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シリーズ「日本の中の世界史」完結記念 座談会

「日本の中の世界史」完結記念 座談会(後編)

出席:南塚信吾・木畑洋一・小谷汪之・久保亨・油井大三郎・池田忍・吉見義明

     司会・進行:渡辺 勲(編集者。元 東京大学出版会)

 

【前編から続く】

――南塚さんのお話は「自著」だけではなく「シリーズ」全体に及ぶものでしたが、この座談会の前半はここまでとして、これから後半に入ります。前半は「自著」について語っていただいたわけですが、後半は、木畑さんには「南塚さんと油井さんの本」について、南塚さんには「木畑さん、小谷さん、久保さんの本」について、そして小谷さんには「池田さんと吉見さんの本」について、それぞれ語っていただきます。その後には本当は、書き手さんたちとの議論が必要なのですが、紙幅の関係もあってそうなっていません、お許し下さい。では最初に木畑さん、お願いします。

木畑 南塚さんの『「連動」する世界史』はシリーズの巻頭にふさわしいもので、この間の『史学雑誌』の「回顧と展望」の中でも何度か言及されています。グローバルヒストリーの一つの型だというわけです。ただ、グローバルヒストリーと言ってよいのかどうか、それも論点にはなると思います。グローバルヒストリーでよく言われるのが「比較と関係」ということですが、その内ダイナミックな様相を示す関係という視点をさらに進めて、グローバルな変化をダイナミックに扱おうとする、そういう作品だと思います。

 南塚さんは反省事項として、結局のところヨーロッパがどうしても基軸になっているのではという批判がありうる、とされていますが、私は、それは仕方がないのではないかと思います。どこかで大きな力が働いて、風船がどう動くかという時に、19世紀において力になるのはやはりヨーロッパです。南塚さんは歴史を動かす主体というものを考える限界がきているとお考えですが、そうした大きな力のもとで、いろいろな危機が生じ、主体としての民衆の力というものが出てくる、そこに風船の焦点が移っていくといった構造を、全体としてもう少し敷衍していただければさらに分かりやすくなったのかな、と思います。

 また、ヨーロッパ以外のところからヨーロッパに対して働きかける力、影響というものもいろいろあるはずで、その辺りのところももう少し見えてくると、全体の構図がはっきりしたのではないか、という感じがします。

 それから、これはさっき南塚さんが言われたことですが、この本での世界のイメージがどの時期まで通用するのかという問題があります。21世紀にはそのままでは通用しないと言われたわけですが、この本は20世紀の初頭で止まっているわけですね。その後、特に二つの世界大戦を経ることによって、連動する世界史という南塚さんのイメージがどのようになるのかということを、「あとがき」あたりで展望として書かれていれば良かったのではないかという気がしました。

 次に油井さんの『平和を我らに』ですが、アメリカと日本の間の比較の視点が非常によく出ている本だと思って読みました。一方で、関係とか連動という点については、日米間の交流が思っていた以上に多様に存在していたことを発見した、と言われましたが、それが私には気になります。例えば、マスティとかデリンジャーといった人々が非常に大きな意味を持っていたことが、読んでいて印象的でしたが、そういった思想に誰がどの程度影響を受けたかという点をもっと知りたい気がします。それからアメリカとの関係での日本の受け皿ということになると、鶴見俊輔にせよ小田実にせよ、鶴見の場合は特にそうでしょうが、自身のアメリカ体験がもった意味がきわめて大きいわけで、そういった点についてはチラリと書いてあるけれど、もっと知りたいと思います。思想の流れといっても、具体的には個々の人間を通して入ってくるところが重要です。鶴見や小田といった個人的な影響力を強くもった人たちとアメリカとの関係がもう少し出てくれば、その辺の構図がよりいっそうはっきりしたのでなないかと思うわけです。 

――次は、南塚さんからの批評です。

南塚 木畑さんの『帝国航路を往く』は本当に広く目配りの利いた内容で、さすがだなと思いました。様々な人が日本のいる場所、日本の行く場所、そういうものに思いを抱いていたということはよく分かる。そういう意味では、ナショナルヒストリーを超える視座というのを持っていることは間違いないと思います。いろいろなナショナルヒストリーについてこのような作業を行っていけば、世界史というのはもっと変わっていくだろうなと思いました。

 注文するとすれば、いろいろな人がこういうふうに言っていたという羅列的な所が見えるので、そういうものの集積が一定の時代においてどういう意味を持ったのかということをもっと見えるようにすると良かった。例えばある時代を考えてもいいと思うのですが、1860年代のそういう人たちの知見がどういうものが支配的で、どういう受け方がマイナーだったのかとかですね。そしてそのような集積の結果はどうか、それらの力関係はどうかとかが示されると良いなと思いました。

 あの頃、帝国航路に限らないで考えるとすれば、シベリアルートもあったのだろうし。ひょっとしたら太平洋ルートのようなものもあったのかもしれないけれど、それらを含めて一つの集合体として全体像が見えてくると、それはまさに素晴らしい世界史となって現れてくると思いました。

 小谷さんの『中島敦の朝鮮と南洋』は例によって精緻な仕事で、とても足元には及ばないなと思いました。特に面白かったのは中島の朝鮮観と南洋観との成熟度の違いということで、南洋の方はまだ生(なま)だという話があって、そういう成熟度の違った植民地観というのは、今後どこでどういうふうに整理されていくのかに関心がありますね。さて、それを措くとしても、小谷さんはこの本の中で、読み違いがなければですが、世界史という言葉を一度も使っていないのです。結果として分かればよいが、小谷さんの方針だとは思うのですが、使っていません。では小谷さんは、世界史の可能性をどこに見出したのか、見たと言うなら、どこに問うているのか、そういう疑問を持って読んだわけです。

 すると、小谷さんの本から読み取れるのは、世界史における植民地認識ということです。本国の人が植民地をどう認識したのか。成熟した認識にしても、生々しい認識にしても、です。そういう問題を、小谷さんは読者に、問い掛けているのだと思うのです。世界史の中における本国と植民地、あるいは被支配地というものに対する意識・認識、そういうものの集積として、新しい認識の世界史というのが多分作られていくのだろうと思います。そのことについて小谷さんは禁欲的で、何も語らないと言うか、読者に任せるのですね。

 久保さんの『日本で生まれた中国国歌』は、私が幼稚な形で持っていた中国史認識をひっくり返してくれました。この本からまず受けた印象は、「日本の中の世界史」と言うよりも、「中国の中の世界史」という観点が柱になっているということでした。だから、中国の歴史の折々に触れて、欧米の知見が学ばれたり、あるいは、日本を通して欧米の知見が学ばれたり、日本そのものよりも、日本を通して欧米が学ばれていたのだということがよく分かりました。そういう日本、あるいは裏にある欧米とのやりとりの中で、中国の歴史が形成されてきているのだと示してくれました。外に開かれた中国の歴史は、大成功で、おそらくこういう中国史は日本の中にはなかったのではないかと思いました。

 でも私にはやはり「日本の中の世界史」にこだわるところがあります。そういうことは何も書かれていないけれど、ただ読み取っていくことはできる。中国の歴史に何がしかの関連を持った諸事件が日本の中に起こっているとか、あるいは中国に欧米の知見を伝達した日本というのがあるではないかとか、中国の歴史を動かすような留学生に、生きる場を与えた日本ということもあるのではないかと、こういうことが書かれているわけですが、これらのことはこの本の本流ではないわけですね。それを、いろいろな章のところにまとめると、もう少し「日本の中の世界史」ということも生きて来たように思います。

――最後になりますが、小谷さん、よろしくお願いします。

小谷 池田さんの『手仕事の帝国日本』については、「美術」の「制度化」という章などを読んでいると、まさに世界史の中の日本美術だということが非常によく分かって、とてもいいと思いました。

 ただ、よく分からなかったことがあります。それは第2章の「帝国の工芸と「他者」」というこの表題と書かれた内容との関係についてです。帝国の工芸というのは一体何だろうなと思いました。池田さんが書かれているように、1927年に帝展で工芸部門が第4番目の部門として入る。それまでは工芸は排除されていたのですが、そうすると、「帝国の工芸」ということが言えるのは、1927年以降ではないかと思うのですが、ここのところはどうでしょうか。

 それと「他者」というのは、女性であるとか「野蛮人」であるとか農民とか、場合によっていろいろだと思いますが、これは誰にとっての他者なのか。他者という言葉がいろいろなところに出てくるのですが、それぞれ誰にとっての他者かが違うのではないかという感じをいくらか受けました。

 それから、富本憲吉個人に関することですが、富本も結局は「美術をめぐる制度」に取り込まれたと書かれています。日本美術報国会という文学報国会と同じような戦争協力のための美術家の団体がありますね。その第4部の工芸部門の責任者は高村光太郎の弟の高村豊周なわけですが、富本はこれとは関係していないのでしょうか。

 次に、吉見さんの『買春する帝国』についてですが、廃娼運動といった運動がまさに国際的問題であることがよく分かる、中でも1921年の国際連盟の「婦人及児童の売買禁止に関する国際条約」については非常にいいですね。さきほど吉見さんが言われたように、これを日本では、外国で廃娼、自国で公娼という形で受けとめた。要するにこの国際条約に調印しながら、それを朝鮮・台湾・関東州・樺太・南洋諸島には適用しないことにした。それでは、中国本土を占領した場合は、どうなるのだろう。占領すると占領地に娼館ができたりすると書かれていますが、それはこの条約とどう関係することなのか。

 もう一つ、婦人及び児童の売買禁止等々、こういう法律はみんな醜業に従事させるために人間を売買することを禁止するという、人身売買禁止条例ですよね。売春行為そのものを禁止するという法律ではない。これはどうしてこうなるのだろう。売春行為そのものを禁止するというのは、法律的に難しいことだからこうなるのか。あるいはもともと奴隷制廃止の議論の延長にこういう問題が出てくるから、人身売買の禁止という方向に行くのか、この辺は一体どう考えたらいいのかをお聞きしたい。

――ここで、池田さんと吉見さんからは、一言だけになりますが、小谷さんの質問に応えていただきましょう。

池田 まず一つ目の帝国の工芸の問題ですが、ご指摘のように帝展に部門が開設されて、確かにはじめて工芸は帝国の美術制度に正式に位置付けられた。とするとその前段階の工芸は、国に経済的利益をもたらすものから、「帝国」の文化表象の一翼を担うものへと変質し、表現内容が変わっていく過程ではなかったかと考えます。この本で取り上げた美術家たちは、その過程に関わったと。

 次に、「他者」という言葉を使いながら、誰にとっての「他者」なのか、きちんと議論していないというご指摘は、おっしゃる通りです。エリート男性知識人が、はからずも個として遭遇する「他者」と、国家、共同体の制度的に不均衡な力関係の下に位置付けられる「他者」とを分け、吟味して、両者の違いや連続性を論じることができたはずだし、そうすべきだったと思います。

 最後のご質問についてです。富本憲吉、そして山本鼎(かなえ)や藤井達吉も、1943年に組織された日本美術報国会に関与したという情報は得ていません。その頃、彼らは中央の美術界からはいささか離れた場所にいました。もっとも富本は、1930年代に遡り、国家による美術領域の統制強化を目的として改組された帝国美術院の会員に選ばれ、進む挙国体制に無縁ではいられませんでした。この本では1930年代以降を扱うことができなかったのですが、戦時国家体制と美術家たちとの相互関係については、ジャンルや世代の相違、ジェンダーといった観点から吟味する余地が大いにあると思います。

吉見 国際条約の件ですが、これは国内と植民地に関わるものですね。それで日本は植民地等については適用しないことにした。新たに占領した場合は、それは日本の領土ではないので、関係ないということになるのではないでしょうか。もちろん何をしてもいいというわけではなくて、そこにこの条約は及ばないということだと思います。

 それから、女性・児童の取引を禁止することについてですね。これは、もともとはイギリスで公娼制廃止運動が起こって公娼制を廃止するのですが、その次に白人の女性たちが海外で取引されるので、それを制限していこうというように発展していきます。しかし国際条約の規程は本国内の性買売には適用されない。海外に女性を売春目的で連れていく際に適用されるということで、それはどんどん厳しくなるわけです。最初は21歳未満の女性については無条件に駄目だけれども、1933年条約では成年女性の場合も禁止するというように厳しくなっていくのです。しかし、この国際条約は国内のシステムには適用されないということにされてしまうのです。

――それでは小谷さん、本座談会の締めのお言葉をお願いします。

小谷 シリーズ「日本の中の世界史」のための第1回研究会は、2014年8月4日に行いましたが、その半年前ぐらいから準備は開始しておりました。ただその頃には、南塚さんの提案で、シリーズ名は「世界史の中の日本、日本の中の世界史」ということになっていました。

 その時に私が考えたのは、南塚さんは先ほど天上から地球を見ているという話をされましたが、そういうマクロなアプローチで世界が全体として連動していく、そのような過程を捉える。それに対して、私は正反対に、個々の人間の目を通して世界を見るというミクロのアプローチをとる、そちらに極端化しようと思ったのです。

 このマクロとミクロの二つの極の間に、他の人たちの様々なアプローチが入っているようなシリーズになればいいなとは思ったのですが、大体そうなったのではないでしょうか。そういう意味では、とても良かったと思うのですが、皆さん、いかがでしょうか。

 今後、「日本の中の世界史」研究がどういうことになっていくのか、私たちのこのような試みが若い人たちに継承されて、もっと豊かな歴史像が様々に描かれて、日本史をもっと広い視野で捉えていくような、そのような方向へ向かって進んで行ってくれればと思うのですが、さて、どうでしょうか。 

 

  

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