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『図書』2024年9月号 目次 【巻頭エッセイ】古市真由美「光と闇のはざまで」

◇目次◇
光と闇のはざまで……古市真由美
〈対談〉ダーウィンvs 熊楠……渡辺政隆×松居竜五
星屑のひとりとして思うこと……伏見操
読書ということ……原田宗典
ひらがな語のスタイル……石川九楊
カントと孟子……末永高康
『ケアの倫理』のあとに来るもの……岡野八代
デッサウから世界の分断を考える……大田美佐子
フクロオオカミの脱絶滅……川端裕人
水と大地……中村佑子
錆の美……川端知嘉子
「我らが崇拝する神」……前沢浩子
アラジンはガラン自身の物語?……西尾哲夫
本郷願行寺「閑雲先生寿蔵之碑」 ……金文京
こぼればなし

九月の新刊案内

(表紙=加藤静允) 
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
光と闇のはざまで
古市真由美
 

 九月のフィンランドが好きだ。コロナ禍前はよくこの月にかの地を訪れていた。夏が過ぎたあとの街に、落ち着きが戻っている季節。道行く人の表情は何となく引き締まり、もう冬に備えはじめているのかとさえ思える、そんな季節だ。

 フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」に、太陽と月が誘拐されて世界が真っ暗になるエピソードがある。同様の神話・伝説は世界各地にあると思うが、冬になれば実際に太陽がほとんど顔を出さなくなる北欧で、延々と続く闇は、人々にとって毎年容赦なく繰り返される現実の恐怖にほかならない。

 季節の移ろいを、フィンランドの人々は光の量の増減で感じている。太陽の光の力が最高潮に達するときを祝うのが、六月の夏至祭だ。拙訳の童話「小さなヴァイオリン」(『夏のサンタクロース』所収/アンニ・スヴァン作/ルドルフ・コイヴ絵/岩波少年文庫)では、夏至祭の夜、主人公の少女が重大な決心をする。なるほどこの夜は運命の転換点にふさわしい。夏至を境に太陽は力を失っていくのだから。夏至祭の日、歓喜の絶頂にありながら、あの国の人々が切なげにつぶやくのを何度も聞いた──明日からまた日が短くなっていくんだね。

 闇の季節は必ず来る。厳しい自然の理に、静かな覚悟をもって向き合う人々の感性は、フィンランドの文学を貫く重要な要素だ。九月は、光が溜息をつきながら闇に居場所を譲る月。光と闇のはざまで揺れる人々の心の色が見える気がして、だからわたしはこの季節のフィンランドが好きなのかもしれない。

(ふるいち まゆみ・フィンランド文学翻訳者)

 
◇こぼればなし◇

〇 今夏も全国的に酷暑となり、体調の維持管理も容易ではない日々が続きました。読者の皆様は、それぞれお体に合った夏バテ対策をおもちのことでしょう。筆者の場合、甘酒を冷やしたのを毎朝、少量ずつ飲むことを日課にしたところ、ずいぶん効果があったように思います。砂糖を使わない麴甘酒です。

〇 俳句では夏の季語。江戸時代後期の甘酒売りの様子を紹介する際によく引かれる近世風俗史の基本文献では、「夏月専ら売り巡るもの」の筆頭に甘酒が置かれています。「夏月専ら売り巡るものは、醴売りなり。京坂は専ら夏夜のみこれを売る。専ら六文を一碗の価とす。江戸は四時ともにこれを売り、一碗価八文とす」(喜田川守貞著、宇佐美英機校訂『近世風俗志(守貞謾稿)一』巻之六(生業 下)、岩波文庫、二七七頁)。甘酒に元気をもらい、癒された往時の人びとに思いを重ねる夏となりました。

〇 そんな暑い暑い夏でしたが、全国のご協力書店で開催してきましたフェア「岩波少年文庫でよむケストナーとドイツの作家たち」がお陰様で大盛況です。エーリヒ・ケストナーの没後五〇年を迎え、六点のケストナー作品と、エンデを含むドイツの作家の少年文庫でフェアを組みました。特典として、ケストナーの『エーミールと探偵たち』『ふたりのロッテ』をモチーフにしたアクリル製キーホルダーを応募者全員にプレゼント。こちらも好評をいただいています。

〇 ケストナーの新刊では、今年二月に戯曲『独裁者の学校』(酒寄進一訳)を岩波文庫で刊行しましたが、この八月には『ケストナーの戦争日記 1941-1945』(酒寄進一訳)を満を持して出しました。「決めたぞ。戦時下の日常で起きた重要なことを、きょうからひとつひとつ書き残すことにする。そういうことを忘れないために書くのだ。この戦争がどのような結末を迎えるにせよ、意図して、また意図せずに忘却され、改変され、解釈され、また再解釈されてしまう前に」(一九四一年一月一六日)。これは日記の冒頭にある宣言です。

〇 日記原本の一九四五年の部分にだけ、ケストナーが後に加筆修正して刊行した『終戦日記一九四五』(酒寄進一訳)は、既に岩波文庫で出ています。今回新たにお届けする『戦争日記』、その日記の現物は、存在こそ知られていたものの、「長いあいだ失われたと思われていて、ケストナー生誕百年を記念した全集の準備をしていたときにはじめて、ケストナーのパートナーであったルイーゼロッテ・エンデルレの遺品の中から見つかった」ということです(本書「テキストの成立史とこのエディションについて」二八〇頁)。ケストナーが戦時の危険な状況下、教員養成学校時代に学んだ速記法で綴った日記を、近年になって関係者が苦心の末に翻刻、二〇一八年に刊行されたものが底本となっています。

〇 川端裕人さんの連載「絶滅をめぐる物語」は本号で最終回です。話題作『ドードーをめぐる堂々めぐり』に続き、小社から単行本で刊行いたします。


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