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『図書』3月号【試し読み】渡仲幸利

 『図書』は大勢の知的好奇心あふれる読者に半世紀以上愛読されてきた「読書家の雑誌」です。

 古今東西の名著をめぐるとっておきの話やエピソード、心を打つヒューマン・ストーリー、旅のときめき体験、人生への思索などを綴る、滋味あふれるエッセイの数々。

 文学・芸術・学問の面白さを語る対談・座談・インタビュー。若手からベテランまで『図書』ならではの一流の執筆陣が書き下ろす文章の力と味わいは、日常生活にピリッと刺激を与えるスパイスの働きをするはずです。

 ・本誌は毎月 1日発売です。
 ・A5判,本文 64頁,定価(本体93円+税)
 ・年間購読料 1,000円(送料込み) お申し込み方法はこちら

◇目次◇

[読む人・書く人・作る人] 痛切に時間を生きる  渡仲幸利
木下惠介の美  原 恵一
自由な思考のために  出口治明
『広辞苑』で見つけた、最高に贅沢な春の花  円満字二郎
妥協せずに言葉を選びきる  安田菜津紀
九鬼周造の押韻論  小浜善信
〈ジブリ飯〉の香りに誘われて  松井玲奈
編集する三木清(中)  大澤 聡
自分が持っているものを好きになる  高橋三千綱
火神岳と神の湯  三浦佑之
雲仙・さくら・花月  さだまさし
読書様々  柳 広司
中原中也(1)  加藤典洋
弥生人と絵文字  齋藤亜矢
革命前夜  ブレイディみかこ
求道者の恋  若松英輔
新宿の書店の洋書棚で、カーン氏と再会する。  冨原眞弓
こぼればなし 

◇読む人・書く人・作る人◇

 痛切に時間を生きる   渡仲幸利  
 ベルクソンは、時間のありようをより正確に指し示そうとして、持続ということばを使った。少しも特殊な用語ではない。が、安易には飲み込めないじつに手ごわいことばなのである。
 よく知られているように、ベルクソンは哲学用語で考えることをよしとしなかった。この哲学者は、経験の外で論じることを頑固なまでに避け、経験がことばと化す転回点の前へとさかのぼって経験の源を求めた。経験を深化することが、かれの仕事の正体だった。そもそもぼくたちには、われに返って痛切に時間を生きる瞬間がかならずあり、そういう瞬間に味わわずにいない時間の手ごたえは、すでにめいめいの真剣な哲学のはじまりのはずである。ベルクソンは、持続ということばで、むきだしとなったこの経験の絶頂へさかのぼる精神の努力をぼくたちに期待した、といっていい。時間は経験の核なのである。
 時間は、空間に線を引くように惰性で伸びていくものではない。努めてこれを生きようとしなければならない。音楽を聴くとき、ぼくたちは、大好きなフレーズにさしかかろうとするたびに、これを聴きのがすまいとして、ただ聴くのでなく努めて聴こうとするものだろう。同じことなのである。時間は瞬間瞬間生みなおさなければ持続しない。
 思えば、時の節目節目で行なう年中行事は人類の偉大な智慧なのだろうか。もう三月になる。卒業の月である。四月からの新たな時間を生きることを祈り誓う月である。特殊な努力家にとどまらない。ぼくたちはちゃんとこうして生きてきた。 (となか ゆきとし・エッセイスト)

◇こぼればなし◇

〇無茶振り級にがっつり大改訂。10年ぶりのサプライズ。――この文言、書店でみかけた方も多いのではないでしょうか。広辞苑第七版に新たに収められた項目でつくったポスターのコピーです。
〇発売時には、しまなみ海道やLGBTといった新項目の語釈をめぐって、TVやネットで大きな話題となりました。お叱りもいただきましたが、辞書というものは様々な修正を経て、時間をかけて成熟してゆくもの、という励ましのことばもいただきました。読者のみなさまからお寄せいただく、いろいろなご意見が辞書を育ててゆくのであり、それを糧として、よりたしかな辞書づくりに取り組んでまいりたいと思います。

〇ひがし-にほん-だいしんさい【東日本大震災】二〇一一年の東北地方太平洋沖地震およびそれに伴う大津波による大規模災害。発生した津波は内陸に六キロメートル浸入、遡上高は最高約四〇メートル。死者・行方不明者は約二万人と東北地方太平洋岸に甚大な被害をもたらした。東京電力の福島第一原子力発電所で起こった放射能漏洩を伴う深刻な事故による避難は長期化。

〇くまもと-じしん【熊本地震】二〇一六年四月一四日二一時二六分に熊本県熊本地方に発生したマグニチュード六・五の地震に引き続く地震活動。同月一六日一時二五分にはマグニチュード七・三のより大きな地震が発生し、その直後に大分県中部にも発生、最大震度七を観測。関連死を含め死者数二〇〇人、負傷者数二七〇〇人、避難者一八万人を超える大災害となった。

〇このふたつも第七版に収められた新項目です。しかし、広辞苑に収められたからといって、この説明が確定したものではないことはいうまでもありません。その陰には、いまも動きつづけている現実があり、被害に遭われた方々の、実際の生活と困難があるからです。

〇第六版が刊行されたのは、二〇〇八年。その、阪神淡路大震災の項目には、死者六三〇〇人、負傷者四万三〇〇〇人、全半壊家屋二〇万九〇〇〇、とあります。それが第七版では、死者六四〇〇人余、負傷者約四万人、全半壊家屋約二五万、と改訂されました。

〇第六版が刊行されたのは、震災の発生した一九九五年から一三年後のことでした。それから一〇年、震災の発生から二三年の歳月を経て刊行された第七版においてもなお、改訂されつづけているという事実を忘れてはならないでしょう。

〇今後も広辞苑の改訂が進むとして、東日本大震災や熊本地震の説明はどのように改訂されてゆくのでしょう。ことしの阪神淡路大震災にかんする報道では、震災経験者の減少に伴う、次世代への継承という問題を扱うものにふれました。事態がどのように推移してゆくのかはわかりませんが、いずれにしても語釈の背景にある現実に光をあて、被災されたみなさんが抱える艱難への想像力を失わないことが求められてゆくことでしょう。

〇高橋三千綱さんの連載が本号で終了です。ご愛読、ありがとうございました。





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