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コロナ禍の東京を駆ける

2 変わる生活困窮者のニーズ、命綱はWi-Fi(小林美穂子)〈コロナ禍の東京を駆ける〉 

2 変わる生活困窮者のニーズ、命綱はWi-Fi 
小林美穂子

 2020年4月7日、東京に緊急事態宣言が発令され、ネットカフェにも休業要請が出された。行き場を失った若者たちのSOSが東京中、そして近隣県からひっきりなしに届く。「所持金が45円しかない」「二日ほど食べていない」「もう死ぬしかないのかと思っています」。切実なメッセージを受け取ると、即座に事務局スタッフが連絡を取り、動けるスタッフが相談者のもとへ駆けつける。駆けつけると、異口同音に「メールを送ってから、ものの数分で返事が来てビックリした」と喜ばれた。朝から晩までSOSに対応する日もあった。
 かつて「ホームレス」といえば…
 一概にくくれないのは当然ながら、今から10年前くらいまでは、ホームレスといえば駅の周辺や河川敷で生活しているおじさん達のイメージが強かった。実際に相談に訪れる人たちの多くは、かつては日本の高度成長を支えた世代で、バブル崩壊とともに家と仕事を失った人達だった。建築現場で働いていた人も多く、現場での事故で腰を痛めていたり、ビルから落ちて足場に引っかかり、九死に一生を得た人もいた。年齢的にも身体的にももう働けない。一人ひとりが抱える背景や困難は千差万別であったが、要望は「安心して住める部屋」であった。

 いわゆる「ネットカフェ難民」ってどういう人達なの?
 一方でネットカフェ生活者である。
 高齢者の多い路上生活者と異なり、10代後半~40代の若年世代が多い。身なりには細心の注意を払っていて、一見して困窮しているふうには到底見えない。一つの仕事を長く続けるのは難しいが、経済が安定していて仕事があればなんとかネットカフェ生活を維持する程度の収入は確保できる。
 私がコロナ禍で出会ったネットカフェ生活者の雇用形態は、ほぼすべての人が派遣労働や日雇いなどの不安定就労だった。仕事に合わせてネットカフェや寮などを転々とし、まるで渡り鳥のよう。一か所に定住できないため、人との関係性も構築できない。ほとんどが親を頼れない。友達はネットの中にいる。
 ネットカフェ生活者の平均月収は11万4千円、その収入のほとんどがネットカフェ代や荷物を収納するコインロッカー代に消えるため、アパートの初期費用は永遠に貯まらない。貯まりようがない。そのうちに携帯電話の通話料金を滞納してしまい、Wi-Fi環境でしか通信もできなくなる。コロナで仕事は激減、ネットカフェに払うお金も尽きる。
 所持金尽きて公園や路上で心細い数日を過ごしながら、彼らはフリーWi-Fi環境のコンビニや駅からSOSを送ってきた。私たちを繋げるのは、すぐに切れてしまう細い糸。
 友達も、仕事も、娯楽も、すべてはネットを通じてのみつながる。だから、彼らにとって通信環境は文字通りの「命綱」だった。コロナ禍で分かったのは、時代とともに変化していた困窮者のニーズ。これまでネットカフェに固く閉ざされて見えなかったパンドラの箱が、コロナで一斉に開いた。
 この8ヶ月間の支援の間、通信にまつわるエピソードはたくさんあるのだが、印象に残ったエピソードを紹介したい。
 
 福祉事務所をフリーWi-Fiにして、充電ポート置くってどう?
 緊急事態宣言下の東京で、九州から大きなスーツケース2つとバッグひとつ持って上京し、ここ数日公園で路上生活していた老人が、福祉事務所の受付でもめている。
 「大事な電話がかかってくるのに携帯の充電が切れて困ってる、頼むから充電させてくれ」と頼むのを、受付カウンターの男性職員2名が断り続けている。必死な相談者が次第に大きな声を出す。近くにいた私は、たまらなくなって介入する。若い受付男性が言うには、「区役所は税金で賄ってるので」。それって、答えになっているのだろうか?
 私「あなたのお給料もですよね。そして、この相談者さんは長い人生の中で随分と税金を払ってきたと思うのですが…」
 受付「ですが、一人に許可しちゃうと全員に許可しなきゃならないんで」
 「全員が充電したがるなんて、そんなこと起きるわけないだろうが!」怒る相談者。
 私はニーズがあるなら、ガンガン充電させる各機種対応充電ポートを置いてもいいと思う。だって、福祉事務所って市民、区民の暮らしを支えるところでしょう? サービスは出し惜しむよりも充実させた方がいい。携帯電話を辛うじて持っている路上生活者にとって、それは命綱だからニーズは高いはず。携帯電話の充電をしている間に、無料の自販機で温かいお茶でも提供してもバチは当たるまい。お茶を飲んでいる間に、「生活保護を利用してみては?」と隣に座ってアプローチしてくれたら尚良し。
 しかし現実の福祉事務所はそんなに甘くない。こと、この自治体は殺伐としていて怒号も響く。
 受付職員と尚も一向に進まない交渉をしていたら、「iPhoneですか?」通りかかった線の細い若者が声をかけてきた。自分の持っていた充電器を使わせてくれるというではないか。地獄で仏。二人で頭を下げる。こういうことは福祉事務所が柔軟に対応してよと思う。
 自粛要請で飲食店やファストフード店も閉まっている中、充電できる場所を探して閉店中の店に忍び込んで逮捕されたネカフェ生活者のニュースもあっただろうに。
 
 命綱が切れる。電源を求めて逮捕
 ニュースでも報道されたように、自粛要請を受けて閉まっている店に電源を求めて忍び込んで捕まってしまった人がいた。その事件に前後して、私たちにSOSを送ってきた若者がやはり逮捕されてしまうというケースがあった。
 SOSのメールを受けた事務局スタッフが、メールフォームを送ってきた方とメールでやり取りをしていた。ところが、待ち合わせ場所を伝えるまさにあと一歩というところで相談者からの連絡が途絶えた。
 何日かして、私たちの事務所に弁護士から電話が入る。待ち合わせ場所を決める直前にスマホの電源が切れてしまった相談者は、慌てふためいて電源を求めてさまよい歩き、いけないことと知りつつも切羽詰まってしまったのだろう、休業中の店舗に忍び込んで逮捕されてしまったということだった。事務局スタッフの佐々木が悲痛な声を上げて頭を抱えた。
 「ああああ!! あとちょっとだったのに、あとちょっとだったのに! こんなことになってしまった。申し訳ない!」と。細い細い命綱が切れてしまったその結果は、あまりに残酷だった。
 
 
 アパートだけでは不十分だった
 神奈川県で生活保護申請をした若い女性が、ビジネスホテルでの一時待機を経て、アパートに入居が決まった。なのに、広々としたフローリングの部屋を契約した彼女の顔は浮かない。
 「Wi-Fiが…」
 そう、彼女の携帯通話は、既に料金滞納で止められていた。彼女は私たちにつながるまではネットカフェで過ごし、その後私の同行のもと生活保護の申請をし、アパートが決まるまでの間はビジネスホテルに滞在していた。どちらもWi-Fi環境は整っている。しかし、アパート入居後は、自ら携帯電話の契約をするかWi-Fi契約を結ばない限り、彼女は外の世界から完全に遮断されてしまう。
 そこで、Wi-Fi契約を結ぶべく、身分証の代わりとなる保護受給者証明書や住民票を持って携帯ショップを訪ねる。しかし、写真の入った身分証明書でなければいけないという。
 マイナンバーカードができるまでには2~3ヶ月かかる。そこで、つくろい東京ファンドの事務局スタッフ佐々木に相談してみたところ、個人所有のWi-Fiを貸してくれるという。月々の料金を支払うのは佐々木である。「いいの?」と聞くと、「仕方ないですよ、電話取っちゃったんだから」
 ちなみに、佐々木は携帯を持たない人、滞納により新規契約が結べない人達のために、「つながる電話」というこれまでになかった画期的プロジェクトを協力団体と一緒に立ち上げ、携帯不保持によりアパートを探せない人々を次々にホームレス状態から脱却させている。
 
 「20人部屋の施設であっても、外で寝るよりいいでしょ?」という発想から私達は卒業し、一人ひとりが安全と安心を保てるアパートの部屋を持つようなサポートを促進していくべきだし、加えて、「スマホ? Wi-Fi? 何、贅沢言ってるんだ。部屋を得ただけで十分だろう?」からも脱却しないといけない。この発想から抜け出さない限り、不安定就労を転々とする若いネットカフェ生活者の先行き見えない日々は終わらない。
 未来ある若い人たちをネットカフェに固定化し、不安定就労を続けさせ、必要な医療も受けられない状態で放置することは、この国の将来に何かメリットをもたらすのだろうか? 切り捨て続ける社会にどんな未来があるのだろうか?  

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