東えりか 学びたい気持ちがあれば、スタートはいつでもできる[『図書』2025年6月号より]
学びたい気持ちがあれば、スタートはいつでもできる
盛口満『めんそーれ!化学』
子どものころ、あんなに嫌いだった勉強なのに年を取るとやけに恋しくなる。ちんぷんかんぷんの算数も、年号を暗記するだけの歴史も、単語に苦戦した英語だって、長い人生の中でいつの間にか身に付いていた。「こんなことが役に立つのか!」と気づくとさらに知りたくなるのだ。
もっと勉強したいと願う人が大勢いることを、岩波ジュニア新書の若い読者はどれくらい知っているだろうか。
『めんそーれ!化学』は、ゲッチョ先生という愛称でお馴染みの、千葉県生まれの生物学者・盛口満氏が、沖縄のNPO法人珊瑚舎スコーレで2005年から2011年まで化学の教鞭をとった夜間中学での記録である。
生徒は中国人女性1人と台湾人女性が1人以外、沖縄出身で60歳以上の女性。幼いころから家事手伝いや労働にかりだされ、「小学校は入学どころか校門をくぐったこともない」と話す人もいる。
授業は全15時間。登場する沖縄のおばあたちの多くは、第二次世界大戦の末期、県民の4人に1人が亡くなったという沖縄戦を経験している。戦中戦後の混乱期に満足に義務教育を受けられなかった女性たちだ。「いい大学に入るため」でも「将来、いい会社に入るため」でもない。生徒みんなの体験に結び付く授業だ。
彼女たちは勉強したいと思う気持ちをもち続けた。終戦から60年経って、やっと通える学校ができたと喜び、なかには夜間中学に通ってから初めて字を書けるようになったという生徒もいる。
彼女たちは学ぶ機会を得たことに喜びを感じつつ、日々の生活の中で身についた家事全般が化学と密接に結びつくことを認識していく。まさに生きた勉強だ。
たとえば一時間目は、料理から化学を知るために肉じゃがを作る。「もとのものとすっかり変わって、容易に戻らない変化」という化学を学ぶ。二時間目は、子どもの頃は当たり前だった灯りであるロウソクについて。原料から話を始め、最後は「ものを燃やす」という現象を解き明かす。三時間目は、ホットケーキのふくらみから酸化を学ぶつもりが、先生自身が「重曹とベーキングパウダーの違い」を知ることになる。
こんなふうに身近な素材を使って生活の中で何度も経験したことから化学を学ぶことは、たとえ「理科が苦手」という人もとっつきやすい。どれもがおばあたちの豊富な生活経験と結びつけられ、“化学の概念”なんて堅苦しく考えなくても「へー、そういう仕組みだったのか」と納得していくのだ。
他にも金属の特性や電気を通す液体、塩と砂糖の違い、カロリーのこと、デンプンの作り方、タンパク質とは何か、牛乳からバターやチーズを作ったり、油の仲間を研究したり、と実際に手を動かして物を作りながら、仕組みを学ぶ。日々の生活の中で物を作るのはお手のもの。口を動かせばお喋りはとめどない。先生はかたなしだ。
沖縄には独特の文化が根付いている。さらに戦後は貧困に喘いでいたから、食べ物も道具も工夫が必要だった。「内地」では考えられない経験を生徒たちは口々に披露する。
例えばロウソクは何からできているかという設問には、生徒の経験が生きる。「木から作る」「ハチミツから作る」と口々に勝手に喋りだす。ブタの脂を照明として使っていたという者まで現れる。
沖縄の食材として欠かせない麩の話からグルテンについて説明しようとしていたとき、ある南米生まれの女性の思い出話が始まった。最初はスペイン語しかできないから意思が伝わらなくて苦労したこと。その引き取られた家の家業が麩づくりだったこと。人生の背景を見せられて、先生は何の言葉も返せない。
金属は叩くと延びるという話から、捕虜収容所で布団を作る時に必要な針をコンビーフの缶を叩いて作ったというエピソードは、その後ゲッチョ先生が大学での授業で披露すると「おおっ」と驚かれるという。
酒の製造やテーブルサンゴを焼いて灰を取り漆喰を作る方法、さつまいものデンプンから作った麺があったことも、生徒から教えてもらった。昔から伝わった方法を化学の法則で解き明かしておばあたちが理解できるとみんな大喜びで「ああ」と納得する。
沖縄だけではないのかもしれないが、子どもは大人の手伝いに追われ、孤児たちは生きるためにさらに知恵を絞った。受験のための勉強ではなく、生きた学びとは何かを本書は教えてくれる。
現在、文科省は夜間中学を全都道府県に少なくとも1カ所ずつ開設するという目標を掲げている。高齢者だけでなく、外国人労働者やなんらかの障がいをもっている人にとって、学ぶ場所を提供してくれるだろう。
本書は、「化学」が驚くほど日常生活と密接に関わっていることを再認識させてくれた。私たちは学ぶことをもっと楽しんでいい。沖縄のおばあたちを見習おうではないか。
(あづま えりか・書評家)