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アストリッド・リンドグレーン

 

2020年は『長くつ下のピッピ』が生まれて75周年です。
世界中の子どもと子どもだったひとたちから愛されているアストリッド・リンドグレーンの作品と、その世界をご紹介いたします。
 
 
  
Astrid Lindgren,1907-2002
 スウェーデンの児童文学作家。1907年、スウェーデン南部、スモーランド地方のヴィンメルビーという小さな町の外れにある農場主エリクソン家に生まれる。のちに子ども時代を振り返り、「遊んで遊んで遊び死にしなかったのがふしぎなくらい」(『遊んで、遊んで』)と述べるほど、豊かで楽しい子ども時代をおくるが、19歳で未婚の母となり故郷を離れ、ストックホルムで秘書としての訓練を受けて自活の道を歩む。
*アストリッドの青春時代から、息子ラーシュと離れて暮らさざるをえなかった20代前半の怒濤の時代については、映画「リンドグレーン」で描かれています。
 就職先でステューレ・リンドグレーンと出会い、結婚。しばらく家事と育児に専念していたが、1939年にストックホルム大学の犯罪学者ハリー・セーデルマン(愛称”リボルバー・ハリー”)の秘書として働く(このときの経験が、のちの「名探偵カッレ」シリーズに生かされている)。第二次大戦勃発と同時に日記をつけ始める(のちの『戦争日記』)。
 娘カーリンやその友人に語り聞かせていた「長くつ下のピッピ」の物語を文章にまとめ、カーリンの10歳の誕生日に贈る。その後、1945年にラベーン&シューグレーン社より『長くつ下のピッピ』として出版され、子どもたちの心をとらえる。児童書の編集者を続けながら、『名探偵カッレ』『やかまし村の子どもたち』と、つぎつぎに作品を発表、86歳まで創作を続ける。その作品は全世界100か国以上で読み継がれている。
 1978年のドイツ書店協会平和賞授賞式でのスピーチ(『暴力は絶対だめ!』)がきっかけとなり、翌年に子どもへの体罰禁止がスウェーデンで法制化されるなど、その思想や活動は社会にも多大な影響を与えていた。2002年に94歳で死去、故郷ヴィンメルビーの家族墓地に眠る。没年、スウェーデン政府はその功績を記念して、「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」を設立。2005年には、原稿や書簡類がユネスコの「世界の記憶」に登録された。
 

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