エジプト旅行記』……西尾哲夫
谷中霊園「中村鶴蔵墓表」……金文京
沈黙に耳を澄ます……川端裕人
こぼればなし

六月の新刊案内

(表紙=加藤静允) 

 
 
◇読む人・書く人・作る人
本も生きている
笠井瑠美子
 

 本屋さんで平積みされている本の表紙が、ぱかっと開いているのを見かけることがある。わたしはそのぱかっと開いた一冊を何冊か下へそっと潜り込ませる。そうすると上の本が重しになって一旦は落ち着くからだ。ある時はフェアで面陳されている本が思わず二度見してしまうほど盛大にぱかっと開いていて、奥付を見るとわたしの職場で製本したものだった。なんだか放っておけなくなってしまい、買って帰ることにした。

 製本所では、本は出来たそばからパレットに積み上げ、一番上に木板などの重しを乗せて、一晩ほど寝かせる。出来たてホヤホヤの本にすぐに触ることはない。製造工程で、本にはにかわ)やボンドなど接着剤という名の水分がたっぷりと含まれる。だから重しをしながら乾かしていく時間が必要で、ここで伸るか反るか、落ち着きどころを探っていく。本屋さんでぱかっと開いてしまうのは、一旦は落ち着いた本が真冬の乾燥やエアコンの風で乾き過ぎてしまうために起きる現象で、決して不良品ではないのだが、クレームの対象になることもある。梅雨には何事もなかったかのようにまた落ち着くから、できれば見守ってあげてほしい。湿度による伸縮性は紙の生まれもった性質だ。

 わたしたちは本が紙でできていることを時々忘れてしまう。わかっているはずなのに、その有機的な存在をつい無機質なもののように扱ってしまう。木が呼吸をするように、そこから作り出された紙が本になってもなお、気候に影響され伸び縮みする様は、まるで呼吸をしているようだ。わたしたちはそういうものと共に読書を楽しんでいる。

(かさい るみこ・製本)

 
◇こぼればなし◇

〇 「ブルトン」といえば、ウルトラマンに登場するフジツボのような怪獣で、ぶるぶるぬらぬらした質感が忘れられません。その名はフランスの詩人、アンドレ・ブルトンからとられています。

〇 晩春の某日、板橋区立美術館で観た「『シュルレアリスム宣言』一〇〇年──シュルレアリスムと日本」展には若い世代の来館者も大勢いました。反響を呼んだ同展ですが、一〇年前、いや五年前でも、若い人がここまで列をなしたでしょうか。歴史が巻き戻されたような戦争の時代に入りこみ、未来への想像力をもちにくくなっている状況がそうさせているのではないかと感じました。

〇 「想像力はおそらく、いまこそ、みずからの権利をとりもどそうとしている。もしも私たちの精神の奥ふかいところに、表面にあらわれる力を増大させうるような、あるいはそれと争って勝利をおさめうるような、そんな不思議な力が隠されているのなら、その力をとらえ、まずとらえ、そのうえで、必要とあれば私たちの理性の監督下においてやることが、なによりの得策である」。ブルトン「シュルレアリスム宣言」の一節ですシュルレアリスム宣言・溶ける魚』巖谷國士訳、岩波文庫、一九―二〇頁)

〇 戦間期フランスの詩と芸術の運動に影響を受け、同時代の日本でも各地で多彩な実践が連鎖します。さまざまなグループが離合集散し、戦時体制下で当局の介入や弾圧を受けるなか、想像力の実験はどのような表現を模索したのか。戦後にいかなる系譜を継いだのか。現在にも及ぶインパクトを伝える展覧会でした。

〇 たとえば画家で「怪獣の父」とも呼ばれた高山良策。戦後は、冒頭で紹介したブルトンなど初期ウルトラシリーズの怪獣造形で活躍します(デザインは成田亨、他)。高山は)ちょう)へい)として中国戦線に赴き、帰還後の一九四〇年、シュルレアリスム絵画の中心人物だった福沢一郎の絵画研究所で学びました。ベトナム戦争の渦中、高山の戦争体験は、ウルトラマンという強大な力と戦う多彩な怪獣に命を吹き込むものでした。

『岸惠子自伝──卵を割らなければ、オムレツは食べられない』が岩波現代文庫に入りました。単行本刊行後の三年間に、世界は新たな時代に入ってしまったようです。多くの若い読者に岸さんのメッセージが届くことを願っています。

〇 第二九回小西財団日仏翻訳文学賞の日本側受賞者に畑浩一郎さん、受賞作品としてヤン・ポトツキ作『サラゴサ手稿(岩波文庫)が選ばれました。また二〇二四年度の日本記者クラブ賞を、ジャーナリストの後藤謙次さんが受けられました。完結したドキュメント 平成政治史(全五巻)は後藤さんの活動の集大成であり、現代政治史の貴重な記録であると贈賞理由に示されています。

〇 『ドアのむこうの国へのパスポート(トンケ・ドラフト、リンデルト・クロムハウト作、リンデ・ファース絵、西村由美訳)が、第七〇回青少年読書感想文全国コンクールの「小学校高学年の部」課題図書に選ばれました。


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