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岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS

第1回 アレーテイア/陽の日〈岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS〉

1 Aletheia アレーテイア/An overflow from the River Lethe

ダフィット・テニールス(子)《シナノキの下の宿 Das Wirtshaus unter der Linde》
1645年頃,ライプツィヒ美術館
アルブレヒト・デューラー《森の中の池 Pond in the Woods》
1496年頃,大英博物館,ロンドン

 どこかで確かに見たはずの情景で、いまも強い印象が残っている、にもかかわらず、どうしてもそれがどこであったか思い出せないということがある。情景などと言えるほどなまやさしいものではない。たとえば川べりの木陰で男たちがテーブルを囲みゲームに興じている。けれど土手の向こうには増水した川の泥流があって、きっと、いっときのちには土手を越え、人々の長閑な時を呑み込んでしまうにちがいない。不思議なのは、その男たちばかりか、荒れた川のすぐ側(そば)にいる人たちもさして慌てる様子はなく平静であることだ。人々はおっとりと流れる時にまだ留まっている。それは忘れ難い情景だった。氾濫する泥水の切羽詰まった時間と、安閑とした時間がそこには並存していた。
 忘却とは無ではない、むしろ豊穣でまた肥沃ですらある。思い出せないが確かにそれがあったという実感が強く残っている。思い出せないがゆえに、それはますます存在感を増す。なんとか思い出そうとしても矛盾した言葉になって引き裂かれる。それは切迫しつつも穏やかであり続ける。
 フランドルの画家ダフィット・テニールスの描いた《シナノキの下の宿》という絵を、あるとき、たまたま見つけたときに、どこかで見たはずだと思っていたあの情景はきっとこの絵のものだったに違いないと考えた。けれど、この絵を所蔵しているライプツィヒの美術館になど行ったことはなかったから、この絵を見ていたはずだという記憶はきわめて怪しい。ただ確かにその情景があったはずだという、よく思い出せなかった記憶が再認されたにすぎない。見ているとこの絵もちがう気がする。
 忘却というのは実際に覚えていることよりもはるかに存在として過剰である。そのはっきり形にならない印象は言葉には尽くせないほど、まさに溢れている。ひとたびその実感にとりつかれれば、それらしきものをいかに見出しても、やがて、それもどうも違うと否定にいきつくことになる。忘却は一種の空白であるけれど、その空白は充溢していて、どんな実在する対象をも(それを認めないほどに)凌ぐのである。
 アルブレヒト・デューラーはこのような風景を多く(ときには夢の記憶をもとに)水彩スケッチとして残したが、画面に溢れているのは描かれた樹木などをはるかに圧倒する空白の量感である。

© Kenjiro Okazaki
Aletheia アレーテイア/An overflow from the River Lethe
2020,アクリル,カンヴァス,24.5×18.5×3 cm

※ 「アレーテイア」 古代ギリシア語で「真理」の意。アレーテイア(Aletheia)とはレーテー(Lethe、忘却・秘匿)の否定。レーテーはギリシア神話に登場する川の名前で、その水を飲む者はすべてを忘却するとされた。哲学者ハイデガーの重要な概念「存在忘却」にも象徴的に連なる。

※ ダフィット・テニールス(子)(1610-1690) アントワープ生まれの画家。

※ アルブレヒト・デューラー(1471-1528) ドイツ・ルネサンス期の画家。

 

2 The day of the Sun/Солнце смотрит/陽の日

熊谷守一《陽の死んだ日》
1928年,大原美術館,岡山県
(画像提供=大原美術館)

 画面、左端にはろうそくが描かれているが、その光はこの絵に必要ない。画面中央に描かれた人物は、みずから力強く光そして熱を発しているからである。エネルギーがみなぎっている(あえていうならば)血色のいい顔、その顔はロウソクの黄と同じく黄で塗られている。その顔をふちどり絡み合うような髪の毛、赤い衣服そしてそれをとりまく、物質化した光のような白の絵の具。筆触は燃えるようでもある。この熱量あふるる肖像が熊谷守一の愛児の死を描いたものであることを知るならば、その表現の生気あふるる描写との隔たりに深い意図があるようにも感じられてくる。太陽のような死。その子、陽は、まさにお日さまになったのか。

© Kenjiro Okazaki
The day of the Sun/Солнце смотрит/ 陽の日
2020,アクリル,カンヴァス,18.8×25.7×3 cm

※「Солнце смотрит」はロシア語、「(太)陽が見ている」の意。

※ 熊谷守一(1880-1977) 作品名にある「陽」は熊谷の次男。画面右下には「昭和三年二月二十八日朝 陽ノ死ンダ日 熊谷守一」と書かれている。


*本連載には、現在開催中の展覧会「TOPICA PICTUS」会場にて配布されているリーフレットに掲載された内容と重なるものがあります。

*とくに示したものをのぞき、著者自作以外の作品画像はパブリック・ドメインのデータを使用しています。

*「TOPICA PICTUS」の画集は、ナナロク社より発売されています。

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著者略歴

  1. 岡﨑 乾二郎

    造形作家。武蔵野美術大学客員教授。
    1955年東京生まれ。1981年の初個展「たてもののきもち」、1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、多くの国際展を含む展覧会に出品。主な個展として「ART TODAY 2002」(セゾン現代美術館、2002)、「特集展示 岡﨑乾二郎」(東京都現代美術館、2009〜2010)、「《かたちの発語》展)」(BankART Studio NYK、2014)、「視覚のカイソウ」(豊田市美術館、2019〜2020)。
    総合地域再創生プロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」、「なかつくに公園」(広島県庄原市)、「《ミルチス・マヂョル/Mirsys Majol/Planetary Commune》」(ガラス、セラミックタイルによる連続壁面、ハレザ池袋、豊島区)、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター、2002)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど。
    展覧会企画として「ET IN ARCADIA EGO ――墓は語るか」(武蔵野美術大学美術館・図書館、2013)、「抽象の力――現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展(豊田市美術館、2017)、「坂田一男 捲土重来」展(東京ステーションギャラリー、岡山県立美術館、2019~2020)など。
    灰塚アート・ステュディウム(ディレクター、1996〜2000 )、四谷アート・ステュディウム(ディレクター、2002〜2014)。主著に『抽象の力 近代芸術の解析』(亜紀書房、2018)、『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、文藝春秋、2014)、『芸術の設計――見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社、2007)。『ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ』(絵本、谷川俊太郎との共著、クレヨンハウス、2004)。

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