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松本俊彦 「身近な薬物のはなし」

第7回 市販薬 セルフメディケーションは国民の健康を増進したか?

 【連載】松本俊彦「身近な薬物のはなし」(7) 

 はじめに――市販薬乱用・依存の現状

 本連載ではここまで、身近な薬物としてビッグスリーのうちの2つ――アルコールとカフェイン――をとりあげてきました。ここでいったんビッグスリーから離れて、別の意味での身近な薬物といえる処方薬や市販薬といった医薬品に寄り道してみます。

 今回はまず市販薬です。

 第1回で述べたように、今日、精神科医療現場で年々深刻さを増している薬物は、医薬品です。そのなかでも、10代、20代といった若年層で特に問題となっているのが市販薬なのです。

 いまから10年あまり前、「脱法ハーブ」などの危険ドラッグ乱用禍が社会を席巻しました。規制強化と新たな脱法的薬物の登場というイタチごっこをくりかえしながら、薬物による健康被害や、薬物使用下での自動車運転による交通事故などの弊害がますます深刻化していく、あの悪夢のような一時期を、私はいまでも鮮明に覚えています1。最終的には、2014年に薬事法が改正されて薬機法となり、それを機に、安全性が証明されていない「グレーゾーン嗜好品」の販売が困難となったことで、乱用禍は沈静化していきました。しかし、これでひと安心と思いきや、危険ドラッグと入れ違いに忽然と登場したのが市販薬だったわけです。

 そのことを示したのが図1のグラフです2。このグラフは、連載第1回で紹介した調査、「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」のデータベースから10代の患者だけを抽出し、その主乱用薬物の経年的推移を示したものです。

 

 

図1 10代の薬物依存症患者における「主たる薬物」の推移図

 

 2014年の時点では、10代の薬物依存症患者のおよそ半数が脱法ハーブなどの危険ドラッグを主たる乱用薬物としていました。しかし、危険ドラッグ乱用禍が沈静化されると、2018年より、今度は新たな乱用薬物として市販薬が突然浮上し始めたのです。その割合は調査のたびに増していき、2022年には患者の7割近くが、市販薬を主乱用薬物とする状況になりました。それだけではありません。調査期間中(調査年の9~10月)に全国の精神科病院で治療を受けた10代の薬物依存症患者数も、2014年から2022年までのあいだにほぼ倍増しているのです。

 こうした主乱用薬物の推移を見ると、一見、「危険ドラッグが手に入らなくなったから、代わりにハイになれるドラッグとして市販薬が使われるようになった」と考えたくなりますが、おそらくそうではないと思います。というのも、かつての危険ドラッグの乱用者と、近年、市販薬の乱用者とではバックグラウンドが大きく異なるからです3。かつて危険ドラッグを乱用していた10代の患者は、その大半が男性であり、義務教育終了後早期に学業から離脱している者が多く、さらには、薬物以外にも様々な非行・犯罪歴を持っていました。ところが、近年、市販薬を乱用する10代の患者は、大半が女性であり、高校在籍中もしくは高校は卒業しているなど、教育からの早期離脱者は少なく、非行・犯罪歴がないのです。つまり、家庭や学校、地域において、少なくとも表面上は「よい子」として生活してきた子たちなのです。そして何よりも特徴的なのは、薬物問題とは別に様々な精神疾患を抱えている、ということです。

 こうした事実からわかるのは次のようなことです。最近10年間で10代の薬物乱用者の属性はまったく別物になっていること、そして、市販薬の登場が、従来とは異なる、新たな薬物乱用者層を開拓した可能性があることです。

 それにしても、なぜ今日のわが国では、市販薬乱用がかくも問題となったのでしょうか?

 なぜ若者たちは市販薬にアクセスするようになったのか?

 ドラッグストアチェーンの隆盛

 多くのメディア関係者が若者の市販薬オーバードーズ(過剰服薬: Overdose, OD)に関心を寄せており、私自身、これまでも多数の取材を受けてきました。しかし、そのたびに記者がまるで申し合わせたように切り出す、次のような言葉にはいつもうんざりさせられてきました。

 「市販薬ODがこれほど流行しているのは、やはりSNSの影響でしょうか?」

 もちろん、SNSが現象の拡大に一役買っているのは事実でしょう。しかし、それは二次的な要因にすぎません。なぜ若者たちのあいだで市販薬が大きくクローズアップされたのか、なぜ市販薬にアクセスしやすくなったのか、その第一義的な原因を考える必要があります。

 それは、いうまでもなくドラッグストアの増加です(図2)。いまやドラッグストアチェーン業界は8兆円を超える市場規模に成長し4、毎年国内にはおよそ1000~1500店舗ずつドラッグストアが新規開店しています5。今日、各地の繁華街には、狭いエリアに複数のドラッグストアチェーンの店舗が軒を争っています。同じ現象がコンビニエンスストアで起これば、客を食い合って共倒れになりかねないところですが、なぜかドラッグストアはどの店舗も繁盛しているのです。

 

 

図2 右肩下がり時代の唯一の勝者:ドラッグストア業界は8兆円市場

出典:Diamond Chain Store Online: 10兆円を射程に、2020年度の国内ドラッグストア市場規模は8兆363億円! 

 

 ドラッグストアというビジネス形態には、価格競争において、一般のスーパーマーケットやコンビニエンスストアには太刀打ちできない強みがあります6。というのも、ドラッグストアは、ティッシュペーパー、トイレットペーパーなどの紙類、洗濯用洗剤、柔軟剤、食料品、ベビー用品、さらには、食料品や菓子、ドリンク類などをかなり安い価格で提供することができるからです。たとえ原価を下回るような無理な安売りをしても、集客にさえ成功すれば、医薬品や化粧品といった利益率が非常に高い商品で儲けを取り戻すことができるのです。

 特に近年、化粧品はドラッグストアの主力商品となっています。それも、高校生や大学生が買い求めやすい安価な商品――いわゆる「プチプラ・コスメ」です――を中心に揃え、高級化粧品を売る百貨店との明確な差別化を図っています。このことは、若い女性の集客と市販薬アクセスの向上に大きく貢献しているように思います。

薬剤師要らずの市販薬販売の実現

 ドラッグストアチェーンの隆盛には様々な要因がありますが、なかでも最大の要因は、市販薬が薬剤師不在でも販売できるようになったことでしょう。従来、薬剤師が薬局における販売と調剤双方の責任を担ってきましたが、そのことが店舗拡大の障壁となっていました。なにしろ、薬剤師の数には限りがありますし、高度な専門性を持つ国家資格なので人件費も馬鹿になりません。

 しかし、2006年の薬事法改正により、いわば「販売に特化した廉価な資格」が創設されたのです。それが登録販売者です。登録販売者制度は2009年より施行され、これによって薬剤師不在でも市販薬の一部を販売できるようになりました。その結果、ドラッグストアは急激な勢いで店舗数を増やしただけでなく、営業時間も延長され、いまや24時間営業店も出現しています。

 ところで、登録販売者は、どの程度、市販薬を販売できるのでしょうか?

 現在、市販薬は、「要指導医薬品」という一時的な扱いのものを除けば、第1類~第3類まで3つのカテゴリーに分類されています。このうち、第1類医薬品の販売に際しては、薬剤師による書面を用いた説明が必要となりますが、第2類と第3類の場合には、登録販売者がいれば販売できます。そして、第1類に分類される医薬品はごく限られていて、主要な感冒(かぜ)薬や鎮咳薬、解熱剤、鎮痛剤など日常生活で必要性の高い製品は、ほぼすべて2類に含まれます(なお、第3類医薬品にはビタミン剤などが含まれます)。つまり、市販薬の95%はこの第2類・第3類に該当し、登録販売者は市販薬の一部どころか、ほぼすべてを販売できるといってもよいほどです。

 もっとも、2009年の資格創設時点では、登録販売者という資格はさほど容易に取得できるものではありませんでした。資格試験を受けるには、少なくとも高校を卒業し、加えて、1年以上の販売実務経験が必要だったからです。

 ところが、2015年に受験資格の大幅な変更がなされ、受験資格は学歴、実務経験ともに不問となり、試験に合格さえすれば取得可能となったのです。その結果、高校や大学在籍中に受験する人も増え、2022年度試験では新潟県でなんと9歳の児童が合格しています7

 この現行制度で資格を取得した登録販売者が、本来、期待されている業務や責任――医薬品の効能や使用上の注意に関する説明、さらには不適切使用の防止など――をはたすことができるのでしょうか? はなはだ疑問です。

セルフケア・セルフメディケーション推進政策

 登録販売者制度に限らず、政府は国民の市販薬アクセスを高める政策を次々に打ち出してきました。その背景には、人口の高齢化や長寿化によって年々増大する医療費の問題があります。

 では、国民全体の医療費を削減するのに、最も手っ取り早い方法は何でしょうか? それは、国民をできるだけ医療機関に受診させないことです。そのための解決策の1つとして、「セルフケア・セルフメディケーションの推進」が掲げられてきました8。要するに、国民がみずから健康管理を行い、生活習慣病の予防に努め、軽い身体的不調にあたっては安易に医療機関に受診せずに、市販薬を活用して早めに対処することを推奨する政策です。そして、このセルフメディケーション推進のために、医師の処方箋なしでアクセスできる医薬品が増やされました。

 それが「スイッチOTC」の推進です。市販薬は、英語でOver-the-counter drug(カウンター越しに買える薬)ということから略してOTC医薬品といわれますが、医師から処方される医療用医薬品のうち、副作用が少なく安全性の高いものを市販薬転用(スイッチ)したものを「スイッチOTC医薬品」と呼んでいます。有名なところでは、「ガスター10®」(胃薬)や「ロキソニン®S」(鎮痛・解熱薬)、「メジコン®せき止め錠Pro」(鎮咳薬)などがそうです。これらはもともと、医師の処方箋がなければ入手できなかった医薬品でしたが、いまやドラッグストアで簡単に入手できるようになっています。

 さらに2017年には、セルフメディケーション税制が導入されました9。これは、世帯での市販薬購入金額が年間1万2千円以上の高額になった場合、定期的に健康診断を受けているなどいくつかの条件を満たせば、医療費控除を受けることができる制度です。この制度は、当初、2017年1月から5年間の特例として始まりましたが、2022年1月よりさらに5年間延長されることになり、現在も継続中です。

インターネット販売の規制緩和

 ドラッグストアの店舗増加とは直接関連しませんが、国民の市販薬アクセスの向上という点では、2014年から規制緩和がなされたインターネット上の市販薬販売も重要です。いまやAmazonのサイトから簡単に市販薬を購入できるようになり、とても便利な世の中になりました。しかし逆にいえば、市販薬乱用者にとっては、これほど楽な入手方法もないでしょう。

 実は、いまから10年あまり昔、偶然、私は国会のテレビ中継でこの規制緩和が議論されている場面を観ていました。ある議員が、当時の厚生労働大臣を相手に、「ネットで販売することで、若者たちが市販薬を乱用したらどうするのか?」と舌鋒鋭く質問していたのを、私はいまでも鮮明に覚えています。あれから10年あまりの月日を経て、その原因がネット販売の影響なのかどうかはさておき、野党議員の予言は見事に的中したように思います。

 ちなみに、Amazonのサイトでは、市販薬製品別売り上げランキングを確認することができますが、それを眺めていると何とも不思議な気持ちになります。というのも、わが国には、市販の感冒薬や鎮咳薬には実に多数の製品があり、実際、テレビCMでも様々な製品の宣伝を見かけますが、Amazonのベストセラー商品を見ると、なぜか感冒薬部門では「パブロン・ゴールドA」(以下パブロン)がいつも圧倒的首位の座に君臨し続け、咳止め薬部門では「エスエスブロン錠(以下ブロン)と「メジコン®せき止め錠Pro」(以下メジコン)が上位1位、2位を占め、「ベストセラー」表示がついていることが多いからです。いうまでもなく、この3薬剤、いずれも依存症臨床に従事する者ならば誰もが知っている、乱用者の3大人気市販薬です2

 いささか穿った見方ではありますが、もしかするとこういう可能性はないでしょうか? つまり、製薬企業の売り上げは、実は、真にその薬を必要としている人たちだけではなく、別の目的で不適切に使用している人たちによる貢献も大きいかもしれない、と。

 市販薬は本当に安全なのか?

 市販薬は「古い」

 おそらく一般の人たちはこう考えていると思います。「市販薬は処方薬より効果が弱い代わりに副作用が軽い」と。しかし、これは誤解です。私にいわせれば、市販薬は単に「古い」のです。

 たとえば、ブロンやパブロンに代表される、市販感冒・鎮咳薬の多くには、延髄の咳中枢に直接作用して咳を抑える成分としてジヒドロコデインリン酸塩(以下コデインと略します)が、そして、交感神経系に作用して気管支を拡張する成分としてdl-メチルエフェドリン塩酸塩(以下メチルエフェドリン)もしくはプソイドエフェドリン塩酸塩が含有されています。実は、前者はれっきとしたオピオイド(アヘン由来の麻薬成分)であり、わが国では麻薬及び向精神薬取締法で麻薬として、そして後者は覚醒剤取締法で覚醒剤原料として、それぞれ規制されている成分です。

 しかし、ここには例外規定があり、低濃度であれば、市販薬に用いてもよいとされているのです。おそらくこの規定は、すでに広く普及している実態と整合性をつけるための苦肉の計であったのでしょう。というのも、たとえば元祖パブロンは昭和2年に、そしてブロンは昭和9年にそれぞれ発売されていて、あまりにも多くの販売実績があるからです(ちなみに、発売当初、元祖パブロンには、コデインの代わりに、ケシの実からアヘンの原材料となる樹液を吸い出した後に残った、ケシの実の殻を原材料として用いていたそうです10)。

 今日、医療機関において、これらの成分を含む鎮咳薬を第一選択薬(はじめに投与すべき治療薬)とする医師はほとんどいないでしょう。よほど高齢の医師でもない限り、多くの医師は、その依存性を考慮して、まずは別の成分を含む鎮咳薬の処方を優先します。また、患者が小児であれば、呼吸停止などの事故発生の懸念から、コデインを含む鎮咳薬や感冒薬はまず処方しません。

 他にもあります。市販鎮静・睡眠薬の「ウット®」です。この薬剤は、ブロモワレリル尿素という非常に古いタイプの催眠・鎮静物質を主成分としています。この成分は依存性が強く、大量に摂取した場合に自発呼吸を抑制する危険性から、精神科では長らく使われなくなっているものです。

 近年、その依存性で様々な批判に曝されているベンゾジアゼピン系の睡眠薬ですが、それでも、依存性や危険性に関しては、このブロモワレリル尿素よりははるかにましです。だからこそ、あのベンゾジアゼピン系でさえ、発売当初、「安全な睡眠薬」として好評を持って迎えられたのです。そう考えると、ブロモワレリル尿素がいまもって販売されている現実は、どうにも理解しかねます。

 それから、市販薬特有の問題もあります。一般に市販薬には、様々な成分がたくさん入っていて、まるで秘伝のレシピで調合された漢方薬のようです。加えて、旧来の製品がアップデートされるたびに、さらなる成分追加が行われ、「新成分××配合!」という謳い文句で宣伝されるわけです。こういいかえてもよいでしょう。市販薬はもともとの商品名に「エース」「プレミアム」「クイック」などの言葉が追加されるたびに、含有成分の種類が多くなる、と。

 「改造」されるスイッチOTC

 処方薬を起源とするスイッチOTCですら、この種の「改造」を免れません。たとえば、2011年に市販化された鎮痛解熱薬ロキソニンは、処方薬時代にはなかったは様々な改造を受けることとなりました。いまやドラッグストアには様々な種類のロキソニンが販売されていますが、そのなかで最も高級な、いわばロキソニンのハイエンド商品となるのが「ロキソニン®Sプレミアム」です。その製品の、一体どこがプレミアムなのかといえば、鎮痛解熱成分ロキソプロフェンに加えて、アリルイソプロピルアセチル尿素と無水カフェインが含有されている、という点です。

 アリルイソプロピルアセチル尿素は、先述したブロモワレリル尿素と同じく、依存性のあるウレイド(尿素)系の催眠・鎮静成分です。実は、この成分、医療機関では、血小板減少性紫斑病を誘発するという理由から、もう何十年も前から使われなくなっているものです。

 そして、無水カフェインは、ロキソニン®Sプレミアム2錠に50mgーーレギュラーコーヒーにしてカップ1杯分ーー含まれています。実は、カフェインは市販薬の多くに含まれています。製薬企業側の説明では、「眠気を除去するため」とか、「痛みをおさえるはたらきを助けるため」とされていますが、本当なのでしょうか? 連載第5回「カフェイン(1)」でも触れましたが、一種の「媚薬」としてその薬剤を気に入ってもらうためではないか、と疑いたくなります。

 たとえば、連日ロキソニン®Sプレミアムを飲んで頭痛に対処している頭痛持ちの人がいたとします。ある日、「頭痛が治った」と思ってその薬剤の服用をやめたとしたら、おそらくカフェインの離脱で頭痛が生じることでしょう。すると、その人は、「やはりまだ頭痛は治っていないのだ」と思って、ロキソニン®Sプレミアムの服用を再開することとなります。結局、永遠にロキソニン®Sプレミアムを飲み続けることとなり、それは製薬企業を潤すにちがいありません。

 要するに、市販薬販売とはビジネスなのです。

 「濫用等のおそれのある医薬品」指定をめぐる諸問題

 日本版オピオイド危機

 近年、市販薬依存症患者で最も乱用されているのは、ブロンやパブロンといった、麻薬と覚醒剤原料を含有する市販の鎮咳薬や感冒薬です。ブロンやパブロンの依存症は治療がとても大変です。率直にいって、覚醒剤依存症よりもはるかに治療に難渋します。その理由は様々ですが、やはり最大の原因はコデインが持つ強力な身体依存作用などのせいです。

 連日、大量にブロンやパブロンを服用していると、オピオイドに対する身体依存が生じます。オピオイドは強力な鎮痛薬として、がんによる身体的疼痛のコントロールのために緩和医療の現場では欠かせない薬剤ですが、実は心理的疼痛にも効果があります。特に鬱屈した怒りや不安に悩む人の場合、そうした心理的苦痛が一時的に緩和されるような体験をすることがあります。

 しかし、こうした効果は短期間で耐性が生じてしまい、当初と同じ効果を維持するには、より大量かつ頻回の摂取が必要となってしまうのです。しかも、急な中断、あるいは、いつもよりも少ない量しか摂取できない場合には、離脱が生じます。離脱は軽いものでは下痢や感冒(かぜ)様の症状程度ですが、重篤な乱用者の場合には、急激な気分の落ち込み、ときには自殺願望に襲われることがあります。実際、私の経験でも、重篤な市販薬依存症患者がブロンやパブロンの急な摂取中断により、強烈な自殺願望に襲われ、縊首などによる自殺企図におよんだことがありました。

 北米では、処方されたオキシコドンやフェンタニルといった強力なオピオイド鎮痛薬の依存症や過剰摂取による死亡者が増加し、高止まりした状況が続いていて、「オピオイド危機」として深刻な社会問題となっています。これまでわが国では、そうした事態を「対岸の火事」として静観し、「わが国は欧米のような悲惨な状況を回避している。やはりわが国の厳罰主義的薬物政策は正しい」と自画自賛してきました。しかし、本当にそうでしょうか? 私は、この、コデイン含有市販薬の乱用禍こそが、日本版オピオイド危機であるように思うのです。

 しかも、わが国のオピオイド危機は今期が最初ではありません。すでに40年近く昔にも同様の市販薬によるオピオイド危機を経験しています。1980年代後半、首都圏の大学生を中心に「ブロン液イッキ飲み」が流行したのです。当時はバブル期、「軽さ」が重視される時代でした。週末のディスコに出かける際に、若い男たちは飄々とナンパができる度胸を得るために、ブロンをイッキ飲みしていました。すると、含有される麻薬の効果によって不安や緊張が緩和され、覚醒剤原料の効果により気が大きくなり、自信に満ちたふるまいができるようになったわけです。まさにナンパにもってこいの精神状態といえるでしょう。しかし、この乱用禍によって多くのブロン依存症患者が作られ、深刻な社会問題となってしまったのです。

 当時、事態を重く見た製薬企業は、1989年、ブロン液から覚醒剤原料メチルエフェドリンを除去する、という思い切った対策をとりました。依然としてオピオイドは含有されていたものの、ブロン液乱用禍の沈静化には一定の成功を収めました11

 私はこの時の製薬企業の果断を高く評価していますが、同時に、したたかに抜け道を用意する企業の狡猾さも感じています。というのも、成分除去はあくまでも液剤に限られていて、実は錠剤のブロンはそのままの成分で販売が継続されたからです。そして、麻薬と覚醒剤原料双方の効果を追い求める重篤な乱用者は乱用薬物を液剤から錠剤へと変え、以降も錠剤型ブロン愛好家の系譜は脈々と引き継がれることとなったのです。現に、その後も少数ながらもコンスタントに市販薬依存症患者が薬物依存症専門外来に登場し続けてきました。結局、そうした対策の手ぬるさが、2018年以降から続く、市販薬乱用禍の発生培地を準備したことになります。

 「濫用等のおそれのある医薬品」

 もちろん、国もこうした状況に対してまったく無策だったわけではありません。2014年2月、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会は、ブロンをはじめとする、麻薬成分や覚醒剤原料を含む市販鎮咳去痰薬を、「濫用等のおそれのある医薬品」として、店頭での販売は1人1箱までに制限するよう通達を出したのです12

 しかし、その効果はかなり疑わしかったというべきでしょう。というのも、2014年の販売個数制限以降、皮肉にも爆発的な市販薬依存症患者の増加が見られているからです。それもそうでしょう。2018年実施の厚労省調査によると、国が規定する販売ルールをドラッグストアの約半数が守っていなかったことが明らかになっています13

 そもそも、この販売規制の基準自体、理解に苦しむ点がありました。というのも、この販売個数制限はあくまでも鎮咳去痰薬に限定されていて、同じ成分を含有する市販感冒薬は、なぜかこの制限の埒外に置かれていたからです。当然、鎮咳薬ブロンの乱用者の多くは使用薬物を感冒薬であるパブロンに変更していったわけです。

 乱用者側からすれば、パブロンはコストパフォーマンス的にお得な薬剤でした。乱用者が期待するコデインとメチルエフェドリンの含有量は、対製品価格比でブロンの倍以上もお得なのです。ですから、あっという間に乱用者はパブロンに集中しました。

 しかし、パブロンには余計な成分が入っていました。それは、鎮痛解熱成分アセトアミノフェンです(みなさんがコロナワクチン接種後の発熱や疼痛に対して服用していた、あの「カロナール®」の成分です)。この成分は肝臓毒性が非常に高く、パブロンを連日大量服用していると、あっという間に重篤な肝機能障害を呈してしまうのです。実際、私の患者でも黄疸が出たり、肝性昏睡(肝臓の解毒作用が失われ、アンモニアをはじめとする毒素の血中濃度が高まり、意識障害を呈する病態)を発症して瀕死の状態となったりした人がいます。

 私は、2018年以降、再三にわたって厚生労働省に、この「濫用等のおそれのある医薬品」の指定範囲のおかしさを訴えてきましたが、いつもうやむやにされてきました。ようやくパブロンなどの感冒薬が指定範囲に含まれたのは、それから5年後、2023年4月のことでした14

 しかし、こうした厚労省の対応も、文字通り「時すでに遅し」でした。というのも、乱用者の関心はその時点で別の市販薬製品へと移っていったからです。その製品とは、2021年8月に発売されたスイッチOTC薬メジコンでした。このメジコンは、ブロンやパブロンのように麻薬や覚醒剤原料を含まず、デキストロメトルファン臭化水素酸塩(以下、デキストロメトルファン)という成分が鎮咳作用を発揮する鎮咳薬です。

 この薬剤は、コロナ禍のさなか、鎮咳薬に対する需要が高まるなかで、スイッチOTCでありながら、最初から第2類医薬品扱いという異例の厚遇を受けて市販化されました。しかし、残念ながら発売直後から乱用者の人気を集める、という非常に不名誉な事態に遭遇してしまったのです。事実、コロナ禍前後における乱用市販薬の変化を検討した研究では、コロナ禍後にデキストロメトルファン含有市販薬の乱用患者が有意に増加していることが明らかにされています15。いうまでもなく、これはメジコン市販化の影響です。

なぜか遅れている対応

 市販化にあたってメジコンの売りとして強調されたのは、オピオイド成分を含まない「非麻薬性」鎮咳薬である、ということでした。

 確かにそれはその通りなのですが、だからといって、どんな使い方をしても安全というわけではありません。事実、この薬剤に含まれるデキストロメトルファンは、すでに米国では若者に乱用され、社会問題となった成分なのです。それもそのはず、デキストロメトルファンは、違法な幻覚薬ケタミンと同様の薬理作用を持っています。当然、不適切に大量摂取すれば、幻覚や知覚変容が誘発されたり、セロトニン症候群といって、高熱やけいれん、横紋筋融解症を呈する病態を惹起したりする危険性があります。

 また、致死的な事態を招くこともあります。ある時期、市販薬ODによる死亡事件が立て続いて発生し、そのたびに国内の様々な警察署から警察官が捜査上の意見を求めて私のところにやってきました。そのなかで比較的有名な事件としては、2021年12月に滋賀県守山市で起きた、女子高校生の中毒死事件16や、2022年6月に池袋のホテルで発生した、38歳女性の中毒死事件17がそうです。

 これらの事件、死因にはメジコン含有成分が決定的な影響を与えていましたが、にわかには理解しがたい点がありました。というのも、死亡したケースは決してメジコンだけを過剰服薬していたわけではなく、メジコンと一緒にブロンやパブロン、さらには精神科処方薬なども相当大量に服用していたからです。それにもかかわらず、遺体血中で致死量を超えていたのは、メジコン含有成分であるデキストロメトルファンだけでした。その事実から死因を推論すると、デキストロメトルファン中毒による自発呼吸の停止と考えられます。

 なぜこんなことが起こったのでしょうか?

 実は、死亡したケースには共通点がありました。それは、様々な市販薬ODに際して、同時に柑橘系果汁入りのストロング系チューハイを飲んでいたことです。デキストロメトルファンは肝臓のCYP(Cytochromes P450)3A4という酵素で代謝されますが、この酵素は柑橘系果汁によってその働きが長時間にわたって阻害される性質を持っています。ここから先はあくまでも私の推測ですが、ストロング系チューハイに含まれる柑橘系果汁によってデキストロメトルファンだけの代謝がストップし、その血中濃度が上昇して、最終的に致死量を超えたのでしょう。

 私は、再三、このメジコンを「濫用等のおそれのある医薬品」として販売個数制限の対象に含めるべきと主張してきました。私だけではありません。厚労省が2022年9~10月にかけて募集した、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 施行規則第15条の2の規定に基づき濫用等のおそれのあるものとして厚生労働大臣が指定する医薬品の一部を改正する件(案)」に関するパブリック・コメントにおいても、メジコンなどのデキストロメトルファン含有市販薬を販売個数制限の対象とすべきという意見が複数出ていました18

 しかし、それにもかかわらず、本稿を執筆している2024年6月時点、国はいまだメジコンを「濫用等のおそれのある医薬品」に含めてはいません。

「モノ」の管理・規制だけでなく、痛みを抱える「ヒト」の支援も!

セルフメディケーションは国民を本当に健康にしたのか?

 最近、気になっていることがあります。それは、ドラッグストアチェーン業界と厚生労働省との関係がいささか緊密すぎないか、ということです。実際、日本チェーンドラッグストア協会は、専務執行役員として元厚生労働省官僚を迎え続けています19。また、日本医薬品登録販売者協会が編集した書籍のなかで、現役の厚生労働省官僚が、「登録販売者はセルフケア・セルフメディケーション推進の重要なステークホルダー」「OTC薬の販売に一番詳しいのは登録販売者」などと、私からすると、「冗談も休み休みにしろ!」といいたくなるような発言をしています20

 かねて疑問に感じていたことがあります。それは、セルフメディケーションは本当に国民を健康にするのか、という疑問です。すでに見てきたように、市販薬に採用されている成分は、今日における医学の水準に照らしてみると、「古い」といわざるを得ない成分が含まれていたり、やたらとカフェインが含有されていたりします。また、メジコンのように市販薬化された途端に乱用対象となり、人の命を奪うことになった薬剤もあります。

 セルフメディケーションが本当に医療費削減に貢献しているのかも検討すべきでしょう。実際、すでに市販薬依存症患者が増加し2、コロナ禍以降、市販薬の過剰摂取による救急搬送患者は顕著に増加したことも報告されています21。国民の市販薬アクセス向上によって、確実に治療を要する病気は増加しているのです。

 これだけの事実がありながら、国の対応は鈍いといわざるを得ません。これまでも様々な機会を捉えて国に対策を求めてきましたが、そのたびに、「エビデンスが不十分」「規制されると困る人もいる」「他に代替薬がない」などとうやむやに濁されてきました。

 いわゆる「ドラッグ」と呼ばれるようなの薬物の規制とはあまりにも好対照です。というのも、「ドラッグ」の場合にはきわめて脆弱な根拠――檻に閉じ込めたラットに規制候補薬物を大量に投与するという、いささか荒唐無稽な実験の結果――だけで簡単に規制・犯罪化に踏み切ってきたからです。わが国の薬物政策は、薬物を「よい薬物(医薬品)」と「悪い薬物(違法薬物)」とに分け、前者には過度に甘く、後者には理不尽なまでに厳しい姿勢という格差があまりにも顕著であるように思います。

厚生労働省「医薬品の販売制度に関する検討会」

 若者に広がる市販薬乱用に対して、2023年2月、厚生労働省は「医薬品の販売制度に関する検討会」22を立ち上げました。同委員会最終とりまとめ報告書によれば、「大量購買が疑われる者に対する登録販売者による確認の徹底」、あるいは、「未成年であることが疑われる場合には身分証明書での年齢確認の徹底」、さらには、「店舗内における市販薬過剰服薬の危険性に関する周知」などが明記されています23

 もっとも、こうした課題のいくつかはすでに多くのドラッグストアチェーンで実践されています。たとえば、「濫用等のおそれのある医薬品」を購入する客に対しては、登録販売者が「他店でも同じ商品を購入していませんか? 不適切な使用はしていませんか?」などといった声かけがなされています。ただ、私がいくつかのドラッグストア店舗で観察したかぎりでは、そうした声かけは、「仕方がないからやっています」「一応やりましたからね!」という、いかにもアリバイ作りのための形式的声かけにとどまり、その実効性はかなり疑わしいといわざるを得ません。

 また、未成年への販売中止は、子どもたちに非合法なルートから市販薬入手を促す可能性があります。私自身の臨床経験でも、年長の男性に代理購入してもらい、対価として性的サービスを提供する、あるいは、非合法ルートから不当に高い価格の市販薬を購入するために「パパ活」をする、といった状況が散見されています。なかには、非合法ルートから市販薬を入手すると、「おまけ」として大麻やMDMAなどの違法薬物がついてくる、といった事態も発生しています。

 それから、ドラッグストア店舗内での啓発については、もはや無意味といってよいかもしれません。「命を失うこともあります!」などと啓発されたところで、そもそも市販薬乱用者の多くは、常日頃から「消えたい」「死にたい」と考えている人たちです。かえって好奇心を刺激されかねません。

 臨床現場で市販薬依存症患者と日々会っている立場からすると、こうした事態は容易に予想できたことばかりでした。しかし、「医薬品の販売制度に関する検討会」の構成員を見るかぎり、それには限界があったのだろうと思います22。というのも、各関連団体からの形式的な代表者を除けば、メンバーの大半は、「薬物」の専門家ばかりで、「薬物に依存する人間」の専門家は1人も入っていないからです。これでは、議論は薬物という「モノ」の規制・管理の話に終始し、薬物 を必要とする「ヒト」が抱える痛みは見落とされてしまうでしょう。

市販薬を乱用するヒトが抱えている痛みとは?

 若者たちにおいて、市販薬乱用と自殺は密接に関連しています。といっても、「市販薬はその薬理作用によって人を自殺に走らせる」といいたいのではありません。「自殺リスクを抱えている人が、死にたい気持ちを一時的に紛らわせるために市販薬を過剰摂取している」という意味です。

 2023年4月に、千葉県松戸市で女子高校生2人がマンションの屋上から飛び降り自殺で死亡しました。この事件は、彼女たちがみずから飛び降りる場面を動画配信していたことで、社会に衝撃を与えました。彼女たちは飛び降りる直前に大量の市販薬をストロング系チューハイで流し込んでいて、おそらくは酩酊状態で行為におよんだと思われますが、それよりもはるか以前より、「自分の顔が嫌い」という醜貌恐怖に苦しみ、連日、市販薬ODをくりかえしていたことが報じられています24

 第1回でも触れたように、コロナ禍以降、10代、20代の女性を中心に市販薬依存症患者や、市販薬過剰摂取による救急搬送患者が増加していますが、これに同期して、コロナ禍以降、高校生女子の自殺者数は一気に増加し、ずっと高止まりしたままの状態が続いています。実際、私自身の臨床経験においても、最近自殺された患者の多くが若い市販薬依存症の女性でした。

 市販薬依存症を抱える若い女性患者は、次の2つの点で薬物依存症治療のあり方を根本から覆しつつあります。1つは、彼女たちは、従来、「依存症治療の原則」とされてきた方法論が通用しない、という点、そしてもう1つは、彼女たちにとって薬物の問題は、治療や支援につながるための入場券にすぎず、本当の問題は薬物とは別のところにある、という点です。

 かつて薬物依存症の治療目標は、問答無用で「断薬」でした。たとえば覚醒剤依存症の治療がそうです。なるほど、結果的に「まだ完全には覚醒剤をやめ切れてはいないが、それでも前よりマシになった」という状況はよくありますが、だからといって、公式な治療目標として、最初から「覚醒剤を使用する頻度や量を減らしましょう」と高らかに宣言されることはありませんでした。

 ところが、市販薬依存症の治療はそうはいかないのです。患者の多くは、トラウマ関連精神疾患の様々な症状ーーフラッシュバックや過覚醒、不安や恐怖、突発的に涌き起こる自殺衝動ーーや、併存する精神疾患の症状への対処として、いわば自己治療的に市販薬を使用しています。したがって、断薬は自身の苦痛を悪化させるばかりか、ときには死を引き寄せることさえあります。

 実際、市販薬依存症患者のなかには、ODによる呼吸停止や心不全で不本意な事故死となった者がいる一方で、断薬後にトラウマ記憶のフラッシュバックが悪化し、それがもたらす圧倒的な恐怖と自殺衝動に突き動かされて自ら死を選択した者もいますーーそれも、縊首など、OD以外の方法で。

 最近数年、私が診察室で会ってきた市販薬依存症患者とは、まさにそのような人ばかりでした。そうした臨床経験を積み重ねるなかで、私は薬物依存症治療のあり方や治療目標を根本から考え直す必要に迫られました。いまや薬物依存症治療においては、「薬物をやめる/やめない」よりも、いかにして生き延びてもらうかの方がはるかに優先すべき重要課題となっています。

 おわりに

 今回、ドラッグストアの増加やインターネット販売の規制緩和などにより、市販薬へのアクセスが向上したことと、若者における市販薬乱用・依存の拡大との関係を中心に、様々な問題点や課題を指摘してきました。しかし一方で、多くの人がその利便性の恩恵に浴しており、いまさら昔に後戻りできないと感じているはずです。

 何を隠そう、この私からしてそう感じる者のひとりです。汚い話で恐縮ですが、たとえば臀部にできたおできの治療のために抗生物質入り軟膏が必要な場合、店頭で直接する購入するのはちょっとした勇気が要ります。というのも、店員や周囲の客から自分がどう見られるのか、「あいつ、きっとケツのおできに悩んでいるんだぜ」と噂されやしないかなどと心配になるからです。しかし、Amazonでポチッとするだけで購入できれば、そうした、いささか被害妄想めいた心配から解放されます。

 私は決して「昔に戻れ」とか、「不便さに耐えよ」といいたいのではありません。そうではなく、この市販薬乱用禍のいまこそ、わが国の薬物政策を再考すべきである、といいたいのです。

 実際、薬物乱用防止教育に携わる人たちにとって、市販薬は、闇のなかから忽然と姿を現した伏兵のような存在です。いきなり現れるや否や、わが国の薬物乱用防止教育のあり方を根底から揺さぶり、子どもたちを前にして演台に立つ彼らの自信を喪失させ、失語症にさせてしまいます。

 当然でしょう。これまでわが国の「ダメ。ゼッタイ。」教育において、「薬物に1回でも手を出したら人生破滅」という脅しが一定のインパクトと説得力を持ったのは、子どもたちに覚醒剤や大麻の使用経験がなかったからです。ところが、今日、わが国で若者に最も多くの健康被害をもたらしている薬物は、「1回使っても人生が破滅しないことを実体験済み」の身近な医薬品です。もはや大人たちの嘘は通用しません。

 これまで何度もいってきたことですが、純粋に医学的に見るかぎり、薬物には「よい薬」も「悪い薬」もなく、あるのは、「よい使い方」と「悪い使い方」だけなのです。そして忘れてはならないのは、「悪い使い方」をする人は何らかの困りごとを抱えている、ということです。

 若者たちの市販薬乱用が広がっている現在、薬物乱用リスクの高い子どもは、同時に、自殺ハイリスク集団であるとの認識が必要です。従来の、「ダメ。ゼッタイ。」といったキャッチコピーで象徴される、逸脱や非行・犯罪の文脈で行われてきた、薬物乱用防止教育は、もうおしまいにすべきでしょう。これからは「悩んでいる子どもが安心してSOSを出せる社会」を目指し、自殺予防教育と合流するべきではないか?ーー私はそう考えています。

 

 文献

1. 松本俊彦:最近の危険ドラッグ関連障害患者における臨床的特徴の変化:全国の精神科医療施設における薬物関連障害の実態調査:2012年と2014年の比較.精神神経学雑誌 120(5) ,361-368,2018.

2. 松本俊彦,宇佐美貴士,谷渕由布子ほか:処方薬・市販薬依存症患者の実態と通院治療プログラムの開発に関する研究.令和5年度厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)処方薬や市販薬の乱用又は依存症に対する新たな治療方法及び支援方法・支援体制構築のための研究(研究代表者 松本俊彦)総括・分担研究報告書.7-19, 2023.

3. 宇佐美貴士,松本俊彦:10代における乱用薬物の変遷と薬物関連精神障害患者の臨床的特徴.精神医学 62(8): 1139-1148, 2020.

4. Diamond Chain Store Online:10兆円を射程に、2020年度の国内ドラッグストア市場規模は8兆363億円! 

5. 日本ソフト販売株式会社:【2024年版】ドラッグストアの店舗数ランキング. 

6. マイナビ薬剤師:ドラッグストア経営に必要なこととは?現状や開業の流れについても解説.

7. 薬読:【22年度登録販売者試験】合格者再び3万人割れ~全国的に受験者数が減少. 

8. 厚生労働省:セルフメディケーション推進に関する有識者検討会. 

9. 厚生労働省:セルフメディケーション税制(特定の医薬品購入額の所得控除制度)について. 

10. ツギノジダイ:【パブロン】ケシの殻から始まった咳止め 「早め早め」でトップシェア. 

11. 妹尾栄一, 森田展彰, 斎藤学ほか:市販鎮咳剤の乱用に関する社会精神医学的研究:成分変更にともなう乱用動態の変化. 精神神経学雑誌 98(3), 127-150, 1996.

12. 厚生労働省:濫用等のおそれのある医薬品の成分・品目及び数量について. 

13. 井艸恵美:市販薬の「大量服用」に依存する人の切実な実態 販売規制や啓蒙教育だけでは防止できない. 東洋経済ONLINE.

14. 厚生労働省:濫用等のおそれのある医薬品の 改正について.

15. Usami T, Okita K, Shimane T, et al.: Comparison of patients with benzodiazepine receptor agonist-related psychiatric disorders and over-the-counter drug-related psychiatric disorders before and after the COVID-19 pandemic: Changes in psychosocial characteristics and types of abused drugs. Neuropsychopharmacol Rep., 44(2), 437-446, 2024 https://doi. org/10.1002/npr2.12440

16. 京都新聞:死亡女子高生と2容疑者は「オーバードーズ」仲間 滋賀・守山の誘拐事件. 

17. 朝日新聞:せき止め大量摂取か、女性死亡 昏睡状態で放置容疑の医師ら逮捕. 

18. 厚生労働省:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 施行規則第15条の2の規定に基づき濫用等のおそれのあるものとして厚生労働大臣が指定する医薬品の一部を改正する件(案) 」に関するパブリック・コメント. 

19. 薬事日報:専務執行役員に元厚労省総務課長の中澤氏 日本チェーンドラッグストア協会.

20. 一般社団法人日本医薬品登録販売者協会 編:医薬品登録販売者、結集せよーーウェルビーイングカタリストを目指して.評言社MIL新書, 2023.

21. 日経メディカル:NEWS◎首都圏の救急センター3施設の集計の結果 OTC薬の過量服薬による救急搬送、コロナ禍で3倍に. 

22. 厚生労働省:医薬品の販売制度に関する検討会. 

23. 厚生労働省:医薬品の販売制度に関する検討会 最終とりまとめ. 

24. 渋井哲也:《松戸市・女子高生転落死》「お前なんか生まなければ良かった」と…悲劇の連鎖を止めるために必要なこと.  

 

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著者略歴

  1. 松本 俊彦

    精神科医。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長/同センター病院 薬物依存症センター センター長。1993年佐賀医科大学卒。横浜市立大学医学部附属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部、同研究所自殺予防総合対策センターなどを経て、2015年より現職。第7回 日本アルコール・アディクション医学会柳田知司賞、日本アルコール・アディクション医学会理事。著書に『自傷行為の理解と援助』(日本評論社 2009)、『もしも「死にたい」と言われたら』(中外医学社 2015)、『薬物依存症』(ちくま新書 2018)、『誰がために医師はいる』(第70回日本エッセイスト・クラブ賞、みすず書房 2021)他多数。訳書にターナー『自傷からの回復』(監修、みすず書房 2009)、カンツィアン他『人はなぜ依存症になるのか』(星和書店 2013)、フィッシャー『依存症と人類』(監訳、みすず書房 2023)他多数。

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