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自訳自薦の終わりと始まり(濱田麻矢)

張愛玲『中国が愛を知ったころ』
自訳自薦の終わりと始まり
濱田麻矢


 「どうかお宅に伝わる、まだらに緑青が浮いた銅の香炉を出してきて、沈香を焚きながら戦前の香港の物語をお聞きください。その沈香が燃え尽きる頃、私の話も終わるでしょう。」(「沈香屑 第一炉香」)

 卒論以来ずっと向き合ってきた作家・張愛玲(1920-1995)の翻訳を、とうとう去年岩波書店から出版することができた。

 張愛玲最初の短篇小説集『伝奇』の語り口は、そのタイトル通り、唐代に流行した「伝奇小説」を思わせる。唐代伝奇というと、芥川がリライトした「杜子春」や中島敦「山月記」の原型である「人虎伝」がよく知られているが、つまりは「奇」、平常の生活では起こりえない不思議なできごとを「伝える」もので、ごく平凡な生活を送っていた主人公が、知らず知らずのうちに奇妙な世界へ入り込んでしまう、というような話が主になる。『伝奇』所収の「第一炉香」も、平凡な上海の少女が香港の社交界へ飲み込まれてゆく過程を語るものだ。精緻な比喩と冷静な筆運びで綴られた、張愛玲22歳時のデビュー作である。そしてその書き出しと結末には、冒頭に引いたように、中国の講談小説ではおなじみである全知の語り手が顔を出している。発表時の1943年――いうまでもなく、その頃は「抗日愛国」を主題とするリアリズムが文学創作の主流であった――には、こうした「講談調」はとうに弊履のごとく打ち捨てられていたのだが、初期の張愛玲はこのような古めかしく俗っぽい語り口を好んだ。

 本邦未訳だったこの短篇を、古めかしい語り物らしく敬体で訳してみたい、と取り組み始めたのはわたしが修論を書いていた時だったから、構想20年でようやく日の目をみたということになる。論文に行き詰ると翻訳に逃避していたわけだが、中国語を母語に移し替えるために呻吟している時に、論文のヒントが与えられたことも何度かあった。外国語だからこそテクストの一語一語を深読みするわけで、そこから何かを得る喜びというのは外国文学(そして古典文学)研究の醍醐味であると思う。神戸大に来て授業を担当するようになってからは、授業のテクストとして、試訳段階の張愛玲小説を何度か授業で配布してみた。反応は概して上々で、「中国にもこんな小説があるとは思わなかった」「もっと読みたい」という声が多く、(これは、出版する価値があるのではないか)という野心を抱くようになったわけである。練り直した「第一炉香」の訳を、中国関係の書籍を出しており、仕事をさせていただいたこともある出版社いくつかに送付し始めたのは五年くらい前のことだ。しかし「翻訳文学、特にアジアの文学は商品にならないので」と連戦連敗で、心折れやすい私はすぐに営業活動に見切りをつけてしまった。それでも、科研の集まりや研究会などの機会を見つけては拙訳をレジュメとして配り歩き、SNSではことあるごとに「張愛玲面白いのになァ……」と未練たらしくつぶやき続けていた。それを見かねたのか、卒業生の田村容子さん(金城学院大学)が武田雅哉先生(北海道大学)を通じて岩波書店の渡部朝香さんに拙訳を紹介してくれたところで、八割方諦めていた張愛玲翻訳出版に突然の光が差したのである。「とても魅力的な物語なので、ぜひ前向きに刊行を検討したい」というメールを受け取ったのは小学校の廊下で個人懇談の順番を待っていたときだったのだが、あまりの嬉しさに小さく叫んでしまったのを覚えている。

 起伏に富むストーリー展開と華麗な修辞とで、ぐいぐい読ませる(とわたしは思っている)「第一炉香」のほか、制作年代もテーマもスタイルも異なる、少しく前衛的で難解な二篇を合わせて今回の刊行となった。量のバランスを考えながら収録作品を選ぶのも難しかったし、張愛玲の紹介を含む解説を書くのにもかなりの時間を要した。それはわたしの作家への愛が深すぎたというのもあるが、中国現代文学になじみのない一般読者に向けて、一研究者としてどう語ってよいかよくわからなかった、というのが大きい。

 「一般読者の存在」について改めて認識させられたのは装丁を選んだ時である。「チャイナチャイナ、シャンハイシャンハイしていないもので、見ていると何か不安になるような絵を希望」というわたしのリクエストに応えて、渡部さんが近藤聡乃さんの分厚い画集を送ってくださった。そこから選んだのが文頭に掲げたこの一枚である。「てんとう虫のおとむらい」というアニメーションの原画なのだけれども、血を連想させるてんとう虫を自分のペチコートに刺繍している少女の姿と背景の繊細なレースの模様が、張愛玲の小説を包む「お洋服」として誂えたようにぴったりなものになった。このとき、wordファイル、あるいはPDFファイルでしかなかった訳稿が、いきなり血肉を持った「本」として意識されるようになったのである。それは原作者と訳者との間の閉じられた(しかも一方的な)対話が、開放された場に飛び出して新たな聞き手を得たような感覚だった。

 最終校正を終えて見本が送られてきた時に、渡部さんに「これが張愛玲本のゴールにしてスタートです」と言われたのも新鮮に響いた。学術翻訳でも、本の刊行はもちろんゴールである。しかし、なかなかスタートにはなりえないのではないだろうか。

 この本が出てから、ずっと凍結状態だったtwitterのアカウントを復活させ、日々「張愛玲」「中国が愛を知ったころ」という言葉を見つけてはリツイートするという「販促活動」を続けている。文芸翻訳をしたのは初めてではなかったが、実のところ、「中国文学業界以外のところに自分の訳した本が届くかもしれない」と思って訳したことはほとんどない。

 今回の本についても、もしかしたら何社にもリジェクトされた経験から、翻訳者である私自身のなかに「翻訳文学は売れないんだ、アジア文学はさらに相手にされていないんだ」という刷り込みがなされていたかもしれない。同業者は読んでくれるだろうし、もしかしたら、授業に使ってくれるかもしれないと思っていたが、一般の翻訳文学愛好者というのは新潮社のクレストブックスや白水社のエクス・リブリスなどのオシャレ小説(勝手なカテゴライズだが)を読む人のことだろうと考えていた。70年もの前の中国の小説なんて、もの好きがひっそり読むくらいだろうとなんとなく考えていたのである、今思えば。どうやら、わたしは、翻訳文学愛好者の情熱と張愛玲文学の魅力をいつの間にか見くびっていたようだ。

 もちろん、売れゆき絶好調というわけではないのだけれども、毎日のtwitter観測を通じて、この本が着実に、小説好きの人々に届いているという実感を得られるようになった。ダイレクトメッセージ機能を使って、自分が読めない言語(中国語)の物語を、こんなに美しい日本語にしてくれてありがとう、と言ってくださった方がいる。読み終わってからも張愛玲の書いた女性たちのことが頭から離れない、と書いてくれた人もいる。やはり神大の学生たちの「もっと読みたい」「とても面白い」という感想は信頼できるものだったのだ。張愛玲に限らず、講義の授業の後でみんなにレスポンスを書いてもらったり口頭で討論したりしたとき、結局文学の授業の意味とは、学生と本とを出会わせることにつきるのではないかと思うことがある。もちろん、理論を解説したり、時代背景や作家自身の個人史を教えたりすることで、いろいろ気づいてもらうことはできる。しかしそれも、「作品を読むためのガイド」的な役割から大きく逸れるものではない。ひとりひとり、興味を持つ部分は異なるだろうけれども、例えば一セメスターに様々なテクストを紹介していく中で、「読んでよかった」と思える作品に一つでも出会ってもらえることができれば、これほど教師冥利につきることはない。そして、張愛玲のテクストは、わたしのそれほど多くもないがそれほど少なくもない中国文学読書歴の中で、三十年間燦然と一位の座に輝き続けてきた、面白くないわけがない小説なのである。

 学生の頃、自分は中国の研究をしていると思っていた。いや、今も思っているのだけれども、今はどちらかというとわたしの中で「中国」は「文学」の下位に属するものになってきた。仕事を離れても、小説を読むのは面白い。私は性別に関心があるので、そういう角度からいろいろな小説を読む。アリス・マンローを読み、パク・ミンギュを読み、ジュンパ・ラヒリを読み、チママンダ・アディーチェを読んでいるときに、よく頭の中で「張愛玲ならこう書きそう」「張愛玲にもこんな話があった」と無意識のうちに反応していることがある。自分の中で物差しになる作家がいるというのは、幸せなことだとつくづく思っている。拙訳への反応を読んで、渡部さんの「ゴールにしてスタート」という言葉がしっくり感じられるようになった。発表できるあてもなく、したがって締め切りなどというものもなく、パソコンにかじりついて翻訳をしている時間がとても楽しいことを、昔からわたしは知っていた。しかしそのテクストが世に出て、中国語を解さない人がーー張愛玲が李鴻章の外曾孫だったことも、彼女が日本占領下の上海に文名を轟かせていたことも、現在に至るまで中国で深く愛されている作家であることも全く知らない人が、「鮮やかさにため息がもれる傑作」「今までにない読後感」と、わたしの日本語を通じて張愛玲の物語を愛してくれるという手応えは全く違う喜びをもたらしてくれた。作品中の、ほんのちょっとしたディテールを気に入ってtwitterで引用してくれた人もいる。張愛玲という稀代の作家のテクストを日本語に移しかえていく過程で、わたしの中にもともとあったわけではない美しい言葉が偶然のように生まれたのかもしれない。もちろん、編集の渡部さんと校正の方々が丹念に見てくださったおかげなのだけれども。
       
 さて、このお金を使わない「販促活動」が実を結んだのか、この本は第四回日本翻訳大賞の二次選考対象18冊のうちの1冊として選ばれた。二次選考に進むと必ず審査員に読んでもらえる。今年の審査委員は金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、西崎憲、松永美穂、米光一成というガイブン好きならたまらない顔ぶれだ。特にわたしは岸本佐知子さんのファンなので、岸本さんが張愛玲を(しかも、わたしの日本語で!)今読んでいるかもしれない、と思っただけでなんだか変な汗をかいてしまう。本誌が発行される頃には、最終候補作が決まっていることだろう。結果はともかく、しばらく幸せな緊張感にひたれそうだ。

 翻訳は「自分の好きなものを他の人に届ける」喜びを与えてくれる。このスタートから、次は何をめざそうか、また中国語のテクストと向き合いながらあれこれ目論んでいる。
 
[初出:神戸大学文学部海港都市研究センター編『海港都市研究』第13号、2018年3月]

著者略歴

  1. 濱田 麻矢

    1969年,兵庫県生まれ.神戸大学大学院人文学研究科准教授.京都大学大学院単位取得退学.研究テーマは中国現代文学,特に民国期小説の性別表象に興味を持つ.著訳書に『漂泊の叙事 一九四〇年代東アジアにおける分裂と接触』(共編,勉誠出版),黄錦樹『夢と豚と黎明』(共訳,人文書院).

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