web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

5/30刊 想田和弘『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』

特別寄稿エッセイ 想田和弘「『ザ・ビッグハウス』読んでから観る、観てから読む」

 
 現在劇場公開中の最新作『ザ・ビッグハウス』(2018年、119分、観察映画第8弾)は、アメリカでも最大のアメフト場「ミシガン・スタジアム」についてのドキュメンタリー映画である。同スタジアムはミシガン大学のアメフトチーム・ウルヴァリンズの本拠地で、10万人を収容可能だが、毎回満員になるほど人気がある。僕にとっては、アメリカで初めて撮った観察映画である。

 この作品を僕は、ミシガン大学の学生や教官たち16名と共同で監督した。「映画のラストをどう締めるか」については制作チームの中でも意見が大いに割れて、最終的には投票で決定した。そしてその何もかもが異例なプロセスを、『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』(岩波書店)という書物に記した。本のタイトルにあるように、映画を撮って本を書く作業は、アメリカという国を見つめ直す作業になった。「読んでから観るべきか、観てから読むべきか」とよく聞かれるが、どちらから入るのも面白いのではないかと思っている。

 興味深いのは、映画に対する反応が人によって180度違うことである。僕の親などは「お前の映画とは思えないほど、爽快で面白かった!」と手放しで褒めていたが、古くからの友人は「観ながらずっと気持ち悪かった」と写っているものに対する不快感を隠さなかった。ベルリンの批評家からは「あなた方は(ファシズムの)共犯者ではないか」と遠回しではあるが批判された。こうした反応の違いは、その人がアメリカという国やその一体感、ナショナリズムや同調圧力について、どんな感情を抱いているかによって生じているように見えた。

 僕は常々、作り手がピッチャーであるならば、観客はキャッチャーではなくバッターであってほしい、と申し上げている。つまりキャッチャーのように作り手の投げたボールを単に受け取るのではなく、バッターとして打ってほしいのである。それこそいろんな方向に。
 そういう意味では、『ザ・ビッグハウス』は映画として成功したのではないかと思っている。
 

バックナンバー

著者略歴

  1. 想田 和弘

関連書籍

閉じる