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『トランペット』刊行記念座談会「LGBTと世界文学/ほんとうの伝えかた」

〈LGBT〉のリアル(第2回/全5回)

「おれのお父さんはあなたの娘だったんです」──実話にモデルをとった驚愕のストーリー『トランペット』(ジャッキー・ケイ著/中村和恵訳)。 現代スコットランドを代表する作家・詩人のジャッキー・ケイの傑作は、どんな小説なのか? 〈LGBT〉と〈世界文学〉をキーワードに語った刊行記念トークショウの内容を、5回に分けてお届けします。

出演:中村和恵、都甲幸治、平凡社ライブラリー編集長T(2016年12月24日 下北沢・本屋B&Bにて)

How we tell the truth: world literature, queer life his/her/story and beyond
(panel discussion re.Japanese translation of Jackie Kay Trumpet #2)
NAKAMURA Kazue x TOKO Koji x T (chief editor of Heibonsha Library)



※第1回「人はみんな〈秘密〉を抱えている」はこちら

『きのう何食べた?』の衝撃


中村 LGBTとひとくちにいいますが、その内訳はいろいろ。そしてかれらに対する社会の接し方も、いまほんとに千差万別ですよね。『現地レポート 世界LGBT事情』(フレデリック・マルテル著、岩波書店)という本が最近出ています。あらゆる地域を網羅しているわけじゃないんですが、世界のいろいろな国でLGBTってどうなの、という状況を示している本です。同性愛者というだけで死刑になる国って、じつはまだたくさんある。イスラム教圏だけじゃなくてカリブ海などにもあります。反社会的と言われたり、キリスト教的観点から否定されるところもあれば、いっぽうで同性間の結婚が認められている国もある。「LGBT? ええっ、何それ!」という国と、「LGBT? だからどうした」という国と、世界をざっくり2つに塗り分けてみると、違う地平が見えてきますね。

都甲 日本はどちらか?というと、むずかしいところですよね。「LGBT? そういう人もいるよね」という地域もあれば、完全に引いちゃう地域もある、という感じかな。

中村 地域というよりは人かもね。大学のクラスの学生で考えても、まだらですよ。

都甲 気持ちいいほど引く人もいますしね。

中村 気持ちいいほどカミングアウトする人もいる。ゼミ生で、レポートとして自分の「ゲイ活日記」を書いた学生がいました。その子はゲイであることをお父さんに否定されて「死んでしまえ」って言われたそうなの。でも私の授業に出てみたら、先生が「気にするな、そのままでいけいけ!」なんて言うものだから、「混乱してきた」と言う。それならもう、自分がゲイとして日々どう生きているのか、書いちゃえば?と。彼氏ハンティングの話じゃなくていいから、日常の話でいいから、とね。

都甲 なるほど。それって「いのちの授業」ですよね。

中村 えっ。

都甲 そういうあなただって生きていいんだよ、と伝える授業でしょう。

中村 そこまで大層なことをしているつもりはなかったんだけど。その子はすごく悩んでいて、参考文献もいくつも紹介してみたけれどピンとこないみたいだった。わたしも悩んで、結局一押し! と薦めたのが、よしながふみさんの漫画『きのう何食べた?』(講談社)でした。

よしながふみ『きのう何食べた?』
都甲 これ、めっちゃいい本じゃないですか。僕、最近毎日寝る前に読んでるんですよ。寝る前に読むと、その日どんなに辛いことがあっても、なんだかんだで結局は幸せな一日だったことになって安眠できるという、衝撃のゲイ漫画です(笑)。

中村 この漫画の何がいいって、「ゲイだから、なんですか?」っていうことでしょう。中年のゲイカップルが普通に暮らして、一緒に年をとっていく。それだけ。

都甲 そう。普通に暮らしてて、気にしているのはスーパーの特売の値段だったりね。

中村 ネギが安い!とか。

都甲 次のスーパーではもっと安かった! とか。そんなんばっかりです(笑)。

中村 『トランペット』もそうなんです。ジャズ・トランペッターのジョスとミリーが出会ったのは1950年代のイギリスで、表だって「女どうしのカップルです」というとすごくバッシングされたに違いない時代ではあるけれども、2人はただ愛し合って暮らしている。それだけ。セクシュアリティの話はとかく性行為や婚姻制度などに注目が集中しがちだけれど、パートナーシップはそこが始まりでしかないわけで、ストレートだろうがLGBTだろうがその後の生活、老齢、死まで含めてどうしよう、なわけじゃないですか。社会の中で見えにくい存在になっていたり、ロールモデルがない中で生きる人たちにとって、普通に老いていく人々の話こそ途方もない衝撃、励ましになりうるんですよね。

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男の乙女心

都甲 僕は今日のトークのお話をいただいたときに、LGBTがテーマというと「ちょっとアウェーなのかな」と思ったんですね。でも関連本を読んでみて、大げさにいえば人生が変わった。まず、さっきも出ていた『百合のリアル』。感動して泣きそうになってしまった。読んでいて自分のなかの乙女心が湧きあがってきたんですね。


 思いだしてみると、僕は小さいころ女の子とばかり遊んでいる子どもで、おままごとしたりトランプしたりしながら暮らしていたんです。それが、小学生になると急に男女で遊びが分かれるじゃないですか。そのときに、「都甲は女の味方だからな。男の仲間には入れない」って、男子からバッシングを受けたんですよ。それで無理して男子の仲間に入ろうとしたんだけど、野球をやってもまったくバットが球に当たらないし、ドッジボールでも小学校6年間で1人しか当てたことがない。

中村 私は1回も当てたことがない(笑)。

都甲 「男」としてはそれではダメなんですよ(笑)。それで「自分はもっと男っぽくしなきゃいけないのかな」というのがずっとあって。学生時代に彼女ができたときにも「仕草やしゃべりかたが女っぽい」って怒られていた。

中村 怒られるんだ。

都甲 怒る人だったんです。マッチョな人が好きだったみたいで。そのたびにヘコんで男っぽくなろうとするんだけれど、でも結局無理なんですね。それをくりかえした人生だった。それが『百合のリアル』には、べつにどういう人でも、好きに生きればいいじゃない?ということが熱く書かれていて、「えっ、こんな自分でもいいの?」と。あれ? 僕、このトークに出るの運命だった!? ってなっちゃった(笑)。

 もう1冊ご紹介したい本があります。僕の学生だった功刀匠くんという編集者が作った本なのですが、『男に恋する男たち』(立東舎)。ゲイの雑誌『薔薇族』の今の編集長が書いた本で、これは名著です。功刀くんによれば、ストレートの人が「気になるけど、こういうことを聞いたらゲイの人は怒るだろうなあ」と思うようなことを100個くらいリストにして全部聞いてみました、という企画らしい。殴られてもかまわない、というスタンスでね。素敵でしょう? そうしたら向こうも「よくぞ聞いてくれました」「そんなの気にしなくていいよ」と、丁寧に教えてくれたそうです。政治的な正しさ云々ではなく、「みんな普通だよね」ということがよくわかる。どの人も日々普通に暮らしているし、ゲイという以外にもいろんな属性を持っていて、くだらないこまごましたことを気にしながら日常を送っている。そのことがダイレクトに伝わってきました。


女の理論武装

中村 大学ではジェンダー・スタディーズ、セクシュアル・マイノリティやクィア・スタディーズという言い方で「研究」しちゃって、「理論」を読むじゃない? それは政治的には正しいかもしれないんだけれど、だから何? みたいな空気になりがちじゃないですか。

都甲 最近のクィア・スタディーズって、ジュディス・バトラーなどの女性研究者をみても、男以上に男っぽい理論好きじゃないと読めない、という謎な状況がありますよね。なんというか、せっかくフェミニストの先生たちに習っていながら、どんどん自分が知的にはマッチョになっていくという状況に、これは何なんだろうと。

中村 知的マチズムって間違いなく男女問わず存在しますよね。

都甲 でもこれは批判しているわけではなくて、そうでないと彼女たちは学問の世界で受けいれてもらえないからだと思うんですが。

中村 じつはすごくマッチョな研究者の世界のなかで耳を傾けてもらうには、女は武装しなきゃいけないということがある。でも何かそれと違うスタンスはないのかな、と思いますよね。私が「女装」してるのはそこらへんも関係してるかも。井坂洋子さんはじめいろんな方々が言ってきたことだけど、もの書く女ってしばしば脳みそが男になりかわってるじゃないですか。でもやっぱり女として面倒くさい思いもしてる、マッチョな知的支配欲は嫌い、その構造にとり込まれたくない、だからおめかししてもう一回女を標榜する。

 すみません、話がずれた? 大学の授業でも、理論をとりあげたときより『トランペット』をとりあげたときのほうが学生の反応がずっとよかった。具体的に誰かの人生に起こる物語のほうが興味が湧くのは当然だよね。


〈LGBT〉という言いかた

中村 TさんはLGBTについてはひとつの文化として関心があるという感じなんですか。山岸涼子先生の漫画のファンなのは存じていますが(笑)。

編集長T 文化として、ということだけではないです。サブカル的にというよりは、もっと自分に身近なこととして、十代の頃から気になっていました。

 先ほどご紹介いただいた平凡社ライブラリーの『レズビアン短編小説集』と『ゲイ短編小説集』は17、8年前に時期をあわせて企画しました。そのころはジェンダーやセクシュアリティについて理論的に考えようというクィア・リーディングやフェミニズムの本がいろいろと出ていた。でも理論よりも、実際の物語を読みたいと思ったんです。とくに『ゲイ短編小説集』がそうなのですが、オスカー・ワイルド、E. M. フォースター、D. H. ロレンスのような英米文学の古典的な大巨匠みたいな人たちが、じつは同性愛の物語、セクシュアリティやジェンダーの揺らぐような物語というのを書いている。そういう物語を読んでみたいということから2冊を企画しました。

  
『レズビアン短編小説集』『ゲイ短編小説集』(ともに平凡社ライブラリー)

 出した当時、『ゲイ短編小説集』のほうは新宿の書店などを中心に結構売れたのですが、『レズビアン短編小説集』はあまり売れなかった。当時は「LGBT」という言葉も使われてなかったですしね。

中村 トランスをセクシュアリティ上の別カテゴリーとして考えるというのは最近のことだし、さらにいえばBという自己認識もゲイからは逃避的と否定されがちだった。いろいろ変ってきましたね。

編集長T 「T」はなかったし、ひとことで「LGB(T)」ということもなかったですね。

 じつは『レズビアン短編小説集』は、初版時(1999年)、メインタイトルが「女たちの時間」で、サブタイトルが「レズビアン短編小説集」でした。私と同じようにそういう物語を読んでみたいと思っている人に読んで欲しいなと思ったんですけれど、当時はネット販売もないし、レズビアンの人たちに書店で買ってもらいやすいようにと考えると、「レズビアン短編小説集」はサブタイトルのほうがいいのではと考えたんですね。

 その後、約20年経って平凡社ライブラリー編集部に戻ってきたら、『ゲイ短編小説集』も『レズビアン短編小説集』も長らく品切れになっていた。そこで平凡社ライブラリー担当の営業Sに重版を迫ったんです。でも、営業Sとしても多少不安があったみたいで、その時始めたばかりのTwitterで「100RTくらいされたら、検討しよう!」とつぶやいた。そうしたら、100どころか1000RT来て、ネットのニュースにもなりました。それでめでたく重版決定(笑)。この20年くらいの間に、ある領域では、ゲイやレズビアンがごく普通の、見える存在になってきていたんですね。

 その後『古典BL小説集』『クィア短編小説集』も出しましたが、BL(ボーイズ・ラブ)も私は一連のこととしてとらえています。ゲイやレズビアンの人たちだけではなくて、セクシュアリティやジェンダーに揺らぎを感じているBL好きの女性なども含めて、自分に身近なことと感じてこうした作品集を読んでくれる時代になった。

中村 大ヒット中ですよね。揺らぐものは、誰の内側にもあるんじゃないか、ということでしょうね。ジェンダーやセクシュアリティには、固定したものってないんじゃないか。

編集長T 私は「LGBT」ということ自体も、ことばが独り歩きするのはどうかなと思います。カミングアウトだって、しなきゃいけないわけではない。本当は、カミングアウトしなくても、その人が自然に生きられる状態があればいいわけですし。それに、レズビアンなのか、バイセクシュアルなのか、トランスジェンダーなのか、あり方は様々で、境界が曖昧だったり、状況によって変わってくることもあると思うんですよね。さっきも出ていましたが、『トランペット』のジョスの奥さんだって、自分のことをレズビアンだなんて思ってなかったけれど、たまたま好きになった人が女性だった。そういうことでみんな生きてると思うんです。

中村 現象でしかない、と思うの。たまたまいま日本にいるから日本人だし、たまたま日本語環境で生まれたし、たまたま生物学的にメスだし、こういう服が好きだから着ているけれど、そうじゃない自分があるかもしれない。境界はいつだって揺らいでいる。

都甲 みんな普通なんですよ。『トランペット』も『きのう何食べた?』も、いかに普通かというのを淡々と書いていくことによって、結局、みんな普通でしょ、となる。だからスッと入れるんですよね。そこが現代だなあっていう感じがします。

 たとえば、能町みね子さんが最近すごく売れているのは新しいと思う。あの人は女性の格好をしてるけれど、オネエ言葉を使わないでしょう。民放のテレビだと、「いかにもオネエ」という外見やことばづかいの人しか使われないようなところで、トランスジェンダーの人が出てきて「普通だよ」と示すというのは、ほんとうに新しいと思う。

(第3回につづく)

中村和恵(なかむら・かずえ)
1966年生まれ、札幌市出身。詩人、比較文学研究者、明治大学教授。著書に『降ります』『地上の飯』(ともに平凡社)、『日本語に生まれて』(岩波書店)、詩集『トカゲのラザロ』『天気予報』(ともに紫陽社)、訳書にアール・ラヴレイス『ドラゴンは踊れない』(みすず書房)、トレイシー・K・スミス『火星の生命』(平凡社)などがある。

都甲幸治(とこう・こうじ)
1969年福岡県生まれ。翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。著書に『きっとあなたは、あの本が好き。』『読んで、訳して、語り合う。都甲幸治対談集』(ともに立東舎)、『21世紀の世界文学30冊を読む』(新潮社)、『狂喜の読み屋』(共和国)、訳書にジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(共訳、新潮社)などがある。

平凡社ライブラリー編集長T
平凡社編集者。2014年より現職。『レズビアン短編小説集』『ゲイ短編小説集』『古典BL小説集』『クィア短編小説集』など、通称LGBT系ライブラリーを企画・編集。営業Sとともに平凡社ライブラリーのツイッターを担当。

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著者略歴

  1. ジャッキー・ケイ

    1961年,スコットランド・エディンバラ生まれの詩人,作家.イギリス・マサチューセッツ在住.作品に,The Adoption Papers, Other Lovers(サマセット・モーム賞受賞),Why Don't You Stop Talking,Wish I Was Here,The Lamplighter,Fiere 他.近年では自伝 Red Dust Road が高い評価を得ている.本書 Trumpet でガーディアン・フィクション賞を受賞.

  2. 中村 和恵

    1966年,北海道出身.明治大学教授.専攻は比較文学・比較文化,英語圏文学.詩・小説の創作,翻訳,エッセイ執筆など幅広く活躍.近年の著書に『地上の飯』『日本語に生まれて』『dress after dress』など,訳書にラヴレイス『ドラゴンは踊れない』,スミス『LIFE ON MARS 火星の生命』他.

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