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『図書』2024年8月号 目次 【巻頭エッセイ】野矢茂樹「哲学の真剣勝負」

◇目次◇

哲学の真剣勝負……野矢茂樹
「もはやない」状況と「まだない」状況……酒寄進一
物語を語らぬ絵本……木下眞穂
女性落語家増加作戦……柳亭こみち
プッチーニが聴いた「越後獅子」……桂小すみ
ウンガレッティの“俳句”と感性……ディエゴ・マルティーナ
反対語から考えを深める……塩瀬隆之
扇の話、裏おもて(下)……福井芳宏
世の中疎む? 親しむ燈火なのよ……前田恭二
船戸与一さんの場合……山田裕樹
彼女たちの死……中村佑子
UFOを吊るす紐……川端知嘉子
「輝かしきモンスター」……前沢浩子
コーヒー賛歌……西尾哲夫
上野不忍池「剣豪櫛淵虚冲軒之碑」と小西湖……金文京
目撃談が絶えないフクロオオカミ……川端裕人
こぼればなし

八月の新刊案内

(表紙=加藤静允) 
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
哲学の真剣勝負
野矢茂樹
 

 大森荘蔵先生は授業でも自分の議論に対して反論を求めてきた。われわれはなんとか反論してやろうと挑み、そして手もなく反撃されるのが常だった。そんな大森先生の薫陶を受けた七名が集まって、本格的に反論を試みたのが、一九八四年に出版された『哲学の迷路』である。七本の批判論文に対して大森先生からの応答が返される。大森先生だからこその企画だった。私は最年少の二十九歳で参加させてもらった。あれから四〇年がたち、今度は私が九人の気鋭の哲学者たちの批判を受けることになった。『野矢哲学に挑む』という、私としてはいささか気恥ずかしい思いのするタイトルがつけられている。

 例えば鈴木雄大は、「有視点把握は無視点把握に依存する」という私の中心的テーゼを真っ向から否定し、有視点把握は無視点把握なしに可能だと論じる。竹内聖一は、相貌論と意図の構成テーゼという二つの議論を取り上げ、「意図の構成テーゼを正しいとするなら、相貌論は成り立たない。意図の構成テーゼに従うならば、可能な障害と調整の物語のようなものを認める余地はないからだ。この二つの主張は両立不可能なのである」と主張する。ね、本気で倒しにきてるでしょう?

 だったら私だって負けてはいられない。返り討ちにしてくれる。しかし、ある箇所では彼らの方が私より先に進んでいることを認めざるをえなかったし、彼らの議論に再反論することで、私自身の考察が深まりもした。本書の帯に書いた言葉に偽りはない。「真剣勝負。私は楽しくってしょうがなかった。」

(のや しげき・哲学)

 
◇こぼればなし◇

〇 ドキュメンタリー映画『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』は昨年六月に那覇の劇場で封を切り、その後、全国で公開されましたが、先日、小欄筆者も遅ればせながら東京都写真美術館ホールで観てきました。監督の映像ジャーナリスト、河邑厚徳(かわむらあつのり)さんによる書籍『ドキュメント『沖縄戦の図』全14部──丸木位里と丸木俊が描いた〈いのち〉の叙事詩』(今年六月に小社刊)もその後に読み、河邑さんのねらいである「戦争を頭でなく心で見えるものとする」を身をもって体験した次第です。

〇 「原爆の図」制作開始から三十余年。「原爆をかき、南京大虐殺をかき、アウシュビッツをかいたが、沖縄をかくことが一番戦争を描いたことになる」(丸木位里)との思いのもと、晩年の夫妻は一九八二年から八七年にかけて沖縄に通い続け、地上戦の現場をめぐり、体験者の話を聴き、沖縄戦を一四部の連作に仕立てます。沖縄のアトリエは、南部の南城市佐敷から那覇の首里へ、そして米軍上陸の読谷村へ、と三つの地点を移動。偶然にも、沖縄戦の時間を逆にたどるようにです(書籍五四頁)。

〇 全一四部の最初の二枚は、敗戦後の一九四五年八月二〇日夜に起きた「久米島の虐殺」。日本軍の通信兵による島民一家殺害事件でした。スパイ容疑からの家族皆殺しを描き、「罪もない子どもを虐殺する日本兵の眼は空白である」(一頁)。なぜ、この二枚から連作が始まっているのか。日本兵の眼が空白に描かれているのはどういうわけか。河邑さんは絵の細部に迫り、画家の真意に寄り添いながら、考察を掘り下げていきます。

〇 読者は「沖縄戦の図」各場面の史実や背景を知る過程で、殺し殺されていった人びとの眼、とくに丸木俊にとって大きなテーマだった母子の眼差し、女性や子どもたち、お年寄りの眼の力に捉えられるのではないでしょうか。その眼に見返され、射られる体験。たとえば作品八「ひめゆりの塔」。一九七五年、皇太子夫妻に向けて火炎瓶が投げつけられた事件の瞬間がモチーフです。が、そこにはその三〇年前に亡くなったひめゆり学徒の一〇代の少女たちの顔がいくつも浮かんで、私たちを見つめているのです。

〇 この「ひめゆりの塔」の他、一九八三年の基地反対闘争を描いた作品七「暁の実弾射撃」など、全一四部には本土復帰後の沖縄の実相がテーマの作品も含まれます。「丸木夫妻は、沖縄住民にとっては、戦前の状態に戻るまで戦争は終わっていない、基地反対運動として続いている、ととらえた」(四二頁)からです。

〇 「沖縄戦の図 全14部」が収蔵される沖縄県宜野湾市の佐喜眞(さきま)美術館の開館に至る経緯も、映画と本で紹介されます。沖縄戦の翌年に生まれた鍼灸師の佐喜眞道夫さんが丸木夫妻と出会い、米軍普天間基地に接収されていた先祖の土地を取り戻し、そこに一〇年越しで美術館を開く奇跡のドラマ。その詳細は、佐喜眞さんの著書、岩波ブックレット『アートで平和をつくる──沖縄・佐喜眞美術館の軌跡』で知ることができます。


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