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『トランペット』刊行記念座談会「LGBTと世界文学/ほんとうの伝えかた」

〈あいだ〉の世界文学(第4回/全5回)

「おれのお父さんはあなたの娘だったんです」──実話にモデルをとった驚愕のストーリー『トランペット』(ジャッキー・ケイ著/中村和恵訳)。 現代スコットランドを代表する作家・詩人のジャッキー・ケイの傑作は、どんな小説なのか? 〈LGBT〉と〈世界文学〉をキーワードに語った刊行記念トークショウの内容を、5回に分けてお届けします。

出演:中村和恵、都甲幸治、平凡社ライブラリー編集長T(2016年12月24日 下北沢・本屋B&Bにて)

How we tell the truth: world literature, queer life his/her/story and beyond
(panel discussion re.Japanese translation of Jackie Kay Trumpet #4)
NAKAMURA Kazue x TOKO Koji x T (chief editor of Heibonsha Library)


※第3回「〈家族をつくる〉ということ」はこちら

移民2世の苦悩


都甲 『トランペット』の、いちばん新しいなと思ったところは、「LGBTが売りじゃない」というところです。

中村 そういうこと、そういうこと。じつはむしろ激しい葛藤があるのは人種問題なんですよね。

都甲 どっちかといえば人種問題の本じゃないの? と思うくらいですね。

中村 息子のコールマンがグレるのも、親父が女だったってことよりもむしろ、なんでオレはオレの生まれた国でこんなにはじかれるんだっていうことのほうが理由として大きい。物語の後半で、コールマンがロンドンからスコットランドに向けて旅に出る場面があるんですね。お祖母ちゃんに会いに列車に乗る。でも、とても緊張してる。

この国で旅をするのは容易なことじゃないんだ、彼みたいな黒人の男にとっては。みんないつも後で悪いのは結局彼だとわかる、でなきゃ彼が事前になにか悪いことをやらかしたんだと考えている。彼が嘘をついたんだ、でなきゃこれからつくところ、盗みを働いたんだ、でなけりゃこれから働くところ、そう決めこんでいる。こっちのことをいつだって悪者扱いする連中と一緒じゃ、実際ただそこらを歩くのだって楽じゃない。(199頁)

私も旅をして、白人が多いところ、黒人が多いところ、そこで「違う人間」として存在する経験をしているので、これすごくリアルにわかります。

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都甲 この記述はリアルですよね。

中村 むしろコールマン自身が、いつも「違うもの」として名指されているんだよね。いまヨーロッパで起こっているテロをみても、来てすぐの移民や難民よりむしろ、かれらの子ども、親は移民だけれども自分はそこで生まれ育った、という子どものほうが不満をためているでしょう。

都甲 移民や難民の1世はがんばって同化しようとするんですよね。同化しようとしてできなくても、自分の努力が足りないからだ、自分がそこまで英語やフランス語ができないからだって思えるんだけど、2世はそうはいかない。イギリス人やフランス人として小さいときから教育を受けて、ちゃんとがんばっていればイギリス人やフランス人になれるって言われたのに、全然なれない。就職試験でも、住所をきかれて何番地と言った時点で、なんだ移民か、ということで落ちる。たまったもんじゃないよね。

中村 彼らは自分ではここが故郷だと思ってる。なのにその故郷が自分をよそものとして排除してくるわけじゃないですか。その辛さというのは、親世代とは違うよね。

都甲 イギリスやフランスの歴史に自分たちがそのまま入っていけるわけでもないしね。大学へ行けばこういう状況を理解するのに役立つポストコロニアリズムなんかを習えるわけだけれど、普通に暮らしていたら、身近で手に入る思想はやっぱり宗教になっちゃいますよね。

中村 というか、たとえばイスラム教徒だったら、自分のお祖父ちゃんお祖母ちゃんやお母さんは「あんた、ちゃんとモスクに行きなさい」とか「女はスカーフして」とか言うでしょうしね。

都甲 行くほうが怒られない。

中村 そのプレッシャーと、一方で学校に行ったら「おまえスカーフなんかかぶって、なんだこの野郎」って言われるのと、その両方を生きなきゃならないでしょう。それはほんとに大変。

都甲 すごく大きな問題。文学もそうですけど、今後は文化ってそういう軋轢の中から出てくるのかなあ、と思います。

中村 それはつまり、かれらこそが新しいイギリスやフランスになっていくってことね。ジャッキー・ケイ自身がそういう人なわけですよね。お父さんはナイジェリア人の留学生で、お母さんはスコットランド人で、育てられないってことで赤ちゃんのうちに養子に出されちゃって、スコットランド白人の家庭で育った、という人で。こういう人が面白いものを書いていく時代ですよね。

 『トランペット』の次に彼女が書いた作品が、Red Dust Road(赤い土埃の道)っていう自伝なんだけれど、いきなり冒頭で、お父さんに会いたい、ナイジェリアのお父さんのことが知りたい、って切なる思いを語るんですね。でもそれでググったらなんと一発で出てきちゃった(笑)。



都甲
 早い(笑)。

中村 今どきだね(笑)。お父さんは植物学者だったから、大学のサイトの名前がすぐ出てきちゃうんです。ところが大変なのはそこから先だった。会ってみたらお父さんが宗教にハマってて、とんでもないことになってる。

都甲 かまえたポストコロニアルじゃないんですよね。旧植民地に行ってルーツを探ってどうこうではなくて、都市で普通に暮らしている人が感じていること。ヨーロッパ人やアメリカ人にはなれないんだけれど、アフリカの伝統にも戻れない人たちの文学、というのかな。正統性がどこにもないというか。カリブ海文学なんかにも通じてきますよね。

中村 あのね、ポストコロニアルって形容詞を作品に即してリアルに考える土俵に戻したいなってわたしはずっと思ってるのね。それは断片化された文化がグローバルに流通して流用されてるわたしたちの日常の中にいつも、いくつもあるボーダーランド、つまり「あいだ」のことで、いまもっともリアリティのある領域なんだと思うの。「世界文学」ってなんだ?という議論が最近またあらたに活発に行なわれていますよね。立場や視点はそれぞれ違うんだけれど、いちばん面白い世界文学がリアルにどこで起こっているかというと、間違いなくそういう「あいだ」で起こっている。「あいだ」の人たちがいちばん「世界」なんだと私は思います。これからは図書館に「世界文学」ってジャンルをつくって、言語圏別・主題別に並べてほしい。各国文学ではもうくくれない。


ヨーロッパ人になろうとする日本人

都甲 「海外の文学を学ぼうとすること」と、「ヨーロッパ人になろうとすること」がイコールじゃなくなったことによって、すごく楽でたのしくなったな、と僕は思ってるんです。僕が大学生のころって、イギリス文学の先生は見るからにT. S. エリオットにそっくりで、フランス文学の先生は例外なく見た目からしてフランスのおじさんみたいだった(笑)。そのときはそういうものかなと思っていたけど、いま考えたらおかしいでしょう?

中村 おかしいよね(笑)。

都甲 自分ではすっかりイギリス人のつもりでいても、イギリスに行ったら思いきり日本人じゃないですか。それなのに明治時代以降100年くらい、ヨーロッパ人になろうとしては挫折して、逆ギレしてこんどは右翼になって、みたいなことをくりかえしてきている。いったいなんだったんだろう、と思いますね。入り口からおかしいんだから結果もおかしくなって当たり前ですよ。

中村 ヨーロッパに対する憧憬は、英語に対する憧憬とも重なっていますよね。昨日、電車のなかで英会話学校の広告を見ながら、これってダイエットの広告とすごくよく似てるなあって思いました。ようするに、お金をたくさん出せばいつか憧れのあの人になれるっていう商売よね。ヨーロッパに対する「憧れ」はいまだに産業として成立してる。

都甲 いまだに、白人モデルしか出てこない女性誌ってあるでしょう。そういう雑誌では「夏はモロッコで避暑!」なんていう特集があるけれど、日本からモロッコへ避暑になんて行くわけがない。自分がいったんフランス人やイギリス人になってしまってるんですね。そして帝国主義の時代を懐かしむように、リゾート地のホテルに泊まっては「素敵なコロニアル調のホテル」なんて言っている。いったいどれだけの狂気がここに詰まってるんだ? と思ってしまう。

中村 私たちの文化は、まだまだいろんな意味で明治以来つづくある種の眩惑、魔法にかかっていますね。


「お前はもう移民だ」

都甲 そういうマジックが「思い込みにすぎなかった」って気づかせてくれるのは、もちろん文学作品もいろいろあるけれど、むしろ体験なんだよね。

中村 まさに。

都甲 体験でいえば、僕はロサンゼルスに留学したときに、指導教授になってくれたのが自分より歳下のヴェトナム難民の人だったんです。ヴィエト・タン・ウェン(Viet Thanh Nguyen)って、こないだ『シンパサイザー』(Sympathizer)って小説を書いてピュリッツァー賞を獲った人なんですけど、「コウジ、これからは僕が君を指導することになった、ひとまず一緒に昼メシを食おう」と彼が言ってきて、一緒に購買部にお弁当を買いに言った。するとカリフォルニアなので、カリフォルニア・ロールばっかりの「全体的に緑色の寿司弁当」を売ってるんですね(笑)。

 

 さて食べようとしたら、指導教授の先生は割り箸を割って、シュシュシュっと擦り合わせてケバを取りだした。ああ、アメリカに来て最初に教わる先生が、箸を割ってケバを取ってる、とすごく驚いたんです。で、それまで自分のなかにあったアメリカって全然現実じゃなかったんだな、って衝撃を受けた。

 そこから彼に導かれるように、アジア系アメリカ人の小説などを読むようになったんですね。そうしたらその先生が言うんですよ。「コウジ、ロサンゼルスの空港に下りて一歩踏みだしたその瞬間に、お前はもう移民だから」って。つまりそう思って作品を読めって言われたのね。軽口で言っているようだけど、実は本気じゃないですか。

中村 うん。本当にそうだと思う。

都甲 彼は僕に何かを伝えたかった。そういう感情をプレゼントとして贈られたときに、ものの捉え方が変わってきたんですよね。

中村 体験だよね。私も小学生のころはバリバリのヨーロッパ文化信奉者だったの。中2のときに父親の仕事の関係でモスクワに行ったんだけど、そのときに持っていったのは新潮文庫の『フランス詩集』(笑)。全部暗記してました、堀口大學訳のヴェルレーヌとか。いわゆる文学少女、ヨーロッパ文学の翻訳大好き少女だった。

 ところがモスクワの地下鉄の駅で日本人学校の同級生と待ち合わせてたら、ロシア人の男の人が近づいてきて、「お前と同じギリヤークの娘が下にいたぞ」と言う。行ってみたら待ち合わせていた同級生だった。2人で「あたしたちギリヤークなの!?」と(笑)。ギリヤークというのはシベリアの先住民族ニヴフのロシア側からの呼称。ロシア人から見ると自分はそういうところに位置づけられるんだってことにハッとした。極東の先住民族の一種なんだ日本人って、と思ったの。

 ゴーリキー公園に友達と遊びに行ったときは、管理人のおばさんに「お前にはボートは貸せない」って言われて。なんで? と言うと「うちの息子は中国人と国境で戦ったんだ」。「いや、あたしチャイニーズじゃないから」っていくら言っても全然聞いてくれない。「チャイナ、敵!」という枠にバーンと投げ込まれて。アジア人としての自分に初めて自覚的になった。あたしはモンゴロイド、チャイナやモンゴル、コリア、ギリヤークと区別がつかない、要するに東アジア人なんだって。

 その後16歳でオーストラリアに行ったら、たまたまヴェトナム難民がたくさんいる高校で、今度はヴェトナム難民と間違われて「ヴェトナムに帰れ!」なんて言われる。「ここではこういう枠かよ!」と思いながら、ともかくいじめられるから、だまってるわけにいかない。「クソ、バカ」みたいな英語も必死で覚える。それまではわたしの英語はわりと上品だったんですよ(笑)、日本の学校で上品な英語しか習ってなかったから。でもあの連日バトル学校がなかったら翻訳なんて到底できなかったと思う。

 こうなるともはや、何が『フランス詩集』かと(笑)。世界ってリアルにこんなにめちゃくちゃで面白くて、あたしのロケーションってこんな端っこ?って。移民や難民のことを自分のこととして考えずにはいられなかった。

都甲 日本にずっといると世界のなかで自分がどういう人かわからなくなってくるんですよね。

中村 学生でも、さっきのファッション誌の話もそうだけれど、メディアのイメージに踊らされてまさに自分が名誉白人みたいな誤解をしちゃう子ってまだいますね。

都甲 いっぽうで、親切にしてくれる人を好きになるっていうこともある。アメリカの大学のクラスでレポートなんかで苦しんでいると、白人の子はほとんど手伝ってくれないんだけど、黒人やラティーノ、ヴェトナム系の子なんかは、寄ってきて助けてくれる。そうやって親切にされると、やっぱりちょっと「好き」って思うんだよね(笑)。

中村 なるほど(笑)。私は外国で留学生や観光客だと思われたことがあんまりなくて、たいがい移民か難民だと思われる。フィジーやサモアでは地元民だと思われて、白人の観光客から「おばさーん、市場どこ?」なんて聞かれるし(笑)。でもロンドンで地図を持って立ってたら、黒人のいっぱいピアスしたお兄ちゃんが寄ってきて「お前な、オイスターカードっていうのはこれが得なんだ」とものすごく丁寧に説明してくれて、バス停で腕組みしてるとトルコ移民の子どもが寄ってきて「このバスで大丈夫だよ」とか教えてくれた。面白いから路線図見てじっと立ってると、また寄ってきて「まだわかんないのかい?」って心配してくれたりね。

都甲 そうそう。でも、「ユダヤ系の人には優しい人がいるな」なんて思うけれど、これは自分の体験から言っているだけの偏見だからね。それをもう1回克服して、白人にもいい人もいるし、いい作家もいる、というところに辿りつくのが大変なんですよね、むしろ。

中村 人種差別的になっちゃう時期もありますよね、「白人キライ」みたいな(笑)。そこから「本当は人種なんてどうでもいいんだよ」っていうところまでいくのに紆余曲折はやっぱりありますね。

(第5回につづく)

中村和恵(なかむら・かずえ)
1966年生まれ、札幌市出身。詩人、比較文学研究者、明治大学教授。著書に『降ります』『地上の飯』(ともに平凡社)、『日本語に生まれて』(岩波書店)、詩集『トカゲのラザロ』『天気予報』(ともに紫陽社)、訳書にアール・ラヴレイス『ドラゴンは踊れない』(みすず書房)、トレイシー・K・スミス『火星の生命』(平凡社)などがある。

都甲幸治(とこう・こうじ)
1969年福岡県生まれ。翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。著書に『きっとあなたは、あの本が好き。』『読んで、訳して、語り合う。都甲幸治対談集』(ともに立東舎)、『21世紀の世界文学30冊を読む』(新潮社)、『狂喜の読み屋』(共和国)、訳書にジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(共訳、新潮社)などがある。

平凡社ライブラリー編集長T
平凡社編集者。2014年より現職。『レズビアン短編小説集』『ゲイ短編小説集』『古典BL小説集』『クィア短編小説集』など、通称LGBT系ライブラリーを企画・編集。営業Sとともに平凡社ライブラリーのツイッターを担当。

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著者略歴

  1. ジャッキー・ケイ

    1961年,スコットランド・エディンバラ生まれの詩人,作家.イギリス・マサチューセッツ在住.作品に,The Adoption Papers, Other Lovers(サマセット・モーム賞受賞),Why Don't You Stop Talking,Wish I Was Here,The Lamplighter,Fiere 他.近年では自伝 Red Dust Road が高い評価を得ている.本書 Trumpet でガーディアン・フィクション賞を受賞.

  2. 中村 和恵

    1966年,北海道出身.明治大学教授.専攻は比較文学・比較文化,英語圏文学.詩・小説の創作,翻訳,エッセイ執筆など幅広く活躍.近年の著書に『地上の飯』『日本語に生まれて』『dress after dress』など,訳書にラヴレイス『ドラゴンは踊れない』,スミス『LIFE ON MARS 火星の生命』他.

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