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河島弘美 名文を楽しみながら英語力アップ![『図書』2025年6月号より]

名文を楽しみながら英語力アップ!

行方昭夫『読解力をきたえる英語名文30』

 行方昭夫『読解力をきたえる英語名文30』

 英語の力を身につけたいと真剣に願う人は、老若男女を問わず、日本中に数えきれないほどいるに違いありません。しかし、そのためにどうしたらよいのか、となると、方法は無数に存在するように見えて誰もが迷います。どんな目標、目的をもって英語を学ぶのか、それによって道がそれぞれ異なるのは事実ですが、英語学習の基礎は共通で、基本が読む力であるのは異論のないところでしょう。読解力が身につけば、聞く、話す、書く力をつける道も、自然に開けてくるのです。

 では、何を読むか──英語を読むと一口に言っても、まさか辞書や文法書を頭から通読するわけにもいきませんし、物語の速読・多読は英語学習に効果があると聞くものの独力で読み進める自信はもてず、早晩自分の手に余って挫折しそうだ、と感じてためらってしまう……そんな方々にぜひお勧めしたいのが、本書をはじめとする行方昭夫氏の著書です。これまで行方氏が世に出された英文読解・英文解釈・精読術・翻訳術などの指導書は数多く、ジュニア新書だけでも複数ありますが、『読解力をきたえる英語名文30』は、その中の最新作です。

 読書好きの人なら、本書の目次に綺羅星のように並ぶ30の名文の著者名を眺めるだけで、胸がわくわくすることでしょう。ラフカディオ・ハーン、ヘレン・ケラー、ベンジャミン・フランクリン、マーク・トウェイン、コナン・ドイル、サマセット・モーム、マーガレット・ミッチェル……たとえ著作を読んだことはなくとも、名前は誰でも知っている、有名な文筆家たちです。一方、ロバート・リンド、E・V・ルーカスなどの名前には、ややなじみが薄いと感じる向きがおられるかもしれません。でも、「なぜ海外旅行に行くのか?」「遅刻は悪徳ならず」などといった見出しが目に入ると、思わず興味をそそられ、「いったいどんなことが書かれているのだろう」と、内容を俄然知りたくなってページを繰ることになるのです。

 実は本書を一読すればすぐにわかることですが、ストーリーのあるフィクションに勝るとも劣らず、エッセイは面白いものです。優れたエッセイにはユーモアや皮肉など、個性豊かな独特の味わいがあるからです。リンドもルーカスも、知っていて損のない、イギリスの名エッセイストです。読み進むうちに、「こういうものの見方・考え方もあるのか」と驚いたり、笑ったり、うなずいたり、時には首をかしげたり……時空を超えて書き手を身近に感じさせる、エッセイならではの楽しさに、すっかりはまる読者が少なからず出てくるであろうこと間違いなしです。

 それにしても、例題として英語の難易度が適切で、一部を切り出してもまとまりがあり、しかも読んで面白いという文章をこれだけそろえるのは至難の業で、著者の苦心が偲ばれます。深い学識と膨大な読書量が不可欠なのはもちろんですが、それだけではとうてい成し得ない仕事です。けれども、大学入試問題作成や、英語・英文学の研究者向け雑誌『英語青年』誌上での「英文解釈練習」欄の執筆など、長年にわたる豊富な経験を誇る行方氏であれば、それも一つの楽しみだったのでは、とさえ思えてきます。

 各章では最初に例文が掲げられ、丁寧な注釈があり、さらに「先生」と「生徒」の対話形式で説明が進められますが、読みやすさのおかげで最後まで飽きずに楽しめるでしょう。この対話はほぼ著者による創作と推測しますが、サマセット・モームとの空想上の対話なども他で発表されているほど豊かな空想力の持ち主である行方氏お得意の解説方法です。

 そもそも教室での実際の授業の場合、一人の学生からの質問は、他の複数の学生も疑問に思っている点であることが多く、そこはベテランの行方氏のことですから、そのような個所に加えて、強調したいポイント、指摘しておきたいポイントなどを文中の「生徒」に自然な形で質問させ、「先生」がそれに答えてコメントするという、巧みな方策を講じているに相違ないと思われます。つまり、ここに繰り広げられているのは、いわば行方劇場における自作自演の対話劇なのです。

 ここで急いでつけ足しますと、私達が普段見聞きする「自作自演」といえば、「その強盗事件は犯人による自作自演の狂言だった」のような文章が典型的な例で、嘘や詐欺などを連想させるマイナス・イメージを払拭しきれません。が、学習効果を計算に入れた賢い創作となれば、それは犯罪どころか観客(=読者)を大いに楽しませる仕掛けの切り札となっているのがわかります。本書は、監督・脚本・主演を一手に引き受ける行方氏の新作披露を今か今かと客席で待ち受けてきた、熱烈なファンの期待をも決して裏切らない一冊となっています。

 名作アンソロジーとも呼ぶべき名文の数々をじっくりと味わい、先生と生徒の対話に導かれて「読む」とは何かを学ぶうちに英語力アップがかなうという、願ってもない手引書を新書の形で手にできるのですからこれほど幸せなことはない、と確信し、「私のイチ推し」として、迷わず本書を推薦いたします。

(かわしま ひろみ・英米文学、比較文学)


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